評論家・麻倉怜士先生による、今月もぜひ聴いておきたい“ハイレゾ音源”集。おすすめ度に応じて「特薦」「推薦」のマークもつけています。優秀録音をまとめていますので、e-onkyo musicなどハイレゾ配信サイトをチェックして、ぜひ体験してみてください!!
この連載で紹介した曲がラジオで聴けます!
高音質衛星デジタル音楽放送、ミュージックバード(124チャンネル「The Audio」)にて、「麻倉怜士のハイレゾ真剣勝負」が放送中。毎週、日曜日の午前11時からの2時間番組だ。第一日曜日が初回で、残りの日曜日に再放送を行うというシークエンスで、毎月放送する。
Mozart Momentum - 1785』
Leif Ove Andsnes, Mahler Chamber Orchestra
大ヒットしたレイフ・オヴェ・アンスネスとマーラー・チェンバー・オーケストラによる「ベートーヴェン・ジャーニー」を継ぐ、「モーツァルト・モメンタム」。本アルバムはその第1弾だ。ピアノ協奏曲第20、21、22番とピアノ四重奏曲ト短調、幻想曲ハ短調などの組み合わせ。世界的な新型コロナ・ウィルス蔓延の影響を受け、アンスネスも予定された多くの演奏会のキャンセルを余儀なくされたが、ピアノ協奏曲は、2020年11月8日にベルリン・フィルハーモニーでセッション録音に成功。
第20番協奏曲。シンコペーションのつんのめるような前奏から、すでに引き込まれる。ディテールまで気配りが行き届いた名手揃いのマーラー・チェンバー・オーケストラのサポートを得て、アンスネスのピアノは強い意志力を発揮し、天馬宙を駆ける。まさに爽快で、剛毅なモーツァルトだ。21番は2019年のベルリン放送交響楽団との日本公演で聴いた感動が甦る。幸福感に溢れたハ長調だ。
録音も素晴らしい。オーケストラが2つのスピーカーの間に、奥行きを持って展開し、センターに豊かな響きと艶を持つピアノが定位する。ひじょうに透明感が高く、ディテールまでフォーカスが的確に合焦し、音色の質感も極上だ。ベルリン・フィルハーモニーでの録音だが、ベルリン・フィルのオリジナル録音シリーズの音調より、圧倒的にカラフルで、陰影に富む。録音チームが異なると、同じホールでもここまでの美的な音になるという見本。
FLAC:96kHz/24bit
Sony Classical、e-onkyo music
ショーロクラブのリーダー、笹子重治のニューアルバム。多数のアーティストをサポート、プロデュース、数々の楽曲をアレンジ、レコーディング……と、オールジャンルで活躍する笹子。ショーロクラブでは。これまでに25枚のアルバムがリリースされている。目の覚めるような鮮明さだ。うきうきするラテンリズムに乗って、軽快に奏でられる。ベース、パーカッション、ピアノ、フルート……のバックの各楽器が明確な音像を持ち、コンボとしての合奏感のまとまりと、各各のソロパートのどちらも、たいへん明瞭だ。「4.Velas Ligeiras」の林正樹のピアノが美しく、「5.三茶の恋の物語」の村田陽一のトロンボーンがコケティッシュだ。
FLAC:96kHz/24bit、WAV:96kHz/24bit
Happiness Records、e-onkyo music
ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第8番「悲愴」&ピアノ・ソナタ第21番「ワルトシュタイン」』
久元祐子
この録音のために、世界で2台しかないベーゼンドルファーの名器がウィーンから直接空輸され、紀尾井ホールに持ち込まれた。ベーゼンドルファー公認アーティスト、久元祐子のために特別に製作されたBosendorfer 280VC Pyramid Mahoganyだ。本ピアノについて、当の久元がインタビューに答えている。
「指の動きに敏感に応えてくれる楽器です。まるで指に吸い付くかのような繊細さを持っていると言えば良いでしょうか。それでいて、デュナーミクの幅広さは、これまで接したどのピアノの中でも群を抜いており、ppppからffffまでの表現を可能にしてくれます」。「工房の技術責任者の方と語る中で『強靭なパワーを持ちつつも、金属的な冷たい音にならない楽器をつくる』と意見が一致し、クリアでありながら厚みと深さを持った音という理想を求めて制作が進みました。長い伝統の中で培われてきたウィンナートーンの温かさを持ちながら、現代の音楽シーンでオーケストラにも埋もれない存在感を併せ持つ、力強い楽器が誕生したのです」。
スケールがひじょうに大きく、雄大にして剛毅だ。でもスタインウエイのようにブリリアントの天まで輝くというストレートな力感ではなく、どこか丸みと翳りを持つ人間味を感じさせる音色だ。特に低音の弾みがノーブルで、肌触りがしなやかだ。久元のピアノは、ベーゼンドルファーの美質をひきだし、しっとりと美しく聴かせる。紀尾井ホールでの響きが深く、弱音から強音へのダイナミックレンジもひじょうに広い。音場センターに大きく定位し、マイスターミュージック録音の常として、ホールトーンがひじょうにきれい。2020年11月12日、紀尾井ホールにてDXD384で録音。
FLAC:384kHz/24bit、192kHz/24bit、96kHz/24bit
WAV:384kHz/24bit、192kHz/24bit、96kHz/24bit
DSF:11.2MHz/1bit
マイスターミュージック、e-onkyo music
香港では日本のCity Popがブームの兆しという。かつて、80年代から2000年初期にもJ-POPブームがあった。そこでさんなJ-POPブーム世代に馴染みのある曲を選び、80年代テイストのフュージョンでアレンジし、高音質でレコーディングする企画が持ち上がった。バンドも新規に結成。香港人のベテランミュージシャン、クリス・バビーダが中心となり、香港と台湾の若手ミュージシャンのピアノ、ドラム、ギター、ベースの4人で組んだ4te!(フォーテ)だ。MQAに積極的に取り組み、ボブ・ジェームスなどの注目すべき新アルバムをリリースしている香港のEvosoundの仕業と聞けば、なるほど、だ。
本曲は安全地帯が1988年の大ヒットのカヴァー作品。切れ味がシャープで、ベースが雄大な迫力で迫り、ドラムスの細かなリズムの刻み、スネアの叩き……など、オーディオ的にも各楽器のパフォーマンスの特徴がよく捉えられている。それぞれのソロのフューチャー感も快感的。
FLAC:96kHz/24bit
WAV:96kHz/24bit
MQA Studio:96kHz/24bit
4te!、e-onkyo music
Schubert: Winterreise』
Joyce DiDonato、Yannick Nézet-Séguin
「土佐日記」的には、男もすなる「冬の旅」を女声が演ずる。さすがは世界最高峰のディーヴァ、ジョイス・ディドナート、ひとつひとつのフレーズの意味を的確にとらえ、それにふさわしい感情で、抑揚と起伏が大きな表情で、聴かせてくれる。報道資料にはこうある。「どんなに辛い道行きでも、彼女の歌は常に主人公に優しく寄り添い、絶望した心を優しく包み込みます。ネゼ=セガンの雄弁なピアノも聴きどころ。何気ない旋律の一つ一つにも深い意味を持たせながら、24曲それぞれに美しい色彩を与えるとともに、ディドナートの歌と親密な対話を深めています」。
「1.Gute Nacht」はニ短調からへ長調、ニ長調へと転調によりその都度の感情を表現する楽曲。ディドナートはその狙いを見事に表現している。同じく転調で変化を語る「5.Der Lindenbaum」は、中間部のホ短調からホ長調への復帰部が特に素晴らしい。ヤニック・ネゼ=セガンのピアノはディドナートと共動し、ひじょうに細かな音符の意味も伝えてくれる。録音も優れる。響きと直接音のバランスが適切で、声もピアノもひじょうに明瞭。2019年12月15日、カーネギー・ホール、スターン・オーディトリウムでのライヴ録音。
FLAC:96kHz/24bit
MQA Studio:96kHz/24bit
Warner Classics、e-onkyo music
We're In This Love Together - A Tribute To Al Jarreau』
Chris Walker
ベーシスト/シンガーのクリス・ウォーカーの新作は、アル・ジャロウへのトリビュート・アルバム。彼はソロ活動と同時に90年代、アル・ジャロウのベーシスト、バックシンガーとしても活動していた。2017年2月、アルが死去する数日前に、クリス・ウォーカーの携帯電話にアルから入っていた留守番電話が今回の企画につながる。アルバム1曲目の「Al’s Message」が、留守番電話のアル・ジャロウの肉声だ。これを嚆矢として、17曲目の最後にアル・ジャロウに捧げる「17.Jarreau」で終わるセットリストだ。
クリス・ウォーカーの声はセクシー。「2.Mornin'」でのビロードのような芳しい声質が耳に心地好い。デヴィッド・フォスター、マーカス・ミラー、ボブ・ジェームスらのゲスト陣のパフォーマンスも効く。レコーディング・エンジニア、スティーヴ・サイクスがつくる音も心地良い。
FLAC:96kHz/24bit
MQA Studio:96kHz/24bit
Evosound、e-onkyo music
ラヴェル: 夜のガスパール、ソナチネ、高雅で感傷的なワルツ』
マルタ・アルゲリッチ
アルゲリッチ生誕80年を記念し、ドイツ・グラモフォンのオリジナル・マスターから、独Emil Berliner Studiosにて初めてDSD化された。同時にシングルレイヤーSACDでもリリースされている。
まさに世界遺産的な名録音。これまでもアナログやCDでは何回も聴いているが、今回のDSD化の恩恵は大きい。アルゲリッチの音楽の美質である「精緻さ」「超絶テクニック」「音のパレットの多色、多彩さ」「ダイナミックレンジの幅」……が、DSDにより実に生々しく表出される。どんなに速いパッセージでも、一音一音が輪郭を持ち、解像度高く、確実に描く。 低域の剛性と、中域の鮮鋭な艶、高域のブリリアントさは、まさにDSDならではの音の価値だ。「15.高貴で感傷的な円舞曲」の輝かしき鮮鋭さ、「9.夜のガスパール: 第1曲: オンディーヌ(水の精)」の繊細な響き……、それは演奏の素晴らしさであり、同時にDSDの美質でもある。1974年11月にベルリンのスタジオ・ランクウィッツで録音。
DSF:2.8MHz/1bit
Universal Music LLC、e-onkyo music
Sonny Rollins in Holland,』
Sonny Rollins
本稿で毎月の様に報じているカナダは2xHDのFUSIONマスタリングシステムが大幅にアップグレードした。
そのポイントは、①新A/Dコンバーターの採用、「現在市場に出ている、どのA/Dコンバーターよりも更にリアルで透明感が増した」と、2xHDの副社長で、サウンドとマスタリングの技術を統括するRene Laflamme氏は言う。②テープレコーダーのNagraの再生ヘッドから新A/Dコンバーターへのインターフェイスの革新、③スーパーキャパシタ電源の使用にてノイズフロアを下げる、④全てのケーブルはOCC高純度銀ケーブルを使用、⑤ビンテージのEMTプレート・リヴァーブと真空管ミキサーを組み合わせた残響付加……だ。
この新マスタリングシステムで制作された初の作品が、今年90歳の巨匠、ソニー・ロリンズの1967年のオランダライブ。この「1967年」はレコード会社との契約空白期間であり、これまでこの時期の演奏は非正規盤でもリリースされていないという。サックス、ベース、ドラムスで、ピアノレスという珍しい編成だ。
FUSIONマスタリングの音は響きが予想外に多い。だいたい発掘音源の場合、あまり録音に凝っていないのてドライな音調のものがほとんとだが、本音源は、マスタリング過程で艶艶したリバーブが与えられている。「正しいアンビエンスが足りていないライブ音源には、EMTプレート・リヴァーブと真空管ミキサーを組み合わせることで、魅力を十分に引き出しています」とRene Laflamme氏は言う。その効用が聴ける。その意味では、単なる発掘もののステイタス以上に、再生芸術としても価値が高いのではないかと考える。
FLAC:352.8kHz/24bit、192kHz/24bit、96kHz/24bit
DSF:11,2MHz/1bit、5.6MHz/1bit、2.8MHz/1bit
2xHD、e-onkyo music
ドビュッシーの見たもの~前奏曲集I・映像I/II・喜びの島』
仲道郁代
仲道郁代の新録音。2020年10月25日、東京文化会館における「Ikuyo Nakamichi Road to 2027仲道郁代ピアノ・リサイタル ドビュッシーの見たもの」のライヴ・レコーディング。2017年発売の「シューマン:ファンタジー」以来、4年ぶりのニュー・アルバムであり、ドビュシー作品という意味では、1997年の「アラベスク~ドビュッシー・ソロ・ピアノ作品集」から24年ぶり。「ドビュッシーは目で見たものだけではなく、心の目で見ようとしたもの、さらには幻想の中で見たものまでも、粒子単位で描いている」と、仲道は述べている。
美しい響き……だ。仲道のいう、「音の粒子感」の存在が確かに耳でわかる演奏であり、録音だ。細やかな感情変化まで実に丁寧に捉えられている。ライブらしい雰囲気感も濃厚だ。
DSF:2.8MHz/1bit
Sony Music Labels、e-onkyo music
NHK・Eテレにて4月より放送中のアニメ「不滅のあなたへ」の主題歌だ。本作のミュージックビデオは「賛美歌」がテーマ。神秘的な雰囲気だ。自問や葛藤しながら成長する人間の姿を描き、ダンサー達との動きで生命の力強さを表現したという。白いドレスは宗教画の彫刻像からイメージ。
ヴォーカルは、センターに大きな音像で定位し、左右に分かれてステレオ効果で発声するコーラスとの対話を繰り広げる。ベースとドラムスが大きな音像で複雑に絡み、宇田多のメッセージを力強く修飾する。パーカッションの音像はスピーカー周辺を越え、聴き手まで迫ってくる。フィナーレはオーバーダブによる多声になり、多重なメッセージを発し、大団円を迎える。ベースは雄大に迫るが輪郭は丸い。
FLAC:96kHz/24bit
Sony Music Labels、e-onkyo music
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