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あなたを知るAI、韓国の新進企業・Skelter LabsのCEOに聞く

 韓国Skelter LabsのCEOを務める、Ted Cho氏が、「Japan IT Week【春】」の開催に合わせて来日した。Skelter Labsは、2015年11月創業のスタートアップ企業で、50人ほどのエンジニアと研究者によって構成されている。

 韓国のカカオ(Kakao Brain/Kakao Ventures)を皮切りに、Stonebridge Captial、Lotte Homeshopping、Golden Gate Venturesの4社から出資を受け、1000万ドル(約11億円)を調達。パートナー企業には、韓国大手キャリアのSK Telecomなどが名を連ねる。技術に軸足を置いた企業で、いまのところ、韓国国内での取り組みが中心だが、日本市場での新たなビジネスチャンスやパートナーを探している状況だという。

属性だけでなく、いま何をしているかを知る

 Skelter Labsの強みは「Hyper Personalization」とよぶ、AI(機械学習やディープラーニング)を使った“ユーザーモデリング”の技術だ。

 なぜ、“Hyper”という言葉を使うのか?

 インターネット上の行動履歴を利用して、そのユーザーに適した情報を提示するパーソナライズの技術は決して新しいものではない。Eコマースや広告など様々な分野で応用されている。ウェブサイトの閲覧履歴やサイトにアクセスしている時刻・場所などを手掛かりに、具体的なユーザー像を想定し、その趣向に合った情報を提供していく。「しかし、99%の技術は、ひとつのシグナルを元にした情報しか提供していない」とCho氏は話す。

Cho氏 「パーソナライズで、これまで利用されてきたのは非常に限定された情報です。年齢や性別、興味といったデモグラフィック(属性)を登録し、それに合った情報を示します。一方、Hyper Personalizationエンジンが参照するのは“人生”と言えます。これはネット上の行動だけでなく、リアルな生活の中での行動も考慮します。ウェブサービスを人々の人生に沿った形にカスタマイズするのです。

 例えば、われわれがいまこの会議室にいることは、オンライン上では認識できません。しかし、それが分かればサービスの改善ができるでしょう。また、ショッピングしたり、レストランで食事したり、映画を観る……など、ログを使ってユーザーの行動の目的を推測することができます。Hyper Personalizationを通じて、こうしたユーザーのコンテキストをリアルタイムに把握できるエンジンを開発しているのです」

 そのために利用されるのが、モバイル端末が持つ様々なセンサーだ。

Cho氏 「ユーザーが許可すれば、GPS、磁気センサー、カメラ、Wi-Fiの接続状況など、様々な情報が利用できます。これら生のデータをAIを使って解析し、意味ある情報に変えていくのがエンジンの役割です。複数の情報を組み合わせて、より正確な情報を導き出せる点が強みです。例えば、室内でGPSは活用できないですが、われわれの技術を使えば、おそらく銀座にいるのだろうと推測ができます。接続している、Wi-Fiアクセスポイントの情報などを参照すれば、ホテルの会議室で打ち合わせ中だといった推測もできるでしょう。

 加えてカレンダーなどを参照すれば、『会議室にいる、それはなぜか』といった情報まで知ることができます。これは機械でなく、人なら当たり前のようにやっていることです。われわれのエンジンもこれと同じことをします。この解析を繰り返し、結果が蓄積していけば、ユーザーモデルを作ることができます。それに合わせてウェブサイトをカスタマイズしたり、メールで助言するといった情報を提供できれば非常に役立つでしょう」

 Skelter Labsでは、この技術がレコメンデーションの精度を上げ、ビジネスチャンスにつながるとみている。

Cho氏 「例えば、レストランを探す際には、これまでも位置情報で絞って、いくつか候補を提示することができました。これでも役立ちはしますが、その目的を明確に知ればさらに精度が上がります。食事ができる場所を単純に示すだけでなく、どんなものを食べたいか、どんな雰囲気が適しているか、といったところまで踏み込んだ提案ができるわけです。こういった趣向・場所などを総合的に判断したサービスはあまりなかったと思います。

 事業者の立場で言えば、12:00の銀座にいてイタリアンが好きな人に対して、どんなメッセージが効果的かを考えることができます。そうすれば情報が有益になり、スパム的な要素が減るでしょう。使い手にとっての価値にもなるはずです」

 このようにユーザーが置かれている状況(コンテクスト)をリアルタイムに把握し、使う人がどのような状況に置かれ、どんなものを求めているかを理解する。ここが独自の要素であり、パーソナライゼーションに、Hyperの文字を付けた理由だという。

グーグルで培ったAIの経験を生かす

 こうしたユーザーのライフスタイルが明確になれば、「初めて訪れる場所でも、関心に合った最適な旅行プランを提示したり、ローン会社がライフスタイルに合った範囲の貸付金額を決めるなど、さまざまな応用が可能になる」とする。

 そのためのエンジンを開発するのが、Skelter Labsのミッションである。

 技術中心の会社であり、上述した「Hyper Personalization」の技術に加えて、画像認識技術(Defect Detection Engine)と言語処理技術(Conversation Engine)なども持つ。「AI業界のグローバルリーダー並みの技術を開発した」と自信を示す。

 具体的な応用例については言及がなかったが、サービス提供会社などと共同でモバイルアプリケーションに向けた技術開発やエンジン提供を実施しているそうだ。SKテレコムとのパートナーシップでは、画像認識技術を応用。また、5G時代を見据え、IoTで集めた情報をクラウドで高速に処理する、ファクトリーオートメーションに分野にも期待している。5Gは通信速度の向上に関心が集まりがちだが、すべてのものがつながりそのデータがクラウドで効率的に処理される点に価値があり、そこに未来があるとする。

 取材では、Cho氏のこれまでの経歴や、実現したい世界についても質問した。Cho氏のプロフィールには、手書き文字認識などの研究者として活躍後、1990年代にIBMのワトソン研究所に招かれたとある。また、2015年にSkelter Labsを起業する直前の7年間は、韓国のGoogleでも経験を積んだ。

Cho氏 「私は30年ほど前にAIの研究をしていました。音声認識や手書き認識といった分野にチャレンジし、アルゴリズム開発に取り組みました。残念なことに、当時もてはやされたこの分野の研究は、(1990年代から2000年代初頭に)一度、下火になってしまいました。しかしその後の2007年、Googleに入って驚いたのは、すべての作業がAIによってまかなわれていたことです。Googleのサーチエンジンはアルゴリズムによって自動化されていますが、当時のGoogleは検索結果が悪く、ユーザーが離れていくのを恐れていました。そこで新しいAIの技術を使い、従来のランキングシステムとは異なる新しい仕組みを考えたのです。結果、AIの時代が再び訪れ、私自身もAIの分野に戻ることができました。その始まりに関われた点は幸運だと思っています」

 パーソナライズには、個人情報をどこまで取得し、どのように処理するかといった課題もある。これは普段手にしているスマートフォンが、豊富なセンサーを備え、ユーザーの行動を取得していることの裏返しでもある。Cho氏は「匿名性が担保され、利便性や価値を実感できればその抵抗意識は変化していくだろう」としたが、精度の向上に加えて不安を払しょくできる技術的な裏付けも重要だ。今後は、使いやすさに加えて、安心をどう提供するかに対する取り組みも重要になってくるだろう。