高等学校等で起業家マインドを育成、「起業家教育」の最前線
中小企業庁が起業家教育を学校教育へ導入した事例などを紹介
中小企業庁は、2020年12月22日、自治体・教育機関向けのオンラインセミナー「新しい時代を生きる力~起業家教育の必要性と学校教育への導入~」を開催した。中小企業庁では、これからの時代に必要な起業家マインドや起業家的資質・能力の育成を目的に、教育現場でのキャリア教育の一環として、高等学校等での起業家教育を推進している。
セミナーでは、起業家教育の学校教育への導入や自治体と教育機関の連携促進の事例について、実際に自治体や教育機関で起業家教育をしているゲストを招き紹介。ゲストとして、学校法人角川ドワンゴ学園 キャリア開発部 PBL課長/起業部顧問の鈴木 健氏、三重県立宇治山田商業高等学校 教諭の塩谷 正雄氏、塩尻市役所 産業振興事業部産業政策課産業振興係 主事の日野 南氏の3名が登壇して事例を語った。
学生の起業家精神を育むN高「起業部」の活動
最初に、「N高の起業家教育」と題して、通称「ネットの高校」と呼ばれるN高の鈴木氏が学内での取り組み事例を紹介した。N高では、2018年に起業部を創部。理念として、「高校生だから起業する -0から1を生み出すマインドと経験-」と「高校卒業後の道に”第三の道”を -進学・就職以外の選択を-」の2つを掲げている。起業を本気で考えてアクションするプロセスを通じ、社会に通用するマインドやスキルを身につけさせるのが目的だ。「起業自体を当たり前の選択肢にしていきたい」と鈴木氏は話す。
起業部は現在3期目で、入部選考を通過した20チーム・25名が在籍し、チームごとに会社設立やローンチを目指している。現在までに、5社が起業を実現。さらに、現在6社目が登記準備中だという。今一番元気がある企業として鈴木氏が紹介した株式会社Civichatは、行政分野のシビックテックサービスを提供しており、既に熊本市で実証実験を行ったり、国内外のカンファレンスで反響を得ているという。
チームは起業部のコミュニティ内で学び、学校は必要に応じてサポートを行なう。起業部の活動で鈴木氏が最も重要視しているのは、PDCAを回す「ブラッシュアップ」のプロセスだ。「ブラッシュアップのプロセスで、いかに粘り強く試行してアクションを繰り返すかが、教育や実際のビジネスにおいても重要だと考えている」と鈴木氏は話す。
さらに、学生が粘り強く取り組めるように、株式会社CAMPFIRE代表取締役の家入 一真氏らを特別顧問・メンターとして招聘し、指導にあたっている。メンターの中には、創部3期目にして、起業部を卒業したOBもいるという。実際にビジネスに取り組むCEOらと接することで学生は卒業後のキャリアを考えるきっかけになる。
普段はオンラインでの活動が中心だが、コロナが蔓延する前の2019年には、オフラインでもベンチャー企業の社長により講義やインターンなどのイベントを実施し、交流を図っている。
起業部の活動を通じて、学生の成長や変化を見守ってきた鈴木氏は、高校生には想像以上に力があることを実感したという。中でも最も成長を強く感じるのは、「学生の主体性や当事者意識」と話す鈴木氏。その理由について「起業活動を体験することにより、自分がビジネスを通じて成し遂げたいことや社会貢献などの本質的な問いを学生が深く考えるようになる。そのプロセスの中で、主体性や当事者意識が芽生えていくのではないか」と自身の仮説を紹介。「起業家教育においては、中高生の潜在的な可能性やエネルギーを大人がしっかり信じることが大切です。私たちの役割は、学生の潜在的な能力を引き出すための環境や仕組みを用意することだと思います」と、ポイントを話した。
商業高校における起業家教育プログラムの意義について
次に、塩谷氏から中小企業庁の起業家教育の標準的カリキュラムをした事例が紹介された。塩谷氏が教諭を務める宇治山田商業高等学校では、起業家教育プログラムを実施して2年目になり、商業科マーケティングコースを選択している2年生38名を対象に、「ビジネス経済応用」という授業を週3単位行なっている。
平成31年度から中小企業庁の起業家教育事業に参加し、初年度はKADOKAWAなどから講師が毎回東京から来て授業を行なっていたという。塩谷氏は、参加した感想として「他のビジネスプランを考えるプログラムよりも講師と実際に対面して、生の話を聞くことが生徒の良い刺激になった。一方、評価やゴールの設定については課題が残った一年目だった」と話した。2年目は、中小企業庁が作成した標準的カリキュラム実践のためのマニュアルを元に学習を進め、協働性やビジネスプランの作り方などの基本スキルを身につけていったという。他にも同校を卒業生した起業家である、エイチエムプロデュースの濱地雄一郎氏を招いた起業家講演なども開催している。
また、コロナによる休校期間中は、Google Classroomによるオンライン授業を実施し、クラウドサービスの利便性を実感。学校再開後もGoogle Driveなどを継続利用し、先生や生徒が共同でドキュメントを編集するようになったという。
起業家教育プログラムの特徴について塩谷氏は「市場の反応を見るインタビュー調査や中間発表など、手応えや課題を感じてトライアンドエラーを行なう機会が多い」と分析する。また、「当校は商業高校だが、起業家プログラムを通じて、商業の見え方や考え方、学び、ビジネスの創造と発展のために主体的・協働的に取り組む態度を養うための全ての要素が揃っている。今後もこのような教育を継続していきたい」と話した。
行政が学校や起業家と連携して高校生起業家教育事業を推進
最後に日野氏が、自治体が教育機関と推進する起業家教育事業の事例と題して取り組みを紹介した。長野県塩尻市では、キャリア選択の幅を広げると同時にアントプレナー精神溢れる人材の育成を目標に、平成29年度から高校生起業家教育事業を進めている。現在までに市内の高校3校と市外の国立高等専門学校1校に高校生起業家教育事業を実施。また、学外での学びの場として、1day型のカンファレンスイベントも開催し、提携している学校以外からも参加者を募ったという。
高校生起業家教育事業では、起業家による講演と、講演を受けてのワークショップを行い、最後にワークショップで話し合った内容について発表の場を設けている。授業の前後には、アンケート調査を実施。授業前には70%を超えていた「失敗するかもしれない」という起業へのネガティブなイメージが授業後には減少し、「やりたいことができる」「社会に貢献できる」といったポジティブな項目が大幅に上昇し、起業に対するイメージの変化が読み取れる(以下の図「授業前後に実施したアンケート結果」を参照)。「授業を通じて、起業に対する疑問やイメージを変化させていくことが心理的なハードルや先天的な思い込みを取り除く、一つのきっかけになっている。私たちは就職や進学に加えて、起業という選択肢が入る未来を想定しており、各学校でのプログラムは、そのファーストステップの役割を担っている。」と日野氏は話す。
事業について各学校からは、「こういった学びの機会があるのはありがたい」といった賛同や「起業家教育について保護者に説明できない」という否定的な意見などさまざまな声が上がったという。学校側に理解して導入してもらうためには、「事業趣旨や目的を共有し信頼関係を構築することが重要」と日野氏は話す。行政だけでなく、ノウハウを持つ外部事業者とも連携して事業を進めていったという。
事業を通じて、高校生が活躍の場を求めていることを実感したと日野氏は話す。市内でも高校生が主体となって運営するプレゼンテーション大会開催や、自身の課題を深掘りするマイプロジェクト大会への参加など、アイデアを持つ高校生が増えているという。
今年度は、各々が持つ課題や活動を支援する形に学びをアップデートする必要性を感じていたという。そこで、コワーキングスペースの「スナバ」と共にアクセラレータープログラムを実施。学外に学びの機会を求める高校生は起業への関心が高いことから、校内の枠組みに囚われず、地元の起業家と触れ合う機会創出や事業促進を支援するためにスタートした。本プログラムは、塩尻市における次世代の産業支援の意味合いも持っているという。
行政が学校や起業家と連携して高校生起業家教育事業を推進
各ゲストが事例を紹介した後は、3名でパネルディスカッションが行われた。最初は、鈴木氏と塩谷氏に対して、現在の学校における起業家教育の課題について質問があった。鈴木氏は、「学外との連携を強化する仕組みを整備しないと、学校の教育範囲が生徒の限界になってしまう。例えば、北海道の学生がサービス立ち上げる際に、オンラインで沖縄の専門家に気軽に相談できるなど、越境的なつながりも持つことで、高校卒業後もアクションを止めず起業活動を続けていく原動力になる」と話した。
塩谷氏は、「当校は普通の公立校なので、基本的には授業時間の範囲内で起業家教育をしている。放課後には部活動などもある中で、なかなか地域の大人と気軽に繋がる機会は少ないのが現状。オンラインで繋がるだけでも違うため、生徒の疑問にレスポンスよく答えてくれる人がいるとありがたい。また、起業家教育をした先で、生徒に何を与えて送り出せるかも課題。日野さんから保護者への説明が大変という話もあった通り、大学進学や就職も見据えて起業家教育がどのように活きるのかを説明できないと理解が得られにくい。確かに能力は身につくが、検定のように形に残るものがあると、違ってくると思う」と回答した。
二人の回答を聞いた塩尻市の日野氏は「繋がりという部分では、最近だと地域学習に取り組んでいる学校も多く、大人と繋がる機会も少なくない。当然起業となると関わる大人の種類は違うとは思うが、地域学習と起業家教育は親和性が高いという仮説を立てており、市の事業促進のきっかけになると考えている。また、スナバとのアクセラレータープログラムを通して高校生起業家のコミュニティ作りへつなげていきたい。高校生起業家教育事業を導入した学校でも、導入前は保護者への説明が大変という声があったが、事業を進める目的や理念といった思いを伝えていく中で受け入れてもらったのが特徴だと思う」と自治体の立場から話した。
最後に、今後の展望について質問され、日野氏は「私たちはまだまだトライをしている段階だと思っている。また、高校生は私たちが想像する以上に高校生活自体が大変で、さらに起業を目指すのは、よほど強い信念があると思う。私たちはその想いに応えられるようにこれからも環境を整備していきたい」と話した。
塩谷氏は、「今回の取り組みを通して、生徒が凄く成長する姿を目の当たりにできている。また、今回のセミナーを聞いている中で、もっと地元との繋がりを意識した方が良いということも実感した。例えば、各市町村が出している地方創生プランや目標を達成するためにできることを高校生の視点で考えさせるのも面白いと思う。卒業後は三重県から出ていっても将来はまた戻ってきたいと思ってもらえるような生徒の輩出を目標に頑張っていきたい」と回答した。
鈴木氏は、「セミナーを聞いていて起業部を立ち上げた一年目のことを思い出していた。一から作っていく中で不安もあり、来年はどうなるのかという思いも常にあったが、その中で勇気づけられたのが生徒の行動や起業事例だった。一社起業してようやく先が見えてきたので、まだ実績がなくても一人、二人出てくると周りの理解も変わってくるだろう。個人的に中高生の起業家が出てくることは、ひいては日本の未来のためにもなると思うので、その思いを持ってこれからも貢献していきたい」と話した。