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15年に渡るサイボウズ生活を終え、新たなチャレンジへ

さよならkintoneの伊佐さん!涙と笑いの卒業イベントに潜入してきた

2019年06月21日 09時30分更新

文● 大谷イビサ/Team Leaders

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 kintone王子こと伊佐政隆さんがサイボウズを辞める。まさに電撃的な発表で、kintone界隈には驚きがあふれている。6月20日に豊洲ピットで開催されたkintone hive tokyoの終了後、社内のメンバーやパートナーたちが参加した涙と笑いいっぱいのお別れ会に参加できたので、レポートしていきたい。

襟を立てたポロシャツ、黄金のジャケットを着こなせるkintone王子、伊佐政隆

圧倒的な寛容さ、包容力でkintoneを引っ張ってきた伊佐さん

 kintoneのプロダクトマネージャーである伊佐政隆さんは、クラウド黎明期に始めたkintoneの事業を導入社数1万2000社に成長させたチームリーダー。ユーザーイベントであるkintone hiveや全社イベントのCybozu Daysでも率先して登壇し、時にはkintoneの素晴らしさをアピールするエバンジェリストとして、時にはユーザーやパートナーの声を受け止める窓口として、時にはパートナーたちからいじられる存在として、kintoneのエコシステムを育てあげてきた。もちろん、この「kintone三昧」というメディアに対しても、全面的な理解と惜しみない協力を与えてくれた、いわばkintone三昧の母でもある。

kintoneイベントで登壇してきた伊佐さん(昨年のkintone hackより)

 草食っぽい端麗な容姿から「kintone王子」とも呼ばれている伊佐さんだが、トライアスロンをたしなむアスリートでもあり、営業あがりの押しの強さも備える。なによりすごいのが、kintone界隈の多種多様なパートナーやユーザーを受け入れる寛容さ、包容力だ。パートナー同士が連携しながら、ユーザーとも共創し合える素晴らしいkintoneのエコシステムは、あきらかに伊佐さんのキャラクターが強烈に根付いている。普通の人だったら照れて言えないようなど直球な信頼の言葉も、感謝を体で表わすシェイクハンドも、伊佐さんだったら、なぜか違和感なく許される。

 最近、すごく印象的だったのは、開始時間を間違えて結果的にkintone hiveの取材をすっぽかしたうちのライターに対して、伊佐さんはSNSで一言「どんまい」と済ませたことだ。私よりもはるかに若いのに、私よりもはるかに寛容な伊佐さんに、いろんな場面で救われたサイボウズ社員やパートナーは多いのではないだろうか?

 そんな、「kintoneの顔」とも呼べる伊佐さんがサイボウズを辞めるということで、社内はもちろん、パートナーやユーザーなどを含むkintone界隈にも大きな衝撃が走った。過去、玉川憲さん(元AWS、現ソラコム)や小島英揮さん(元AWS)、砂金信一郎さん(元マイクロソフト、現LINE)など、いくつかの「卒業記事」を手がけてきたクラウド界隈のおくりびとを自認しているが、まさか伊佐さんがサイボウズを辞めると思わなかった。だから、最初話を聞いたときは軽く混乱し、今も本人を目の前にちゃんと話をできている気がしない。そんな中、今年のkintone hiveの最終になる東京会場において、お別れ会をやるから参加してほしいというお誘いがあったので参加してきた。もちろん取材としてだ。

ブラックだったサイボウズに入ってきたシティボーイ伊佐さん

 イベントはkintone hive tokyoの終了後、会場の豊洲ピットで行なわれた。サプライズらしく、イベント終了後、参加者は控え室に潜み、そこから会場に登場するという趣向。参加したのは、サイボウズ社員やkintone界隈のパートナー、今日のイベントの登壇者など。大きな拍手と伊佐コールの中、Cybozu Daysで着用したど派手な金ジャケット姿の伊佐さんを壇上に引き上げる。

拍手の中、伊佐さんが登場
司会のあーみんが「あと数時間でサイボウズ生活終わりますけど、率直な感想はどうですか?」と聞くと、伊佐さんは「寂しくて泣きたい」と一言

 まずは上司に当たるサイボウズ 執行役員の林田保さんが登壇し、2004年にエンタープライズ系の営業チームに配属されてきた頃を振り返り、「ブラックサイボウズ(当時)のもっともブラックな組織だった営業部(繰り返しますが当時)に、なんだかシティボーイが入ってきたけど大丈夫かなと思った」と語る。

「シティボーイ」の一言で世代を感じさせたサイボウズ 執行役員 林田保さん

 しかし、伊佐さんは予想を覆し、営業部でも成績を上げ、kintoneの事業を立ち上げ、成長軌道にまで乗せてきた。そんな伊佐さんを「狩りに行く人」と評する林田さんは、「成長に載ったkintoneビジネス自体はこれからある意味“農業的”になっていくので、どこかで伊佐さんのステージが変わるのではないか。辞めるという話が出たとき、伊佐さんは『次の狩り』に行くんだろうなと思った」と語る。その上で、「次に大物を仕留めてくれたら、世の中のためにいいのではないかと」と、伊佐さんの次のチャレンジを後押しした。

 続いて、社員と愉快なパートナーからのプレゼントを渡したのは、kintone hiveやCybozu Daysなどのイベントをいっしょに支え続けた鈴木亜希子さん。伊佐さんにかけて伊勢丹の袋に詰め込まれたプレゼントは、iPad Proのキーボード、ペンシル、液晶保護シート、大阪チームのプレゼント、SORACOM グローバルSIM、参加者のメッセージの入った思い出アルバム(上下巻)、そして本命のiPad Proなどなど(本体が最後かよ)。

参加者のメッセージの入ったアルバム(上下巻)を披露する鈴木亜希子さん

 鈴木さんは、「伊佐さんと仕事し始めたのは、交通広告のとき。誰も仲間がいなかったけど、伊佐さんいっしょにやってくれませんか?と依頼したら、二つ返事で協力してくれた」とコメント。「私にとっての伊佐さんは尊敬できるPMでもあり、いっしょに戦ってくれる戦友でもあり、そんな伊佐さんがいなくなるのは心細いけど、次のチャレンジも応援してます」とエールを送った。

13年間、サイボウズで苦楽をともにした池田さんの「贈る言葉」

 最後は、Garoonプロダクトマネージャの池田陽介さん。13年間、伊佐さんといっしょにサイボウズで走ってきた池田さんは、贈る言葉をしたためた手紙を朗読した。本人も、伊佐さんも、会場の参加者も、もらい泣きした手紙を書き起こす。

Garoonプロダクトマネージャの池田陽介さん

伊佐さん、ご卒業おめでとうございます。15年と2ヶ月という長い間、本当におつかれさまでした。

伊佐さんは2004年にサイボウズの新卒一期生として入社され、私はその2年後、2006年に新卒で入社しました。2つ先輩の伊佐さんと働いた13年間という月日は、長いようで短く、あっという間にお互いおじさんになってしまいましたね。売上が上がらない、給料が上がらない、ボーナスもない。さらに残業も当たり前だった、ブラックな時代のサイボウズをいっしょに駆け抜けましたね。

当時、伊佐さんは営業、私はSEとして多くの案件でタッグを組みましたね。営業時代の伊佐さんはとてもギラギラしていて、かっこよかったです。スーツをびしっと着こなし、キレキレのトークでお客様を口説くその姿。誰もがあこがれる姿でした。でも、伊佐さんは変わりましたね。今の伊佐さんはもっとかっこよくなりました。物腰柔らかく、つねに前向きで、周りに気を配って談笑し、時にいじられている。そんなお茶目な伊佐さんは、誰もがあこがれるリーダーそのものだと思います。

私がサイボウズに入社して、2年目の飲み会の席だったと思います。ふと伊佐さんから「池田さんって、なにがきっかけでサイボウズ入ったの?」と聞かれて、「深夜にサイボウズがTVCMをやっていて、それがきっかけなんです」と答えたら、伊佐さんはさわやかな笑顔で「じゃあ、それだけであのCM打った価値あったね」なんて言ってくれました。お世辞だと思っても、尊敬する先輩にそう言ってもらえたことがうれしくて、今でもあの言葉が僕の胸に残っています。

いつもポジティブな言葉をかけてくれる伊佐さんに心を動かされた人はたくさんいると思います。kintoneがここまでパートナーさんに愛され、コミュニティが存在するのも、そんな伊佐さんの人柄があったからだと思います。

伊佐さんとの一番思いで深い仕事は、やっぱりサイボウズ総合研究所の立ち上げです。楽しかったですね。その一言に尽きます。なにもかも手探りでしたが、つねに挑戦的で、前向きな伊佐さんに刺激を受けながら、新規事業の立ち上げを経験できたことは私の中の宝物です。

その後、ちょうど今から5年前に、私がGaroonの販売PMへの誘いを受けていたとき、SEからビジネス職への転換ということで、とても迷っていて、伊佐さんに相談に乗ってもらったことがありました。そのときも伊佐さんは「またいっしょにやろうよ。池田さんといっしょに仕事をしたいよ」と言って、背中を押してくれました。

販売PMとしていっしょに仕事をした伊佐さんはもっとすごかったです。誰も思いつかないような、やれないような企画にチャレンジして、kintoneを一気に盛り上げてくれましたね。本当にすごいと思います。

そんな伊佐さんが、サイボウズから、kintoneからいなくなることはみんな今でも信じられません。ですが、伊佐さんの決断と新たなチャレンジを応援し、ご活躍されることを楽しみにしています。

最後に。伊佐さんがいつまでもサイボウズファミリーであることは変わりません。伊佐さんが転職したことを後悔するくらいサイボウズを素晴らしい会社にします。伊佐さんが育ったこの場所をいつまでも自慢できる会社にしておくので安心してください。

では、長くなりましたが、ここにいるみなさんを代表して改めて言わせていただきます。伊佐さん、ご卒業おめでとうございます。


池田さんの手紙でさすがに声をつまらせる伊佐さん

次のステージは「ソラコム」 まーちんでがんばる

 自身が着ていた黄金のジャケットを池田さんに引きついだ伊佐さんは、サイボウズの人として最後の挨拶。「本当に楽しかったです。楽しい以外の感想がないサイボウズの15年間でした」と振り返る。その上で、「僕はプログラミングできないし、システムを作ったことないけど、kintoneがあれば楽しく働く環境を自分でも作れるし、人にもお勧めできる。この体験が世界中に拡がっていくのは間違いない。kintoneのユーザーは世界にもいるので、今後も幸せな人を増やしていく活動ができるというのは1mmも疑っていない」と語り、今後のkintoneに期待した。

 伊佐さんの次のステージはソラコムだ。業務改善の国産クラウドから、グローバルを見据えたIoTプラットフォームへのシフトは、同じIT業界でもやや唐突な気もするが、根底にあるのは「ITの民主化」だと思う。「時代が変わり、テクノロジーも進化していく。でも、それを多くの人が使えているかというと、使えていない。それをみんなが使えるようにしていけるようにするのは、誰かがやらなければいけない。そこは自分でやりたいと思って、挑戦をすることにしました」と語る。

 ソラコム代表の玉川憲さんからは、「グローバル目指しているから、政隆だと外国人は覚えられないので、真剣にニックネーム考えてくれ」という宿題を与えられているという。そこで、伊佐でも、マサタカでもなく、家族内でしか通用しない「まーちん」を提案したら、ケンタマガワには「キラキラなアメリカンネーム来たね」と、なぜか受けいられた様子。会場から「マーティン!!」といじられた伊佐さんは、「着てるシャツの色が変わるくらいの話なので、今後も人として長くおつきあいしてもらいたいなと思います」と語った。最後、まーちんと集合写真を撮って、お別れ会は終了した。

マーティンの声でいじられる伊佐さん

 個人的には「正直ソラコム、人材のブラックホールすぎだろ(笑)」とか思うし、どうも納得できなくて贈る言葉には「辞めるな」とか、「戻ってこい」とか書いてしまった。でも、それはそれで伊佐さんが選んだ道だし、業務改善やITの導入が進まない日本企業の課題をkintone界隈で間近に見てきた伊佐さんだからこそ、ITの民主化という障壁に挑めるのではないかと思う。考えてみれば、玉川さんもAWSというクラウドからIoT・グローバルの世界に飛び込んだわけだし、今でも私は玉川さんやソラコムの記事を書き続けている。そう言えば、ソラコムはまたトライアスリートが増えることになるのか。

 そして、今年のkintone hiveは各地区の代表が司会として登壇して、イベントを無事に乗り切っていた。クラウドが当たり前となった今、脱伊佐さんのkintoneも、次のステップに向かうべき時期なのかもしれない。

 ともあれkintoneの顔としての伊佐さん、おつかれさまでした。

kintone王子、伊佐政隆に心からの感謝を

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