積み上げてきた実績やノウハウ、自動化をアピール
8つのセクションのうち、全体戦略である「Business Health & Managed Service Focus」、サービスの改善と継続性を検討する「Continuous Improvement&Process Optimization」を担ったのが岡安氏のチームになる。
Azure Expert MSPで重視されるのは、星の数ほどあるMSPの中で、FIXERとcloud.configの強みが明確であり、それを活かす戦略が立てられているかどうかだ。監査プログラムのプレゼンにおいてもトップバッターであり、ゲームメイキングしていく存在。企業戦略やサービス戦略はもちろん、財務の健全性、会社自体の認知度、人材採用・育成戦略、販売プロセスなどをわかりやすく説明していく必要があった。
サービス戦略や競合との差別化ポイントという点では、cloud.configというマネージドサービスの提供価値、独自性などの強みを改めて言語化することが重要だった。そのために、そもそもマネージドサービスが何のためにあって、誰が幸せになるのか? マイクロソフトが掲げたコンセプトにまでさかのぼって考えたという。
「われわれがマネージドサービスを担うことで、cloud.configの予兆検知やオートスケールにより、安価で安定したシステム運用を提供することができます。また、新しいサービスやコスト最適化の提案まで踏み込み、お客様のビジネスの成功につなげることができます。cloud.configにはこれまで積み上げてきたこうした実績やノウハウがあり、自動化が徹底されているという強みがあることをアピールしようと考えました」(岡安氏)
ビジネス戦略で苦労したのは、「Succession Planning」と呼ばれる人材戦略だ。たとえば、担当者が転勤や病気になっても、サービスが継続的に提供されるのかといった内容だ。しかも、単に担当者がいればよいわけではなく、後任予定者の能力についてのギャップ分析や後任養成のトレーニングプラン、トレーニングの受講記録まで深掘りされる。また、「Assessment and Design」のセクションにおいては、カスタマージャーニーをきちんと描けているかが鍵だったと語る。
「問い合わせ内容をどのように管理するのか、興味を持っていただいた見込み客にどういった情報を提供していくのか。あるいは個別の提案と社内承認に至るまでの一連のプロセスで、どのような議論材料を用意するのか、どのタイミングで提案を社内会議に通していくか。そして成約後は、エンジニアたちにオンボーディングし、お客様の満足度をトータルに高めていくまで、プロセス全体を提示する必要がありました」(岡安氏)
形のないセールスプロセスに対しても、「工数見積の根拠は何か」「稟議の基準はどうなっているのか」「稟議を通したエビデンスを提出せよ」など監査人の指摘は厳しい。そのため、特に念入りにマテリアルを揃え、先んじてエビデンスを提出できるようにしたという。
プロセスの標準化だけではなく実案件も必要
テックチームがカバーする範囲も多岐に渡る。なにより100以上にわたるAzureサービスの使用実績を押さえるとともに、監査の中でデモンストレーションの実施も必要になる。またオンプレミスからのマイグレーションの自動化や、プロビジョニングやオーケストレーション、ガバナンス、ポリシー管理、コストやワークロードの最適化を行うための自動化されたクラウド管理基盤も必要だ。
「100近いサービスのデリバリ能力を示すため、サービスとプロジェクトのマトリクスを作り、確認していきました。それぞれについて、プロジェクトの背景、お客様のニーズ、システムの構成図、構築するためのコードなどをエビデンスとして整理して示し、デモを行いました」(岡安氏)
最初のポイントは、プロセスの標準化だ。顧客ごとにカスタマイズされた構築プロセスを、再現性のあるプロセスに標準化していった。これをマイグレーション、運用等の各フェーズにおいて行なう必要がある。マイグレーションチームを率いた前川満寿夫氏はこう語る。
「監査では標準化されたプロセスが必要になります。ですから、われわれマイグレーションチームは、オンプレミスからクラウドへの移行作業、移行後の運用などのプロセスを明確にし、ドキュメントに落とし込みました」(前川氏)
次のポイントは、実際のクライアントの事例の提示だ。過去の顧客案件から、各セクションで異なる事例を提示しなくてはならないため、網羅性の高い事例を示す必要がある。また、社内技術検証等の仮想事例はNGというセクションもある。テクニカルチームの内海楽氏、マイグレーションチームの佐藤匠氏は実案件についてこう語る。
「Azureは進化が速く、すでにサービス名称が変わっていたり、統合されているものもあるので、最新情報をキャッチアップしつつ、網羅性を高めていくのが大変でした」(内海氏)
「マイグレーションのセクションでは仮想事例はNGで、すべて実際のクライアント事例の提示が必要でしたが、実際に適用されるのがレアケースなプロセスもあり、案件の探索に苦労しました」(佐藤氏)
デプロイやマイグレーションを経た後の運用も基本的には同じだ。マネージドサービスの基本となる基本構成、契約、テスト、障害時のアクションなどの手順を準備し、実際の障害対応の実例もエビデンスとともに用意した。「Cloud Management Platform」セクションを担当した山田拓人氏は準備についてこう語る。
「24時間365日の運用を具体的にどのようにやっているのかを説明しました。SLAをどのように担保するのか、イベントやインシデントの管理、サポートなどをどのように行なっているのか、グローバルのベストプラクティスを元に作成しました。『Cloud Management Platform』セクションでは、リソースのプロビジョニング、監視、コスト、ガバナンスなどを実現する仕組みを示す必要があります。これまでcloud.configでは、Zabbixを使った監視やポータル内でのコストの可視化は実施していました。また、ガバナンスやリソースのプロビジョニングについては、これを機会に開発したり、サードパーティーの製品を導入・実装したので、cloud.configの機能強化にもつながりました」(山田氏)
作ったPowerPointの枚数は1500枚!模擬監査やエビデンス、デモも備える
どのパートも標準化されたプロセスやエビデンス、そして実際のクライアント事例が必要になる。いくらプロセスがあっても、見せるもの、まとまったものがなければ監査人に突っ込まれてしまう。とにかくひたすらエビデンスを準備し、監査に備える必要があった。
「監査は2日間で、1項目はだいたい15分程度。アウトラインを簡潔に示した上で、平均5つくらいのエビデンスをセットで提示する必要があります。監査にあたり、作成したPower Point 資料の枚数は全部で1500ページを超えます」(小林氏)
「プレゼンは全部英語で行われるので、いわゆる日本人的な表現やコンテキストが通用しません。書いていないことは汲み取ってもらえませんし、自信を持って話すことや、全体を明らかにしてから細部に進むなどの構成も重要になります。エビデンス1つとっても、相手がなにを求めているのか、読み合いながら適切な順番で提示していく必要があります」(ジャスリーン氏)
また、本番に備えるべく、監査人とのワークショップのほか、全部で4回に渡る模擬的な内部監査も行なった。監査の際には、FIXER内の会議室を複数使い、Microsoft Teamsを活用して、プレゼンに追加で必要となりそうな証跡を先読みし、別室のメンバーに検索を指示するなどといったスポーツ試合さながらの準備も展開された。
「1ヶ月前にはプレ監査でダメ出しをして、これを2週間で本気で直して、プレゼンテーションと質疑応答まで含めて15分でできるようにしました。3週間前からは本当に毎日練習していました。エビデンスも完璧そろえろと。おおむねじゃダメだと言いました」(渥美氏)
「内部監査も4回実施し、とにかく練習して失敗しないようにしました。監査のプレゼンは英語で行いますが、日本人のメンバーが内容をきちんと理解できているかも逐一確認しました。せっかく用意したのに、言語の問題でうまく理解してもらえないのが一番残念だからです」(ジャスリーン氏)
「MSPの監査って、監査人をお客様と見立てた顧客向けプレゼン、デモという側面もあります。だから、僕が担当した『Cloud Management Platform』セクションも、単純にMSPの要件を満たしましたという話だけではダメで、お客様への提供の仕方やサービスの価値をストーリーとして伝えなければなりません。そこはとても気を使いました」(山田氏)
「私は失点の許されないカテゴリ0のセクションを担当したのですが、とにかく資料やエビデンスを用意して、なにが来ても耐えられるよう徹底しました。現場でも、特定のサービスに詳しいメンバーと2名体制で臨み、とにかくどんな質問が来てもすぐ返せるようにしました」(内海氏)
監査人からも褒められ、自信が持てるようになった
監査本番1ヶ月前のワークショップでも上々の成果で、監査人からも高い評価を得たが、最後まで精度の高いエビデンスとデモの作り込みは進められた。Azure Expert MSPという目標に向け、全社が1つになったことが大きかった。プロジェクトでのやりとりはすべて社内のSlackで共有されていたので、他のメンバーにも熱量は伝播していったという。
「先ほど直接関わったのは全社員の1/3くらいと話しましたが、営業、マーケティング、バックオフィスまで、なんらかの形で全員が関わっています。それこそ監査の準備で2日間まるまる会議室を使いたいというわがままでも、MSPのためならと快くスケジュールを調整してくれました。監査人の国籍もわからないので、英語と日本語のバージョンを作りました」(ジャスリーン氏)
「通常、この手の監査で出てくるのは数人。こんな小さい会社で、(全体の1/3にあたる)社員40人が出てくるなんて、見たことないと監査人も話していました。こういう全員野球の監査は見たことなかったんだと思います」(渥美氏)
当日に急遽事例を組み替えられるなどのアクシデントはあったが、プレゼンはつつがなく完了した。
「それぞれのセクションで提示する顧客事例を重複させてはいけないので、全チームでどのように事例を配置していくのか考えました。しかし、当日に事例の組み替えが発生し、私のマイグレーションチームで適用する予定だった事例を使われてしまい、ちょっと焦りました(笑)」(前川氏)
6月24・25日に本番監査を終え、Azure Expert MSPの取得に至ったFIXER。メンバーは「大変でした」と口を揃えるが、得られたものはきわめて大きかった。プロセスを標準化できたこと、プロジェクトを通して他部署を深く知ることができたこと、ベストプラクティスと自社の現状のギャップを洗い出せたこと、そしてグローバルのMSP水準を体感できたことなどだ。
「今まで『このインフラだったら、この人』みたいな属人性も少なくなかったのですが、今回のプロジェクトで標準化が進み、再現性が高まりました。僕自身も多くのAzureサービスを理解することができたので、最先端の技術を使った自動化を進めるよいきっかけになりました」(内海氏)
「完全にチームスポーツですよ。初回の模擬監査ではみんな慣れない中、どのセクションも20~30点の出来だったので、よくここまで来られたなと思っています。毎日、夏休みの最終日のようなプレッシャーで、最後の1週間は本当に張り詰めた状態でした。ハイレベルな結果で監査に通って、監査人からも絶賛されたので、打ち上げではみんなでガチ泣き。青春物語感があったし、自分たちが普段やっていることに自信が持てるようになりました」(岡安氏)
(提供:FIXER)