「徹底解説v6プラス」ってどんな本? 著者のあきみちさんに聞いてみた
日本ネットワークイネイブラーがIPv6やv6プラスについて理解してもらうために作った技術書籍が「徹底解説 v6プラス」。久保田聡氏とともに執筆を手がけた小川晃通氏ことあきみちさんに本書の読みどころのほか、長らく自身が手がけてきたインターネットの技術情報の発信について聞いてみた。(インタビュアー アスキー編集部 大谷イビサ 以下、敬称略)
「Geekなページ」で情報発信し続けて
大谷:お久しぶりです。昔からお付き合いしている割にあきみちさんの経歴を知らないので、まずはプロフィールを教えてください。
あきみち:SFC(慶應義塾大学 湘南藤沢キャンパス)では徳田・村井・中村・楠本合同研究室に所属していました。研究室ではWIDEの活動をしていて、そこでInteropのSTMやったり、IETFで発表したり、RFCのオーサー(執筆者)の一人になったりと、いろんな経験をしました。そのころ、研究室でのログイン名が「あきみち」だったので、今もネット上ではあきみちというハンドルネームを名乗っていたりします。
2003年から「Geekなぺーじ」(https://www.geekpage.jp/)というWebサイトを始め、研究や仕事の傍らTCP/IPに関する技術情報を継続的に載せており、関連する書籍を書くこともありました。2008年に会社を辞めてフリーランスになりましたが、基本的には「何でも屋」です。請負開発やコンサルティングをしながら、技術書の執筆もやり、Webページも書いています。
大谷:その間、IPv6はずいぶん普及しましたね。私がネットワーク系技術誌に携わっていた頃は、毎年「今年がIPv6元年」といった記事を書いていたものですが……。
あきみち:そうですね。さっき見てみたら、グーグルの方では38%、アカマイでは42%になっていました。すごく普及しつつあると思います。
でもユーザーにとっては、IPv4であるかv6であるかはあまり気にしないと思うんですよ。スマホやパソコンを使っているとき、自分が今IPv6を使っているかv4で通信しているのか、全然分からないですよね。Wiresharkで確認でもしない限り、僕自身も把握できないくらいです。
それに今のインターネットは、ほとんど名前ベースで通信を行いますから、コンピュータの裏側で何をやっているのかが見えないのが当たり前の状況で、皆が気付かないうちにどんどん普及しているのが実情だと思います。大谷さんだって、スマホで通信しているとき、IPv6で通信してないと言い切れます?
大谷:いやいや、言い切れないですね。そういう意味では、IPアドレスが隠ぺいされ、バックエンドの通信技術がある意味正しい方向に向かっているとも言えそうです。
あきみち:そうですね。名前の裏側にIPが隠されてしまっているので、ユーザーからするとブラックボックスになっているのだと思います。もはやユーザーにとってIPv4かv6かは関係なくて、スマホのOSを作っているベンダーやアプリケーションの開発者、通信事業者のサービス次第じゃないですか。普及率もその三者次第、というところだと思います。
ただ、全然変わってない領域も残っています。企業内のLANってまだほとんどIPv6化されていないんですよ。事実、年末年始や新型コロナ対策の自粛期間にはIPv6の利用率がすごく上がりました。(IPv6化していない)会社からではなく(IPv6化された)家からインターネットを利用していたからではないか、というのが理由の1つとして言われています。それくらい、一般の家庭環境ではIPv6はすごく普及しているんです。それは主に、ネットワークを提供している事業者の方針によるものですよね。
v6プラスに興味がない人が読んでも楽しい本に
大谷:「徹底解説v6プラス」を上梓した背景を教えてください。
あきみち:日本ネットワークイネイブラー(JPNE)の方とお話ししていたときに、「v6プラスに関してはいろいろ誤解があるので、それを解消したい」と相談を受けました。そこで、技術的な観点から一つずつ誤解を解くような書籍を作ってはどうか、という話になりました。最初は小冊子にする案もあったのですが、クラウドファンディングで作成し、無料配布した書籍「プロフェッショナルIPv6」の実績もあったので一般的な体裁の技術書としてまとめることにしました。
大谷:どんな方針で執筆したのでしょうか?
あきみち:全体として、v6プラスに興味がない人が読んでも楽しい本を目指しました。v6プラスそのもの解説するだけではおそらく、v6プラスについて理解できないんですよ。なので、「v6プラスで何ができるのか」だけでなく、「どうしてそれが求められるのか」「どうしてこうした仕組みになっているのか」という背景も含めて解説することを意識しました。
具体的には、フレッツサービスの過去の経緯、それにNATとIPv4 over IPv6といった技術的な背景をできるだけ解説するようにしました。なので、章立てを見ても分かるとおり、v6プラスの説明よりも背景の説明が長くなっています。四章なんかは丸ごと「MAP-E」の解説になっています。
大谷:v6プラスのMAPの説明だけではないんですね。
あきみち:v6プラスで採用しているMAPの仕様は非公開で、しかもRFCの定義とちょっと違うため、苦肉の策です(笑)。また第五章ではIPv4 NATについて解説しています。けっこうマニアックなテーマですが、現段階で公開されているプロフェッショナルIPv6での記述よりもさらに深く書いています。世の中で一番、IPv4 NATについて詳しく書いている本じゃないかと思います。
大谷:早くも改訂版を出しているんですね。
あきみち:2月に改訂版を出しました。みなさんが気になっている「ポート開放」周りの解説を追加したのと、固定のIPv4アドレスをユーザーが使えるようにする「(v6プラス)固定IPサービス」の解説を厚くしています。
この20年あまりで変化した情報発信とTCP/IPの価値
大谷:今、インターネット上にはいろんな情報があふれていますが、本当にきちんとした技術情報って意外と少ないように思います。結局は昔の記事に行き着いたりしますよね。あきみちさんの目から見て、ネットのコンテンツを取り巻く状況はどのように見えますか?
あきみち:おそらくネットワークで情報を発信すること、それ自体の価値が、昔ほどなくなったのだと思います。1990年代後半から2000年代前半にかけては情報が少なく、だからこそネット上で情報発信することが最新のトレンドでした。けれど今の若い人たちにとって、ネットで情報を発信することって当たり前になっていて、そこまで情熱を傾けることではなくなっているのかもしれません。
もう一つ、時代背景とモチベーションの変化に加えて、ページビューを指標に持つようになっちゃったので、時間を掛けて質の高い情報を出すことって効率が悪くなってしまいましたよね。今でも最新の情報を伝えている方々はいると思いますが、埋もれてしまっているのだと思います。
何より、TCP/IP自体、もはや最新のトレンドじゃないですよね。みんなが熱量を持って技術解説しようとする分野が、インターネットじゃなくなっただけだと思います。あの当時はインターネットそのものが最新のトレンドで、「100Mbps Ethernetスイッチのポート単価」とか、ADSLとかが雑誌の特集や展示会の主要なテーマになってみんな注目していましたが、もうそんな記事なんてありませんから。今は、インターネットが当たり前になった、というだけだと思います。
大谷:そんな中でもあきみちさんには、しっかりした技術情報を発信してほしいなと思います。
あきみち:実は今、すごくマニアックな本の企画が動いていて、来年あたりに面白いものを出せると思います。今まで誰も書いたことのない感じのネットワーク解説になると思いますよ。
大谷:楽しみにしています!