昨年発売された「はじめてのkintone」(シーアンドアール研究所)は、CMで話題のkintoneを理解するのに最適な入門書だ。kintoneより、むしろ業務ハックという言葉で結びついたという筆者の沢渡あまねさんと「ぎっさん」こと高木咲希さんに、「はじめてのkintone」ができるまでの経緯と、オススメポイントについて聞いてみた(以下、敬称略 インタビュアー アスキー編集部 大谷イビサ)。
二人の共通点は「kintone」ではなく「業務ハック」
オオタニ:まずは沢渡さんに「はじめてのkintone」を書いたきっかけについてお聞かせください。
沢渡:ちょうど1年前、C&R研究所の編集担当の方から「kintoneの入門書を書いていただけませんか?」という依頼が来ました。とはいえ、私は別にkintone界隈の人間でもないですし、クライアントへのkintone導入支援などを生業としている訳でもなかったため、さてどうしようかと考えました。ちょうど相談を受けたときは四国にいて、ダムに向かうべく車で移動していたので、次のパーキングエリアに着くまでにちょっと悩もうかと(笑)。
オオタニ:やっぱり目的地はダムなんですね(笑)。
沢渡:過去、kintoneのユーザーコミュニティであるkintone Cafeと、ぎっさんがやっていた業務ハック勉強会の合同イベントで登壇したこともあります。今後、業務ハッカーみたいな人を増やしたいという思いもあるのですが、私はkintoneはのプロではない。どうしたものやらと考えていたら、ふと「ぎっさんと組めば書けるぞ」と思いついたのです。さっそく次のパーキングエリアで「ソニックガーデンの方といっしょなら書きます」と編集の方に連絡し、その後ソニックガーデンの倉貫さんに相談したという流れです。
でも、ここにつながったのは、ずばりイビサさん企画・執筆の業務ハック座談会がきっかけです(関連記事:業務ハッカーはなぜ必要? 沢渡あまね氏とソニックガーデンが語り合う)。あの座談会がなければ、業務ハックという言葉も知らなかったし、kintoneと業務ハックの関係も結びつきませんでした。あの対談が僕の頭にフラグを立ててくれたんだと思います。
オオタニ:ありがたいことです。あと書きにも書いてもらったんですよね。確か私もCybozu Daysで倉貫さんと対談させていただいて(関連記事:働き方を現場から変えていく業務ハッカーとチームリーダー)、業務ハッカーという概念は理解していたのですが、まだまだモヤモヤしていたところにあの対談があったので、クリアになったイメージです。高木さんは沢渡さんはあの座談会が初めてですか?
高木:座談会以前にも沢渡さんには著書の1ファンとしてお会いしていて、あの座談会につながっています。だから、沢渡さんからのお話もとてもありがたかったし、kintoneも好きなので、沢渡さん×kintoneの本に参加できるのは楽しみでした。
ただ、日常的にkintoneを使っているとは言え、書籍を書けるかどうかは別問題。いろいろなkintoneプロフェッショナルの顔が頭にちらついて、私がkintoneを語ってよいのか、正直不安でした。でも、直後に行なわれた打ち合わせで沢渡さんが「業務ハッカーの可能性を語っていこうよ」とおっしゃってくれたんです。業務ハッカーは私が主催する勉強会でもやってきたテーマだったので、その知見を沢渡さんに共有することは意味あることだなと思えて、前向きになれました。
オオタニ:お話を聞くと、二人の共通点は「kintone」ではなく、「業務ハック」というキーワードなんですね。
沢渡:おっしゃるとおりです。業務ハッカーは、大企業・中小を問わず、日本の職場のモヤモヤを解消する新しい職業になり得るなと思っています。しかし、業務ハッカーが業務改善するためには、具体的なソリューションやツールが必要になります。その意味でkintoneはとてもわかりやすいんです。とはいえ、ツールありきだと順番が違うので、kintoneをむしろ酒の肴にしながら、業務ハックを中心に描いていこうと考えました。
小説風の構成がよいところは感情が乗せられるところ
オオタニ:この本の特徴的なところなんですが、いわゆる仮想事例ストーリー部分と解説部分が交互に出てくるところです。だから、「はじめてのkintone」という書名で、いわゆるマニュアル的な導入記や解説本を想定していた読者は読み始めてややビビるはず(笑)。でも、読んでいくとストーリー部分が生々しくて、共感を得られるので、kintoneの解説がなんだかすっと入ってきます。この構成になったのはどういった経緯ですか?
沢渡:この本は業務ハックをどうやって浸透させていくか、読者に業務ハッカーとして一歩を踏み出してもらうにはどうしたらよいかを考えて構成されています。だから、ツール前面推しではなく、あくまで業務ハッカーになり得る人たちが置かれた環境や職場での期待役割をオーバーラップさせた上で、ツールを使いこなしていくか、カルチャーを変えていくかを説明する必要があります。もっとシンプルに言えば、業務ハッカーのファンを増やしたかった。そのためには、この小説風の構成が効くと思ったんです。
高木:沢渡さんの過去の著作でも小説風の構成をとっているものがあります。解説本と比べて、小説風の構成がよいのは感情が乗せられるところです。今回の本では業務改善を進めるkintoneユーザーを「後押ししたい」という意図があったので、「この悩みって自分だけじゃなかったんだ」と共感してもらうには、やはり小説風のほうがいいと思いました。共感があるから、悩みが自信や励みにつながるのかなと。
沢渡:正直ツールの使い方であればググればいくらでも出てきます。ただ、個人のストーリーに落とし込むのは、ググっても難しい。それこそが小説+解説スタイルの価値だと思います。まさにいかに共感してもらうか。人って共感しないと動かないですから。
オオタニ:サイボウズも、kintoneのようにとても自由度の高いアプリ開発サービスを展開するに当たって、「こんなに大変なのになぜ業務改善が必要なのか」みたいな共感をイベントや情報発信においてとても重視していますよね。
沢渡:ある意味、kintoneだからツールの使い方と小説のようなストーリーという構成がとれたんです。kintone Cafeのようなイベントで登壇し、イビサさんの企画でサイボウズ(当時)の伊佐さんと働き方について対談したことを通して、「kintoneってただのツールではなく、1つの世界観だな」と感じたんです。事務職の方がkintoneを覚えて業務改善を成功させたら、その話にユーザーが共感して、コミュニティに集まってくるみたいな。これがたとえばMicrosoft Teamsだと、なんか共感ストーリーって、あまり思い浮かばないんですよね(笑)。
高木:私もそう思います。kintoneのマニュアルって、いろいろな場面に沿った丁寧な内容のものをサイボウズさんが提供してくれてるんです。だから、マニュアルを書こうとは思わなかったです。
沢渡:あとこれは小説形式を採用した過去の成功体験ですけど、正直おっさんの言ってることは聞いてくれないですけど、女性の主人公が奮闘している話ってみんな聞いてくれるんですよ。悔しいけど(笑)。
オオタニ:確かに小説は語り手の立場やキャラクターで受け取り方も違いますね。読者に共感してもらうために、どのような工夫をしたのでしょうか?
沢渡:共感を得るためには2つの側面があると思っています。1つめは「客観性を持たせる」ということ。私は業務改善を広くやっているし、ぎっさんもソニックガーデンで業務ハッカーという立場なので、サイボウズの中の人でもない。しかも本の中では、とある会社の女性社員が業務改善に奮闘するという話なので、さらに疑似客観化が図られています。客観性が共感を生み出しているというパターンです。
もう1つの側面は「複数の人が語る」という形式です。最近、ウェビナーなどで登壇していると、やはり一人で蕩々と話しているより、ほかの人と対談している方が会場との一体感があるし、共感ポイントがマルチチャンネルになります。だから、満足度や腹落ち感も高い。
今回の本も、私とぎっさんという立場の異なるライターが、小説パートと解説パートを重ねることで、ある意味対談みたいなことをしているんです。その分、共感ポイントが増えたのではないかと思いますね。