我々を取り巻く環境の変化に伴い、教育の現場も変革が求められている。文部科学省(以下、文科省)は、多様な子どもたちを誰1人取り残すことのない、公正に個別最適化された学びを実現するため、「新時代の学びを支える先端技術活用推進方策」(通称、柴山・学びの革新プラン)の最終まとめを2019年6月に発表、実践に向けた取りまとめを進めている。今回、同方策に携わる文科省 初等中等教育局 視学委員 併 学びの先端技術活用推進室 参与 併 プログラミング教育戦略マネージャー 「未来の学びコンソーシアム」プロジェクト推進本部 本部長代理 中川哲氏に概要を伺った。
データに基づいた学び、指導、校務効率化を
多数の企業がDX(デジタルトランスフォーメーション)で自社の変革を推し進めているが、もっとも立ち後れているのが教育の現場だと指摘する中川氏は、「教育業界もDXを必要とするフェーズに入った」と語る。文科省と各学校の接点を結び、教育を視察する役割を担う視学委員を兼任する同氏は、ICTを基盤とした先端技術や教育ビッグデータの効率的な活用に大きな可能性があると述べつつ、「学びの革新プラン」の推進が教育現場で浮き彫りになった課題を解決すると力説した。
柴山・学びの革新プランの目的は、まず1つ目に、「学びにおける時間・距離などの制約を取り払う」ことがある。データに基づいた最適な教材・指導案の検索やレコメンドを可能とし、入院中の子どもと教室、大学や海外など遠隔地とつなぐ連携授業を可能にする。
2つ目は、「個別に最適で効果的な学びや支援」。センシング技術を用いて子どもたちの状況を客観的かつ継続的に把握し、意見や回答をリアルタイム共有することで協働学習を可能にする。この文脈には個別最適化したAI(人工知能)ドリルの導入なども含まれるが、小学生低学年の段階では多くの学びを蓄積していない。加えて熟練教師のように生徒の個性を把握して弱点を補強する能力をAIが持つのは難しいため、早期からシステム開発に取り組まなければならないという。
3つ目は、「学びの知見の共有や生成」。熟練教師から若手教師への経験知の引き継ぎや、子どもの学習履歴や行動を経験知データ化し、"任意の地域は算数が苦手"といった情報の可視化を通じて、EBPM(証拠に基づく政策立案)を目指す。
そして4つ目は、「校務の効率化」。学校運営に必要な作業を指す校務は、IT活用能力に乏しい教育関係者のDXを目指すため、場所にとらわれない教員研修や採点業務の導入、校務支援システムを活用した効率化、教育関係部門のリアルタイムデータ共有の実現を目標としている。教育現場へ先端技術や教育ビッグデータを活用する理由として、中川氏は「教科書の中身を覚えればよい時代から、ディスカッションも異なる意見が存在し、出身国によって常識も異なる。コンテンツベースで習得するのではなく、コンピテンシー(能力)ベースで吸収できる『主体的学び』が求められている」からだと説明した。
単発的なIT導入計画ではなく「総合的な革新プラン」
教育現場のDXについては、過去にも、個別の課題解決アプローチがなされてきた。しかし、例えばプログラミング教育のためのIT環境整備などにおいても、導入背景には日本を取り巻く経済・社会課題があって、単発的な行動計画となったのが現状だ。だからこそ全包囲網で教育関係者へ総合的に語る「学びの革新プラン」が必要なのだろう。中川氏は「今回は、柴山文科大臣が中心となり、文科省全体でDX推進を行う体制を取っている」と現状を説明した。
柴山・学びの革新プランの具体的な実践内容を大まかに分類すると、「先端技術」「教育ビックデータ」「学校ICT」の3項目に分かれる。
先端技術とは、AIやビデオ会議、デジタル教科書といった今ではビジネス現場で広く普及しているデジタル技術を指す。教育ビッグデータは、校務系データと学習系データを示すが、ビジネスデータを扱う場合と同様に単純にログを収集しても意味をなさない。一定の仮説を立ててデータを収集しなければ活用できないものだ。現時点では諸外国の状況の参考にしつつ、民間企業や有識者を交えて2020年度中に一定の結論を目指している。
学校ICTについては、過去にも「教育のICT化に向けた環境整備5か年計画(2018~2022年度)」など多くの取り組みが図られてきたものの、柴山・学びの革新プランが目指すDXを実践するほどには整備が進んでいないのが現状だ。「ハードウェアはもちろんだが、特にネットワークがなければ(同プランは)機能しない」(中川氏)。
教育用PCや学校ネットワークの整備は地域間格差も大きい。文科省は整備不足の原因として「必要な機器の整備コストが高い」「どのような整備を行うべきか判断でいない」と推察し、同プランの中で整備すべき環境のフォーマットを提示している。同プランの「学校の実状を踏まえた安価に環境を整備するためのモデル例」から一部を引用すると、「起動スリープからの復帰が15秒程度以内が望ましい。(重量は)1.5kg未満の軽量なもの。(バッテリー駆動時間は)カタログ値6~8時間」と詳細な記述が続く。これらはあくまで1つの指針であり、「ITベンダーのソリューションは多岐にわたり、選定に迷ってしまうため文科省でフォーマットを用意したもの」(中川氏)だという。
この他にも同プランでは、SINET(国立情報学研究所が提供・運用する学術情報ネットワーク)の初等中等教育への開放や、クラウド活用の積極的な推進を通じて、コンピューターによる授業支援(教師視点)や、苦手な科目を補助教材でキャッチアップする仕組み(子ども視点)、子どもの様子や連絡事項をリアルタイムで確認可能にする(保護者視点)といったことを2025年度までに実現したいとしている。
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中川氏は引き続き、プログラミング教育の推進も担当しており教員向けに公開されている動画を「保護者にも是非ご覧いただきたい」とアピールしていた。