テクノロジーが急速に発展していく中で、演劇やダンスなどのエンターテインメントの世界にも変化が起きている。ロボットと人間が共演する演劇や、ARなどの最新技術を駆使したインスタレーション作品も登場した。また2020年の新型コロナウィルス感染症の世界的な流行も、オンラインでの多様な表現やコミュニケーションを生むきっかけとなった。
エンターテインメント業界が過渡期にある今、日本で初めて演劇やダンスなどの舞台芸術を本格的に学べる専門職大学が開学準備を進めている。兵庫県但馬地域に誕生する、国際観光芸術専門職大学(仮称・認可申請中)だ。
今回はこの大学の教員候補であり、世界的なバレエダンサーの木田真理子氏に、新しい大学で目指す教育やエンターテインメント業界の今についてお話を伺った。
●ダンスの魅力は「試行錯誤」
「ダンスというものを、幅広く捉えてほしいと思っています。ダンスを特別なもののように思っている方もいるかもしれませんが、実は仕事の場だったり、家庭の中だったり、いろいろなところで共通するもの、使えるものだということを伝えたいですね」
そう語るのは、バレエダンサーの木田真理子氏。カナダやヨーロッパの有名バレエカンパニーに所属した経験を持ち、世界各国の舞台で活躍してきた木田氏は、2021年に開学予定の国際観光芸術専門職大学(仮称・認可申請中)の教員候補となっている。そこで展開されるのは、単に“ダンスの振付を教える”というような授業ではなく、ダンスを通じて考える力や相手を理解する力を育てていくというものだ。
「ダンスって、感情とか感覚だけで踊っているようなイメージを持っている方もいるかもしれませんが、実は自分の中でしっかりと分析することが大事なんです。『どうすればもっと面白くなるのか』『ここの目線の送り方を変えたら、もっと違った雰囲気を生み出せるんじゃないか』とか。言われたことをこなしていくだけじゃなくて、そこからどう工夫していくか、アプローチしていくか。そうやって試行錯誤しながら自分なりの表現を見つけていけることが、ダンスの大きな魅力だと思います」(木田氏)
それは「人がなぜダンスをするのか」という根源的な問いにも通じる。
「誰かが指示したとおりにやればいいなら、ロボットでもいいですよね。でもどうして人間がダンスをするのか、ダンスを求めるのかと考えると、やっぱりそういう試行錯誤があるから。その過程をおもしろいと感じるから、私もダンスを続けてきたんだと思います」(木田氏)
そうした‟試行錯誤する力“はダンス以外の場にも生かすことができると、木田氏は話す。
「たとえば、ダンサーという立場を学校の先生に置き換えてみます。ダンサーがお客さんの反応を感じながらいろいろなことを考えるように、学校の先生も、どんなふうに伝えたら学生が面白く感じてくれるのかとか、どうしたらもっといいクラスになるのかとか、日々試行錯誤しているはずですよね。そんなふうに、いろいろな仕事、いろいろな場面で共通する要素があると感じています」(木田氏)
木田氏はプロのダンサーとして舞台に立つだけではなく、研究者として、指導者としてもダンスと関わってきた。また、子どもからお年寄りまで幅広い年代・立場の人に向けてワークショップを展開。そうした経験の中でも、ダンスを通じて学んだことや、身に付けたスキルは社会の中でさまざまな形で生かせるものだと感じたと言う。
「“イメージを立ち上げる”ということも演劇やダンスによって得られる力の一つです。舞台の上で、何かそこにはないイメージを見せる、相手と共有するということをダンサーは日常的にやっています。だから、企業の研修でも『イメージ』を使ったワークショップをしたことがあります。たとえば同じ言葉でも、実は相手とイメージしている内容がまったく違っていることってありますよね。そうしたちょっとしたイメージの違いが、社内のディスコミュニケーションにつながる。でもお互いのイメージが違うということに気が付ければ、お互いに配慮できたり、スムーズに進められたりすることもあるはずです」(木田氏)
●時代の流れや新しい技術とともに生まれる表現
国際観光芸術専門職大学(仮称・認可申請中)は、演劇やダンスなどの舞台芸術を学びの一つとして掲げている。ビジネスも、娯楽も、多くのことがオンラインになりつつある中で、生のパフォーマンスを基本とする舞台芸術の世界は今後どのように変わっていくのだろうか。木田氏はこうした変化をネガティブなものとは捉えていないと言う。
「人間の持っている強みと、機械の持っている強みはそれぞれあるので、うまくミックスできればと思っています。機械でもできることは機械にやってもらって、人間にしかできないことは人間がやる。そうやってどう使い分けるかを考えることや、新しい関係を作っていくことこそ、人間の得意なことだし、クリエイティブだと思います」(木田氏)
また、2020年は新型コロナウィルス感染症が世界的に流行したことで、社会全体が大きな転換点に立つことになった。エンターテインメント業界もダメージを受けている。しかし木田氏は、事態を深刻に受け止めつつも、「こういう時代だからこそ生まれるアイデアもある」と話す。
「もちろん劇場にとっては大きな問題です。でもこのコロナ禍の中で起きた変化も感じています。たとえば、舞台に立てなくなったダンサーが、SNSやオンライン配信で自分のことを発信するようになっています。それによって普段はなかなか聞くことのできない話を聞けるのは刺激的です。また、海外のアーティストとの対談をライブ中継するとか、オンラインだからできる企画も出てきています。苦しい状況にあることは変わりませんが、こういう状況にならないと考えつかなかったアイデアが生まれているのは面白いなと感じています」(木田氏)
●コミュニケーション力やクリエイティブの力で新しい社会を作る人材を
大学の開学後に、木田氏が担当する授業としては、まず舞台制作の実習。俳優やダンサーだけではなく、演出家や照明、音響、小道具など舞台に関わるさまざまな仕事について知り、体験しながら、創作やマネジメントの実践的なスキルを磨いていく。
さらに、ダンスをベースにコミュニケーションを学ぶ授業も担当する。
「ダンスを上手に踊れるようになることを目指すというよりは、身体を通して世界を理解していく、身体を動かしながらいろいろなことを一緒に考えていく授業にしたいと思っています。自分が発信したことによって他人や周囲の環境に対してどんな影響があるのか、どんな反応が起きるのか。それを考えることが、日常のコミュニケーションにも役立つはずです」(木田氏)
それらの授業を通して学生たちにどのように成長してほしいか。最後に、木田氏の理想像を聞いた。 「既存の社会システムとか組織の中でうまくやっていくスキルも重要ですが、それだけではなく、既存のシステムからこぼれ落ちたものも拾ったうえで、自分なりに新しいシステムや価値観を作っていける人。私自身もそういう人間を目指しているので、そこに共感して一緒に作り上げていける学生に出会えたら嬉しいです」(木田氏)
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