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ロードマップでわかる!当世プロセッサー事情第512回

計測機器の販売で急成長し海外進出を果たしたHP 業界に多大な影響を与えた現存メーカー

2019年05月27日 12時00分更新

文● 大原雄介(http://www.yusuke-ohara.com/) 編集●北村/ASCII.jp

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事業が急成長
医療業界に参入

 1959年には海外進出も果たし、ジュネーブにマーケティング本部を、製造拠点をドイツ(当時はまだ西ドイツ)のベーブリンゲンに開設している。売上も好調だった。

 1951年からの財務状況をまとめたのが下表であるが、1958年あたりから毎年1000万ドルずつ売上が増えているのがわかる。

HPの1950年代の財務状況
年度 売上 粗利率 純利益
1951年 701万351ドル 20.3% 52万5529ドル
1952年 1348万1165ドル 21.5% 90万7023ドル
1953年 1569万506ドル 19.6% 97万371ドル
1954年 1495万7561ドル 11.0% 72万7031ドル
1955年 1762万9327ドル 18.4% 148万7981ドル
1956年 2308万8443ドル 18.1% 202万334ドル
1957年 3277万3066ドル 15.2% 239万1782ドル
1958年 3585万6737ドル 14.8% 257万1952ドル
1959年 4804万267ドル 17.0% 389万9941ドル
1960年 6020万6918ドル 14.1% 422万6645ドル

 1950年代は、まさしく同社が急成長した時期としていいだろう。1960年の時点で従業員数はおおよそ3500人(うち2600人が本社、900人が子会社)とされている。

 では1960年代は? というと、「急拡大」した時期ということになる。1961年にはニューヨーク証券取引所に上場し、またSanborn Companyを買収する。

 1917年に創業されたSanborn Companyはもともと血圧計や体脂肪計などの医療機器を手掛けていた会社で、1924年に心電図計の製造で電子業界に参入することになった。1935年には電池駆動型の小型機器なども手掛け始め、1949年には産業機器向けにも参入する。

 一見関係なさそうであるが、たとえばSanbornの病院向けソリューションでは、手術室や回復室、集中治療室などに置かれたさまざまな医療機器をまとめてモニタリング、記録などを行なうソリューションなどがあり、これはそのまま産業機器のモニタリングや記録に利用できたわけで、まるっきり無縁というわけではない。

 このSanbornを買収したことで、HPは医療業界に参入することになった(産業機器の業界にはそれ以前から参入していた)。

 1962年には業界としては初めて、Fortune 500リストに名を連ねる(460位)ことになり、またNeely Enterprisesという代理店を買収している。Neely Enterprisesは中小の音響/ラジオメーカーの代理店事業を行なっていた。

 当時HPは米国内に直販の部隊を保有しておらず、まさにNeely Enterpriseのような代理店を経由して販売していた(1939年に同社がHPの最初の代理店になった)。

 1962年当時、HPは14の代理店を抱えており、その最大のものがNeely Enterpriseであったが、これを買収して本社のNeely販売部門にしている。これによってHPは直販部隊を手にしたわけだ。

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