「2021年は働きがい元年に」リンクトイン日本代表の村上氏
デジタル化の浸透でニューノーマルの働き方はどう変化する?「JAPAN INNOVATION DAY 2021」基調講演
社会全体がコロナ禍に揺れ、一方で社会のデジタル化が加速し始めるなど大きな変化が生まれたこの1年。その体験を経て、これから日本社会の「働き方」はどう変化していくのだろうか。
ASCII STARTUPが2021年3月19日にオンライン開催した「JAPAN INNOVATION DAY 2021」の基調講演には、世界最大のビジネス特化型SNS「LinkedIn」を提供するリンクトイン 日本代表の村上臣(むらかみしん)氏が登壇し、「デジタル化/ニューノーマルで変わる働き方の未来」をテーマに講演を行った。本稿ではその概要をレポートする。
コロナ禍の経験が「自分はどう働きたいのか」を考えるきっかけに
マイクロソフト傘下のリンクトインは、世界で7億4000万人以上、日本でも200万人以上が利用する、世界最大級のビジネス特化型ソーシャルプラットフォームだ。他のSNSとの違いは、利用者の目的が「キャリアを伸ばす」「新しい機会を探す」「リーダーや専門家から学ぶ」ことと明確であり、ビジネスに特化しているため安心して投稿できることだ。
本講演のテーマである「ニューノーマルな働き方」について、村上氏は「個人」と「組織」それぞれのキーワードを挙げた。個人は「やりがい」と「働きやすさ」を強く求めるようになり、それに対応するために組織は「生産性の向上」「エンゲージメント」の実現を目指さなければならないという関係だ。
まずは個人の側からだ。村上氏は、「今年は『働きがい元年』になると思っている」と切り出した。これからは個人が「働きがい」をより重要視して仕事を選び、働くようになるという見方だ。
コロナ禍の1年間で、日本では多くの人がこれまでとは異なる働き方を経験した。たとえばリモートワークによって通勤時間が不要になり、社内/社外のコミュニケーションは大幅にデジタル化されオンラインが“仕事の場”となった。始業時間から就業時間まで職場に「いる」必要がなくなった代わりに、1日の仕事の成果から休憩の取り方まで、多くの点で自己管理することが必要になった。
村上氏自身も、これまで通勤に費やしていた1日2時間ほどが自由に使える時間として生まれ、リンクトインを通じて知り合った編集者からの勧めに応じて、その自由時間を使って書籍を執筆したという。
「コロナ禍の中で、自分の会社や自分の働き方、これからのキャリアをどうしていこうかと、よく考えた人は多いと思う。こういう(上述したような働き方の)経験をすると、会社も大事だけれども、個人をベースに『自分がどう働きたいのか』という視点に変わってくる。そこではやはり『働きがい』の大きさが重要になる」
成功するには「運」が必要な日本企業? やりがいを高めるのはジョブ型雇用
村上氏は、働きがいとは「やりがい」と「働きやすさ」の掛け算で生まれるものであり、そのやりがいは、個人としてモチベーションの持てる仕事を行い、その結果が組織や周囲から評価されることで高まると説明する。
「そして、こういうやりがいを高めるのは、実はメンバーシップ型雇用よりもジョブ型雇用のほうが向いている」
“新卒一括採用”“終身雇用”など、日本企業の多くが高度経済成長期に形成、最適化されたメンバーシップ型雇用の仕組みを維持してきた。そこでは働く個人に対して、会社という組織に所属する(所属し続ける)こと、働く場所や時間などに対する厳密なルールに従うことが期待されるものの、その一方で業務のアウトプット(成果)に対する評価はあいまいだと村上氏は指摘する。
「たとえば管理職への昇進も、『君も5年目だし……そろそろやろうか?』といった“空気感”で決まる。もちろんその裏にはこれまでの評価もあるとは思うが、空気感や慣例で決まる部分が大きい。昇進できた人はともかく、昇進できなかった人は、自分のやってきたことが良かったのか悪かったのかもよくわからない。このように評価があいまいだと、働く人の『やりがい』が少なくなってしまう」
その傍証として村上氏は、リンクトインが実施した意識調査の結果を示した。この調査は日本を含むアジア太平洋7ヵ国で実施されたものだが、「人生で成功するために重要な要素」とは何かを問う設問で、他国とは大きく異なり、日本では「運」という回答が2位にランキングされている。
「新卒配属などではしばしば“配属ガチャ”とも揶揄されるが、日本企業ではどの部署に配属されるか(の決定権)は自分の手を離れて、完全に会社のほうにある。いい部署に配属されれば安泰だが、“ガチャ”で失敗したらリカバーが難しい、自分のキャリアを自分でコントロールできない――。こうした意識が『運』という一言に表れている」
一方でジョブ型雇用では、会社が個人に期待するアウトプットが明確に提示されるので評価のあいまいさは生じにくく、人材採用や配属もぶれにくい。個人の側でも、評価に対して納得しやすいはずだ。それゆえに、やりがいを高めるにはジョブ型雇用が向いていると村上氏は結論づける。
働きがいを構成するもうひとつの要素「働きやすさ」については、政府協議会の資料を引用しながら、メンバーシップ型からジョブ型へと変わる今後は「多様化」「複線化(パラレル化)」「流動化」の3点が必要だとまとめる。育児や介護など働く個人の事情に合わせた多様な働き方ができる環境を整備すること、副業/複業を通じて働く人自らが主体的にキャリアパスを作っていくこと、勤務する会社に自らの望むキャリアがなければ積極的に「外」も見ていくこと、といったことだ。
「メンバーシップ型からジョブ型へという雇用形態の変化は、不可逆の流れとして起きている。これは政府も経済界も望んでいること。日本だけが特殊な(メンバーシップ型の)労働契約体系なので、たとえば日本本社のグローバル企業でも、海外から本社に配置転換することすらうまくいかないという問題が生じている。また、働く個人の側でもキャリアの考え方が個人ベースに移り、ジョブ型の評価が望まれている。ジョブ型への動きは、本当に不可逆なものになっている」
若者世代の意識変化から始まる「キャリア自律」
メンバーシップ型からジョブ型への雇用形態の大きな転換によって、働き方はどう変わり、個人と組織はどう備えればよいのだろうか。村上氏は、ジョブ型への転換で「なくなっていくもの」と「今後必要とされるもの」を示す。
これからの個人と組織に今後必要とされるものは、「キャリア自律(主体性)」「生産性向上の仕組みづくり(スマートHRの整備)」「スキルへの投資(リスキリング)」の3つだという。それぞれを詳しく見ていこう。
まずキャリア自律は、個人を起点にしてキャリアを考え、自分のキャリアに主体性を持って取り組む姿勢だ。もちろんこれは働く個人の側に求められるものであり、前述したような“運任せ”の他律的なキャリア形成は通用しないということだ。
村上氏は、現在の学生や若者世代と話をするとすでに彼ら彼女らが「終身雇用は完全に信じていない」ことがわかり、新卒採用に応募する際も「数年後のステップアップのために、1社目はどこがいいかと逆算で考える」ようになっていると述べる。つまり、自律的なキャリア形成という考え方は、若者世代から徐々に浸透しつつある。
「そして、こういう考え方は全世代に広がりつつある。それはやはり皆さんがやりがいを求めているからだと思う。メンバーシップ型の考え方をコロナ禍のリモートワークにも引きずってしまい、(職場の代わりとして)PCの前に6時間『いること』が重要だという意識にとらわれ、疲弊している。やはりその働き方は変えなくてはいけない。正しくやったことが正しく評価される、それがやりがいに直結する。若者から日本全体が変わっていく時代になると思っている」
生産性向上のための仕組み=デジタルツールの積極的な導入と活用
2つめの「生産性向上の仕組みづくり(スマートHRの整備)」は、主に組織の側に求められるものだ。新しいジョブ型雇用に移行していくために、制度や評価手法の変更と合わせてスマートHR/HR Techなどの新たなツールを導入し、変化に備えなければならない。
村上氏はここで、リンクトインが提供する法人向け統合人事ソリューションや、マイクロソフトが今年2月に発表した「Microsoft Viva」を紹介した。
リンクトインでは、7億人以上の人材統計データを活用した人材戦略、採用、育成、エンゲージメントの各ソリューションを提供している。またMicrosoft Vivaは、従業員体験プラットフォーム(Employee Experience Platform、EXP)として、社員に対してコミュニケーション、インサイト、学習、知識/情報共有の機能が統合されたツールを提供し、生産性向上とエンゲージメント強化を支援するという(Vivaの日本での提供開始時期は未発表)。
「Microsoft Vivaでは、リンクトインのネットワークとマイクロソフトが持っているさまざまなプロダクティビティツール、たとえば『Microsoft Teams』や『Microsoft 365』などを組み合わせることで、よりよい仕事ができるプラットフォームを提供する」
もうひとつ、生産性と働きやすさの向上という観点から、リモートワークのさらなる浸透に向けた取り組みにも触れた。日本社会へのリモートワーク浸透を阻んでいる大きな原因は「同じ場所で同じ時間に、同じメンバーが働く」ことを前提とするメンバーシップ型雇用であり、これもジョブ型雇用への移行に伴って変化していく。オフィスワークとリモートワークのハイブリッド型をニューノーマルの働き方とするために、リモートワークを支援するデジタルツールなどへの投資が必要だとする。
集合研修やOJTから個人単位のマイクロラーニングへ、新しいスキル投資のあり方
3つめの「スキルへの投資」については、個人と会社の双方で取り組みが必要になることを訴えた。特にDX(デジタルトランスフォーメーション)を支えるIT関連のスキルは陳腐化が速く、常にアップデートしていかなければ進化に取り残されることになる。
「ある調査データによると、2022年までに54%の社員が大幅な『学び直し』、スキルアップの必要性に迫られるようになる。テクノロジーが大幅に進化して、覚えなければならないことが増えるからだ。しかし、新たなテクノロジーや概念が生まれるスピードが上昇しているため、スキルギャップを解消するためにかかる時間は4年前の10倍にもなっているという」
数年に一度学び直してスキルギャップを解消することはもはや困難であり、それよりは毎日15分ずつでも継続的に学習していく「マイクロラーニング」の実践がリスキリングのキーになる、と村上氏は説明する。
そもそも、これまで多くの企業が実践してきた集合研修やOJTといったトレーニングスタイルは、コロナ禍によって実現が難しくなっている。
「これもまた不可逆な変化だ。これからは日々個人が学び、管理者がそれをマネージするというやり方に変わっていく。これが今後の新しい働き方の一角をなすことになるだろう」
リンクトインでは、オンライントレーニングコンテンツの「LinkedInラーニング」を提供している。日本語を含む7言語に対応した1万7000のコースを提供しており(日本語ネイティブで開発されたものも900コース以上ある)、LinkedInの会員プロフィール(スキルや経験、職種など)に基づいてどのコースを受講すべきかを推奨する機能も備える。
ちなみにコロナ禍を通じて、LinkedInラーニングの視聴時間は日本でも2.6倍以上に急増したという。経済の先行きが不透明な中で、自分自身のスキルアップを図り、世の中がどう変化しても大丈夫だという自信を持ちたい、そうした考え方の変化がラーニング視聴時間の増加に表れているのではないかと村上氏は分析した。
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村上氏は講演の最後にあらためて、これからの働き方に向けて考えるべき3つのポイント「キャリア自律」「スマートHRの整備」「スキルへの投資」についてまとめた。
「会社が主語ではなく、個人が主語で『どう働くのか』を考えるときがまさに来ている。そのためにはキャリア自律という考え方が必要だ。また、オフィスワークとリモートワークのハイブリッド型への変化も不可逆の流れとしてあるので、それをどう働きやすさと生産性向上につなげるのか、個人も組織も考えなければならない。最後に、個人も組織もスキルへの投資がなければ生き残れない。マイクロラーニングの仕組みを整え、会社がそれを後押ししていくことが、企業競争力の源泉となり、個人の働きがいにもつながっていく」
この3つを意識しながら、「働きがい元年」の2021年からニューノーマルの働き方を始めてほしいと訴え、講演を締めくくった。