2019年の“ASCII BESTBUY AWARD”で、年間グランプリに輝いたのはソニーのWF-1000XM3だった。盛り上がった完全ワイヤレスイヤホンの中でも、特に注目を集めた本製品は現在も人気を博している。
そこでWF-1000XM3の開発に携わった、ソニーホームエンタテインメント&サウンドプロダクツ株式会社のプロダクトプランナー大庭寛氏と、プロジェクトマネージャーの大橋篤人氏に、開発時の話や製品の特徴、そして将来のビジョンについてお話を伺った。
左右同時伝送方式による接続性と、音質向上が評価を受けた
──WF-1000XM3が人気を博している理由、どのようなポイントが評価されているとお考えですか?
大庭寛(以下、大庭) 2017年10月にソニー初の完全ワイヤレスイヤホン「WF-1000X」を発表しました。WF-1000XM3は、このWF-1000Xをブラッシュアップした後継モデルですが、ヘッドホンタイプのWH-1000XM3と同様、業界最高クラスのノイズキャンセリング機能を搭載できたところが非常にキャッチーだったと思います。
大橋篤人(以下、大橋) そうですね、ノイズキャンセリング機能も含めた音質の良さもあると思います。また、完全ワイヤレスイヤホンが広く使われるようになる中、WF-1000XM3には日常的に使用するツールという側面があります。常に身につけていたいデザイン、ストレスフリーな使い勝手を意識しこだわっており、そういった部分も評価していただいていたのではないでしょうか。
──接続性の高さも、ぐんと向上していますよね。
大橋 WF-1000XM3は伝送方式を変更しました。前モデルのWF-1000XはスマートフォンからのBluetooth信号を一度片側で受けて、さらにもう一方に送るリレー方式を採用していました。
WF-1000XM3の開発は、伝送方式の見直しから行いました。新開発のBluetoothチップセットで、左右同時にBluetooth信号を伝送する左右同時伝送方式を採用しました。これにより接続性が大幅に向上しています。またリレー方式だと音切れを防ぐためにバッファを確保するのですが、同時転送方式ではバッファによる動画の音ズレもなくなっています。
ユーザーからの声にしっかり応える
──プロセッサーも新開発されたんですよね?
大庭 ノイズキャンセリングのプロセッサーを一新しています。WF-1000Xではフィードフォワードマイクというイヤホンの外側に設けたマイクのみを使う方式でしたが、WF-1000XM3は完全ワイヤレスイヤホンとしては初めてデュアルノイズセンサーテクノロジーを採用しました。
フィードフォワードマイクを外側に、フィードバックマイクを内側に搭載してノイズを集音。2つのマイクを小型の筐体に収めるという難しいチャレンジを行いました。その結果、製品として大きく進化したモデルになったと思います。
──先代モデルのWF-1000Xに対する反響で最も大きかったものはなんでしたか?
大庭 完全ワイヤレスイヤホン自体がまだ新しかった時期にも関わらず、ノイズキャンセリングを採用した点でしたね。一方、ヘッドホンタイプと比べるとノイズキャンセリングの性能は一歩遅れているものだったので、性能を近づけて欲しいというご意見も多かったですね。
連続再生時間が3時間だったことに対するご要望も多くいただきました。また、リップシンクに対するご要望も増えています。特に北米ではNetflixやYouTubeなど、スマートホンやタブレット端末で動画配信サービスを利用するユーザーが拡大しています。これに合わせて、遅延を低減して欲しいという声を多くいただくようになりました。
──ゲームや音楽制作など、遅延が気になる使い方はあると思うのですが、一番は動画視聴ですか?
大庭 動画視聴ですね。市場による違いもありますが、私の印象として北米ではタブレットで動画を観る方が多い。国内線での飛行機移動が頻繁で、西から東まで6時間かかる国なので。スマホだと音声と口の動きがズレてもあまり気にならないかもしれませんが、ディスプレイが大きなタブレットだと気になってしまいます。
発売後のアップデートで長く愛される製品になる
──ノイズキャンセリングや外音取り込みモードを自動で切り替えるアダプティブサウンドコントロールも特徴のひとつですよね。
大庭 アダプティブサウンドコントロールはアプリが頭脳となっている機能ですが、2017年の秋に初めて導入して、同意していただいたみなさんのデータを元に機能改善を続けてきました。2019年上期にはユーザーの行動認識を判別するアルゴリズムを改良し、その精度が大幅に向上しています。また、小型の完全ワイヤレスイヤホンはユーザーインターフェイス(操作部材)自体も小さいので、可能な機能は自動化していきたいと考えています。しかし、自動化しすぎるとおせっかいになるところもあるので、慎重に進めています。
──機能拡張というと、LDACやaptXといったコーデックの採用を望む声もありそうです。ただし、aptXを利用するためには、特定メーカーのBluetoothチップセットが必要になりますね。
大橋 おっしゃられた通り、コーデックの中にはチップセットに依存するものもありますので、そういったコーデック面での機能拡張は難しいところがあります。また、LDACを要望する声も認識しており、商品化するにあたり総合的な判断で今回は見送っていますが、今後も使い勝手とのバランスを取りながら検討を続けていきます。
──一方、WF-1000XM3はファームウェアアップデートも頻繁で、発売後も進化しているのはユーザーにとってはうれしい部分です。
大橋 もちろん、ユーザーのみなさんに喜んでいただいているのはうれしいのですが、現場としては終わりがないので、少々つらいところもあります(笑)
──今後、WF-1000XM3のように発売後も機能アップデートを続ける機器は増えるのでしょうか。
大庭 WF-1000XM3のファームウェアアップデートでボリュームコントロールに対応したり、アプリでケースのバッテリー残量を確認できるといった機能追加を行いました。我が子が育っていくような感覚で、長く使っていただけるとうれしいですね。
ソニーに限らず、ひと昔前のオーディオ機器には売り切って終わりといった側面もあったかと思うのですが、我々のヘッドホンでは、アプリを提供し始めた2017年当時から必要に応じて機能をアップデートし、修正する構想がありました。
最近では販売もロングテールになっています。というのも、ユーザーのみなさんが商品を選ぶ際、口コミなどが重要視されるようになり、新しいからではなく「いいものだから」と購入する方が増えているんです。機能アップデートを続けることは、登場から時間が経った製品でも口コミなどを読んで買っていただけることにつながります。販売に関して、理想的なスパイラルができ上がっているのではないでしょうか。
──ノイズキャンセリングなどにも、まだ機能改善の余地はありますか?
大橋 ノイズキャンセリング機能に関しては、ハードで固めているところがあり難しいですね。しかし味付けみたいなことはできるかもしれません。
次世代製品では、個人最適化というアプローチも検討したい
──今後、新機能を搭載するとしたら、どのようなものがあるのでしょうか?
大庭 ヘッドホンに限らず、ソニーは高付加価値の製品をユーザーの皆様にお届けすることを追求しています。例えばノイズキャンセリング機能ではまだまだできることがあるはずです。ヘッドホンタイプのほうが完全ワイヤレスよりもノイズキャンセリング性能が高いと感じる方もいます。どんなスタイルの製品でも、どんな人でも最高のノイズキャンセリングを提供できる方法があると考えています。
また、完全ワイヤレスイヤホンが日常のツールにもなっています。それらの要望を満たす方法として“個人最適化”というアプローチがあると考えています。
大橋 完全ワイヤレスイヤホンが普通になってきた背景として、お客様がストレスフリーに音楽を楽しみたいという期待があるのだと思います。今後ともさらに快適に音楽を楽しめるようなヘッドホンを開発していきたいと考えています。
──初代モデルのWF-1000Xの登場からWF-1000XM3の発売まで、2年ほど時間がかかりましたが、同じくらいのスパンで次のモデルが登場するのでしょうか?
大庭 開発期間に関しては、残念ながら具体的なことをお答えできません。というのもプロダクトによってかなり違っているんです。R&Dからのものには10年単位で開発を行っている製品もありますし、技術転用であれば1年もかからずに完成できるものもあります。これはソニーだけでなく、すべてのメーカーで言える話です。
次の製品では、ノイズキャンセリングの性能向上にチャレンジしていきたいですね。ソニーは民生用としてノイズキャンセリング技術を初めて製品に搭載したメーカーですし、デジタルノイズキャンセリング機能搭載製品もソニーが初めてです。デジタルノイズキャンセリングに関しては、今後もソニーが技術をリードしていきたいですね。
──WF-1000Xの後継がWF-1000XM3ですが、「2」ではなく「3」でしたね。
大庭 そうですね、次の製品はそのネーミングにもご期待いただければ(笑)