先週、アップルが「Apple Music」において、配信の高音質化を進めると発表した。
高音質配信とはハイレゾ/ロスレス品質の提供と、AirPods Pro/Maxなど空間オーディオ対応機器で楽しめるドルビーアトモス音源の提供だ。ロスレス配信はCD品質の44.1kHz/16bit、AirPlayなどでも対応できる48kHz/24bit、さらには最大192kHz/24bitのハイレゾ品質まで提供する予定だとしている。フォーマットは、アップルのロスレス圧縮形式であるALACが用いられるようだ。
Hmm look at what I found in the Apple Music website…. pic.twitter.com/Lb4HbQ6Nww
— Stijn de Vries (@StijnDV) May 17, 2021
提供は6月に開始され、Apple Musicのサブスクリプション登録者はそのまま利用できるという。つまりほかのストリーミングサービスのように、高音質配信用に追加料金を取らないという画期的なものだ。しかしながらこの発表はアップルの抱える課題をさらしてしまうことにもなったと考える。
やや急いた発表に感じる理由
最新バージョンのコード中に"lossless"などの文字列が見つかったことで、5月初頭から、Apple Musicが高音質配信に対応するという噂が流れていた。それが本当だったわけだ。ただ、噂と大きく異なる点は高音質配信の名前が「Apple Music HIFI」や「Apple Music HD」ではなかったということだ。高音質配信用に別プランが設定されていないため、あえて違う名称にする必要はなかったわけだ。
本題に入る前に「ロスレスとはなにか」ということを簡単に説明する。
通常のストリーミングサービスでは通信量を抑えるために、音源を圧縮して配信している。圧縮処理の過程で、データの一部を捨てる(非可逆=元に戻らないこと)代わりに、サイズを劇的に小さくできたのがMP3やAAC、そしてBluetoothの標準コーデックであるSBCなどだ。元に戻らないので「ロッシー」(ロスがある)形式と呼ばれる。一方、圧縮はそれほどできないが、デコードすれば完全に元の音源と同一になる(つまりビット一致する)のがロスレス(ロスがない)形式だ。代表的なものに、FLACやALACがある。
ここで注意すべきは「ハイレゾ≠ロスレス」ということだ。
まず、CDマスターと呼ばれるCD向けの音源は44kHz/16bitであり、ロスレス形式で保存されていてもハイレゾではない。そして、いったんロッシー形式で情報の一部を失った音源は元に戻らない。MP3やSBC形式に変換したのち、失われた高域の補完をしたり、アップサンプリングしたりして「ハイレゾ相当」の音源にすることは可能だが、これもロスレスとは呼ばれない。元の音源とビット一致で戻せないからだ。
アップルが今回表明したのは「ハイレゾかつロスレス」での配信であり、もっとも厳格なものだと言える。(ただし「ハイレゾ相当」の192kHz/24bit音源と、「ロスレス」の44kHz/16bit音源のどちらの音が良く感じるかは一概に言えず、ケースバイケースになる)
以上を踏まえた上で、Apple Musicのロスレス・空間オーディオ配信について考察したいポイントは3つある。ひとつめはアップルの方針転換。ふたつめは立体音響のトレンド、最後に製品ラインナップの課題だ。

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