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AIスタートアップの実体験、知財のあるある失敗例とは

「AI(人工知能)スタートアップに実体験で訊く“知財でしくじらない方法”」レポート

特集
STARTUP×知財戦略

 特許庁は、2020年11月30日に「AI(人工知能)スタートアップに実体験で訊く“知財でしくじらない方法”」を開催した。本イベントは、スタートアップにおける知財の重要性をテーマとして、会場の渋谷QWS(キューズ)からオンライン配信した。

 開催の挨拶として特許庁の鎌田哲生氏より、同庁が運営するIP BASEのスタートアップにおける知財や特許の取り組みを紹介しながら、「本イベントを通して知財の専門家と繋がってもらいたい」と説明した。

特許庁 ベンチャー支援班長の鎌田 哲生氏

 基調講演として、インハウスハブ東京法律事務所の代表パートナーである足立昌聰氏は、「AIスタートアップあるある知財の失敗例」をテーマに発表を行なった。

 まず同氏は、「(AIスタートアップの)顧客が求めているのは課題解決であって、解決手段それ自体ではない。あくまで AI は解決手段のひとつにすぎない。」と、スタートアップが陥りやすい技術偏重に釘を刺しつつ、「スタートアップが持つ競争力を持つ技術が、顧客の課題解決方法として最適でなければいけない」とした。

インハウスハブ東京法律事務所 マネージングパートナー/知財専門家の足立 昌聰氏

 AIスタートアップは、既製品を販売するのではなく、協業先と共にプロジェクト開示時点では仕様を明確に定義できないものを作り上げるため、技術だけでなく、人・モノ・予算・市場などを考慮しながら開発を進める難しさがある。

 このような大企業とスタートアップにおける共同開発をモデルケースとして、具体的な事例に沿ったアドバイスを説明した。

 もっともシンプルな事例は、SaaS等のライセンス提供で使用料を得るパターンだが、利用者側のAI技術に関するリテラシーが十分でない場合や実装が技術的に難しい場合には、単に特許発明やソフトウェアの利用許諾だけではビジネスとして完結せず、効果を上げにくい。

 続いて研究開発で提携する場合には、大企業が技術や人材をスタートアップに求める結果として、スタートアップから大企業へエンジニアを派遣する形なども発生することがあるが、派遣先における成果物の扱いや業務で得た知見をスタートアップに戻っても活用できるかといった、「頭の中」を契約で縛ることが難しい点がある。もし活用できなければ、ただの人材派遣になってしまう。

 ほかにもAIスタートアップでは、AIを利用したソリューションを提案した上で受託開発を行うケースがあるが、発注側が、存在しないものを作る探索的な事業ではなく、決められた完成品を納品する調達として認識していると、発注側が必要な業務知識を提供しなかったり、期待されるものが納品されなかったと感じてコミュニケーションがうまくいかず、トラブルの原因となる事例を挙げた。

 また、受託開発のメリットはスタートアップの懸念である財務が早期に健全化するが、時間経過による技術優位性の喪失や、事業のスケーラビリティが人材を増やすだけに限られるなど、デメリットもある。

 対して、探索型研究のかたちで協業する場合では、発注側はゴールが見えない状況のまま業務の完遂を前提とする請負契約を締結してしまい、明確な成果を出せず、スタートアップ側に代金が支払われないトラブルを紹介した。

 より研究開発を押し進めるには資本提携という手段もあるが、出資元からの指示や制限などの影響が非常に大きくなる。

 特にプロジェクトにおける成果物や権利の扱いが重要となり、成果物を共有するとどちらかが反対すると使用できないデッドロック状態のリスクを説明し、安易な共有に警鐘を鳴らした。

 一方で成果物を独占したい大企業に対して利用料などを受け取るだけでなく、将来に備えてオプション権(選択できるポジション)を販売するなど方策を紹介した。

 いずれにせよ、こうした契約には知財法務の専門家への相談が必要なるので、注意したい。

 スタートアップにおける契約や研究開発の一例としてドラマ「下町ロケット」を紹介しながら、顧客に対してどのように知的財産を提供するかを個別に考えることが重要だと語った。

 「契約とは、成功した場合はなく問題が起こった時に必要になるため、失敗に備えて契約内容を考慮することが大事である」とまとめて、スタートアップへのアドバイスを締めた。

パネルディスカッション「AIと知財について」

 後半のパネルディスカッションでは、ゲストのマスク・ド・アナライズ氏も参加して、スタートアップである株式会社アジラの皆川 芳輝氏、ライズバイ株式会社のビリー大崎氏、株式会社AVILENの高橋 香輝氏への知財戦略におけるアドバイスを行なった。

イキリデータサイエンティストのマスク・ド・アナライズ氏。なおマスクド氏は、プロレスラー風のマスクにフェイスシールドを着用し、感染症予防対策としていた

 最初の相談は行動認識AIとAI-OCRを手掛けるアジラの皆川芳輝氏から、基礎技術を自社開発後に社会実装するため大企業が持つデータを使って開発を進めたところ、契約段階において既存の定型的な契約を要求される問題を挙げた。

株式会社アジラ 取締役CFOの皆川 芳輝氏

 マスクド氏は大企業がスタートアップを下請け先として見る傾向を指摘しつつ、AIという特殊性から既存の契約書が不適切なため、実情に合わせた契約を作り直す必要性を訴えるべきとした。

 足立氏の提案は、スタートアップが先に契約書の雛形を作っておき、既存の契約書を提示される前に先手を打つ方法を示した。

 両社における交渉力の違いはあれど、他分野への展開を考慮して最低限譲れない部分は堅持して、調達部門以外の技術担当者も説得する方法など、スタートアップ側の契約書に対して理解を深める方法を語っている。

 2点目の相談として、行動認識AIでは積極的に特許を取りつつ、文字認識AIではノウハウを隠す戦略を取っているが、AI スタートアップとしてどこまで特許を取得すべきかの判断について意見を求めた。

 これに対してマスクド氏は特許出願に注力する同社を手本にすべきとしつつ、行動認識は模倣が難しく競合が少なく特許で情報公開されても安全な点と、文字認識は長年研究されており競合も多いのでノウハウは秘匿するべきという、外部環境による違いを示している。

 足立氏も基礎技術であるかアプリケーションとして完成しているかの違いで特許の扱い方が違う点を指摘して、一例として経理ソフトにおける自動仕分けによる特許裁判を挙げて説明した。

 これらのアドバイスを受けた皆川氏は、「特許は保有するだけでなくお金にして初めて価値につながるので、特許はまだまだ奥が深い」と感想を語った。

 2社目にはデジタル人材の育成で​貧困問題の解決を目指す、ライズバイ株式会社のビリー大崎氏からの相談となった。

ライズバイ株式会社のビリー大崎氏

 同氏は育成した人材による知的財産の扱いを挙げながら、形のあるプログラムだけでなくアイデアや体験に対する模倣対策にどう取り組むべきか、合わせて正社員だけでなく別の形で働く場合の権利に関する懸念を説明した。

 この点についてマスクド氏は、経験から学ぶ点も交えつつ大崎氏がコンサルティングファームでの勤務経験があることから、自身のナレッジを共有することで未然に失敗を防ぐ施策を紹介した。

 足立氏からは契約における欠点として当事者のみ拘束できる点を挙げて、法律で保護されないものを保護できるが第三者に契約を適用するのは限界がある点を述べた。

 そこで意匠権による権利保護を紹介しつつ、ハードルが高いため意匠に強い弁理士への相談が重要になるとのアドバイスをした。

 大崎氏からの追加質問では、意図せず権利侵害を起こしてしまうリスクにおいても、自身を守るために契約を活用する重要性を示した。

 こうしたアドバイスに大崎氏は、「自分の権利だけでなく身を守るための方法として知財や契約の重要性を学べた」とまとめた。

 最後は株式会社AVILENの高橋香輝氏により、創業2年のスタートアップとしてAIの受託開発や社会実装における納品物の権利について相談となった。

株式会社AVILEN 取締役 ブランド責任者の高橋 香輝氏

 受託開発では顧客のデータを使ってモデルやアルゴリズムなどの成果物が完成するため、開発側とデータ提供側における権利の妥当な落とし所をどうするかが解決すべき課題となる。

 この点についてマスクド氏は成果物を一方的に収奪されないように留意しつつ、汎用的な用途や他分野に展開できる技術は自社で抱え込み、特定用途のみの技術は共同利用とするなど、条件によって判断を変えるべきであると述べた。

 足立氏も縦軸と横軸考えを前提としながら、顧客に特許を独占的に使用させても、知的財産権そのものを渡すかどうかは要検討であるとした。

 併せて単純に権利の独占的な使用を約束しつつ、競合他社による知的財産の買収を避けたい技術にはオプションを用意するなど、交渉余地を示すことを提案した。

 また、権利を求める取引先には出資を促したり、マネタイズが出来るかを交渉材料とするなど、スタートアップが持つ強みを活用するようにアドバイスした。

 続いての質問は、新たなアイデアや技術に対してどこまで特許申請などで知財保護すべきかの戦略について、両者の見解を求めた。

 難しい問題であると前置きしながら、マスクド氏は特許出願の費用や手間を考慮するとすべて保護するのが難しく、他社との協業や成長性につながる分野を優先的に保護すべきとした。

 足立氏は更に掘り下げて、特定の産業分野など自社の個性をつける目的で特許を取る点でメリットがあるとしつつ、スタートアップより他産業の方が特許への関心が強く、積極的な出願をアドバイスした。

 また、技術的な要素では特許の範囲が狭くなるため抽象化する必要があるものの、抽象化には高度に専門知識が必要なので、早い段階から弁理士に相談することを挙げている。

 昨今では特許庁からの支援などで国内出願にはかかる費用や負担がかからないので、こうした支援を積極的に利用したい。

 高橋氏は「これまで知財特許について考える機会が少なく、今回のイベントが勉強になった。今後の自社戦略として参考になった」と、本イベントの意義を代弁してくれた。

 こうしてパネルディスカッションが終了し、特許庁の鎌田氏から終了の挨拶として、来年以降に開催される大阪や福岡でのイベント案内やワークショップの告知で幕を閉じた。

 スタートアップにおける各種支援やイベントに関する情報はIP BASEや渋谷QWSのWebサイトで紹介されているので、スタートアップで働きたい方や起業関心のある方は、これを機に一読いただきたい。

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