「ラーメン評論家」の名刺を出して挨拶するとよく訊かれるのが「ラーメンを自分で作ってみたくはならないんですか?」。私の答えは決まっていて「不器用ですし、作ってもらったものを食べる方が楽しいですから、作りません」。実際、通販のラーメンスープを湯煎して、麺を茹でるだけでてんやわんや(笑)。
しかし、世の中にはラーメン作りに情熱を燃やし、開店する目的はなくてもスープを作ったり、麺を打つ人もいる。そんな「自作派」の活躍がラーメンの世界を大きく動かす事がある。今回紹介する「らぁ麺 やまぐち」の山口裕史店主もその一人。
会津若松市生まれの山口さんは会社員で、趣味で料理を作っていた。ラーメンを作ろうと思い立ったが、会津のスーパーには多加水麺しか置いてない。そこで麺から自作するようになったが、うまくならない事が悔しくてのめり込むことに。
自作派のネット掲示板で情報交換したり、オフ会で互いのラーメンを披露して切磋琢磨。2005年に立川のラーメンスクエアで行われた「ラーメントライアウト」に出場。最初は腕試しのつもりだったそうだが、優勝できなかったことで気持ちが燃え上がり、翌年の同大会で優勝。ラーメンスクエアで「麺屋にゃみ」を1年半営業した後も経験を重ね、2013年に西早稲田で「らぁ麺 やまぐち」を開業した。
高田馬場から早稲田にかけての早稲田通り沿いは、多くの若者が歩く事もあって、都内随一のラーメン激戦区。それだけにラーメン店の入れ替わりも激しく、「らぁ麺 やまぐち」が最初に入ったテナントは、短期間で様々なラーメン店が入れ替わってきたいわくつきの場所。それでも、激戦区で勝ち残ろうとする山口店主の熱意が通じて、今ではこの界隈で最も話題を集める店の一つになった。
この店の代名詞になったのは、鶏の存在感をビシッと立たせた「鶏そば」。開業当初「喜多方ラーメンは豚骨なんですが、会津のラーメンは鶏なんです」と山口店主が熱く語っていた事を思い出す。会津地鶏を中心に、全国から選んだ銘柄鶏も合わせて、丁寧に旨みを抽出したスープ。そこに合わせる麺は、自家製麺の経験を活かし、京都の「麺屋棣鄂」に独自レシピで発注している。具ではしっとりした食感を重視したチャーシューが秀逸。移転した事で鶏を保管する「チルド庫」が確保され、クオリティを日に日に高めているという。故郷の味に軸足を置きつつ、思い切り振りぬいた味作りで高みに達していると感じられる。
2015年には江東区東陽町にネクストブランド店「らぁ麺 やまぐち 辣式」を開店。本店とは異なるスープに塩ダレを合わせた「塩らぁ麺」と、山口店主が好きな「麻婆豆腐」を汁無し麺で味わう「麻婆まぜそば」で人気を集めている。
そして最新ニュースが飛び込んできた。「らぁ麺 やまぐち」が創業した場所で、ネクストブランドの「つけ麺 麦の香」を開店させたとの事。この店は山口店主がプロデュースして、福島県の羽田製麺が発売した中華麺「麦の香」を使ったつけ麺専門店。ラーメン店主が製麺所の麺をプロデュースするのも異例だが、福島県出身という縁から実現したという。
北海道産小麦・かん水・塩・水だけで練り上げた麺は、まさに「麦の香」を漂わせている。低加水の太麺をしっかりと茹で、麺が水を抱え込むようになり、滑らかな食感を実現している。その麺を存分に味わえるように、つけ汁はオーソドックスなスタイル。鶏ガラや豚骨をベースに、鯖節や煮干しといった魚介系素材も加えて旨みを整え、麺の魅力を存分に楽しめる。辛味噌を麺に絡めながら食べるのも面白い。
鶏にも小麦にも、食材に真剣に向き合う姿勢が山口店主を貫いている。味を全力で引き出し、それぞれにオンリーワンの一杯を作り上げている。「らぁ麺 やまぐち」と山口店主のこれからの動きには、まだまだ目が離せそうにない。
山本剛志 Takeshi Yamamoto (ラーメン評論家)
2000年放送の「TVチャンピオンラーメン王選手権(テレビ東京系列)」で優勝したラーメン王。全国47都道府県の10000軒、15000杯を食破した経験に基づく的確な評論は唯一無二。ラーメン評論家として確固たる地位を確立した現在も年に600杯前後のラーメンを食べ続けている。
百麺人(https://ramen.walkerplus.com/hyakumenjin/)
本人Twitter @rawota
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