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大谷イビサのIT業界物見遊山 第38回

ビジネスハブを目指すクラウド事業者たち 注目はディープなサービス連携

ビジネスチャットの中で仕事が完結する世界はやってくるのか?

2019年08月19日 11時00分更新

文● 大谷イビサ/Team Leaders

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 この半年間、SlackやChatwork、LINE WORKSなどビジネスチャットの動向を追っていたら、「ビジネスハブ」という方向性が見えてきた。クラウドサービスを直接操作するディープな連携に進むことで、ビジネスチャットの中で仕事が完結する世界はやってくるのか?

働き方改革でいよいよ浸透しつつあるビジネスチャット

 働き方改革におけるコミュニケーションを促進するツールとして、ビジネスチャットが台頭しつつある。この20年間、企業のコミュニケーションツールとして不動の地位にあったメールのデメリットがさまざまな場面で顕在化し、SNSの普及とともにLINEやFacebook Messengerなどが一気に普及してきたのが、その背景にあるだろう。

 サービスも世代交代しつつある。長らくビジネスチャットとして実績を積んできたChatworkに加え、エンジニア界隈で圧倒的な人気を誇るSlackが2年前に日本に本格上陸。また、LINEのビジネス版であるLINE WORKS(ワークスモバイルジャパン)も、2018年11月に無償版の提供を開始し、ユーザー数を急速に増やしている。そして、最近のマイクロソフトはSkypeよりMicrosoft Teams推し。Office 365と統合されたメリットを活かし、エンタープライズでの利用を拡大している。

 奇しくも、Slackは7月にニューヨーク証券取引所への上場を果し、Chatworkも先日東証マザーズへの上場が承認された。いろいろな意味でビジネスチャットは注目の的なのだ。実際、取引先との連絡もビジネスチャットを使うケースが増え、社内でも本格導入がスタートしつつある。NetMeetingやICQの時代からインターネットのツールを見てきた記者としては、いよいよ日本企業のコミュニケーション手段にも大きな変革が起こるのではないかと期待している。

 とはいえ、インターネット黎明期からの積み重ねもあり、チャット機能自体は、今後の大幅な機能強化は考えにくい。セキュリティやアプリの改善、クラウドサービスとしての信頼性、可用性などに関しては、日々改善していくべき項目で目新しさはない。そこで各社が共通して目指すのは、既存の業務システムをチャットから利用する「ビジネスハブ」という方向性だ。

 ビジネスチャットを展開する各社はサードパーティとのエコシステム構築を推進し、既存のクラウドとの連携やインテグレーションに注力している。この半年間、パートナーを巻き込んだセミナー取材にもいくつか参加したが、ライバル同士が激しくつばぜり合いしているIaaSの領域に対して、SaaSのプレイヤー同士は概して仲がよいように思われる。三本の矢ではないが、SaaSを束ねることで提供できる価値が、いわゆるSaaSのライフタイムバリュー(LTV)に直結することを理解しているからだ。

クラウドサービスはビジネスハブに部品として溶け込んでいく

 思い起こせば、10~15年前にはイントラネット化が進んだ業務システムをポータル化しようという動きもあった。EIP(Enterprise Information Portal)などと呼ばれていたシステムで業務ダッシュボードを作るという提案だったが、結局のところ頓挫したプロジェクトも多かった。理由はいろいろあるが、結局はサイト設計が難し過ぎて、「イントラネット内のリンク集」にとどまってしまったのではないかと考えている。

 しかし、業務システムが外部のクラウドサービスになり、スマホで外から利用できるようになり、API連携や認証基盤の整備が進んだことで、ビジネスハブという考え方が現実的になってきた。日常的にもっとも利用頻度の高いビジネスチャットが、こうしたビジネスハブを目指すのは当然の流れと言える。

 こうしたビジネスハブを実現するために必要なのが、今までより“ディープな”API連携だ。Slackを例にすれば、現時点で多くのクラウドサービスはSlackを通知サービスとしか利用していないが、今後はインラインでさまざまなサービスを利用可能になる。すでにOffice 365やG Suite/Gmailとの統合は進んでおり、ファイルの閲覧やGoogleカレンダーとの同期はSlackだけで完結するようになる。また、提携を進めているビデオ会議のZoomに関しても、単にSlackから会議に参加できるだけでなく、参加者をチェックしたり、Zoomから電話を受けることもできるようになるという。

 先日はSalesforceの顧客情報をSlackから直接更新するというデモを見た。こうなるともはや社員はSalesforceを扱っているという意識すら希薄になる。ここまでシームレスに統合されていると、「軒先を貸したら、母屋をのっとられる」と考えるクラウド事業者が現れても不思議ではない。

 実際、ビジネスハブを指向するのはビジネスチャットのベンダーだけではない。コンテンツをベースとしたワークフローサービスへと脱却を進めるBoxやDropbox、G Suiteを擁するグーグル、Office 365を展開するマイクロソフトなども、今後はこうしたビジネスハブという方向性に追従していくだろう。そして、社員が最初にログインするビジネスハブとしてどこがふさわしいのか、各社がガチンコ勝負を繰り広げてくれれば、最終的に勝利するのは恩恵を受けるSaaSユーザーのはずだ。理想的には。

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