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究極の移動手段は、移動しないこと!?ANAが開発中のアバターとは

特集
北海道を最先端Techで開拓する「No Maps 2018」レポート

 現代において、航空機は長距離高速移動手段として不動の地位を得ている。その業界にあり、全日本空輸株式会社(以下、ANA)は、70年以上の歴史を持つ国内超大手。しかし歴史と安定にあぐらをかくことなく、新たな分野へのチャレンジに取り組んでいる。そのひとつが、ANAデジタルデザインラボだ。No Maps 2018のセッションで同社が最新の成果として、「AVATAR」を紹介した。

ANAに流れるベンチャーのDNAを引き継ぐデジタルデザインラボ

 ANAは日本を代表するエアラインとして、国内外の移動に大きな力を発揮している。しかしその前身となった日本ヘリコプターは、1952年にたった2機のヘリコプターからスタートしたベンチャー企業だった。ヘリコプターでの輸送から航空機の世界へとチャレンジを続け、今ではジェット機だけで300機を有する規模にまで成長した。

 「新しい世界に挑戦し続けるのが、ANAのDNAなんです。しかし規模が大きくなるにつれてチャレンジ精神を発揮しにくくなってきました。特に本業であるエアライン事業は、安定と安全が最優先される世界です。チャレンジ精神よりも、コンサバティブで堅実な仕事が求められるのです」(ANAホールディングス デジタル・デザイン・ラボ/チーフ・ディレクター 津田佳明氏)

ANAホールディングス デジタル・デザイン・ラボ/チーフ・ディレクター 津田佳明氏

 ANA デジタルデザインラボ、通称DD-Labはそうした背景から生まれた。本業では堅実な仕事をしつつ、とがった人材を別組織に集め、ANAに残るベンチャーのDNAを活かそうというわけだ。チームメンバーの選定には、津田氏が強いこだわりを持って当たった。ポイントのひとつは多様性の重視。男女のバランスはもちろん、ANA社内の様々な部門から人材を集めた。そして、多様性と並んで重視されたのが、部門のエースを引き抜かないことだったという。

 「堅実なエアライン事業で優秀な成果を上げている人は、与えられた課題をきっちりとこなすことができる優秀な人材です。しかし私が求めたのは、課題を自分で見つけ、それを解決する人材でした」(津田氏)

 既存事業の枠組みで優秀な成果を上げている人材が、ベンチャーに向いている人材とは限らない。求められるスキルの方向性が違いすぎるからだ。最悪の場合、エースを引き抜かれたことで本業の能力が削がれ、なおかつDD-Labでも成果を上げられないという不幸な事態に陥りかねない。だから津田氏は、現在堅実な成果を上げているエースは本業を支えてもらう役割を担ってもらい、ベンチャー精神を持っていそうな人材をアサインした。

 「私は『部門内で浮いている人』を探しました。堅実な事業に携わる部署にいながらベンチャー精神を持っている人材は、きっと既存事業では浮いているだろうと……メンバーのひとりを目の前にして言うのもひどい話ですが(笑)」(津田氏)

テレポーテーションの研究から始まり、次第に現実的なプロジェクトへ

 津田氏の言によれば、部門で浮いているところ招集の声がかかった、深堀 昂氏。DD-Labではアバター・プログラム・ディレクターを務める。

 「現在、航空機を使っている人は、全世界人口75億人の中のわずか6%ほどでしかありません。もっと効率的に移動できる手段を提供できないものか、それが私の課題でした。効率的な移動手段の究極の姿は、みなさんご存知のどこでもドアですね。しかしあれはマンガの世界の話。もっと現実的な方法を模索しなければなりません」(深堀氏)

ANAホールディングス デジタル・デザイン・ラボ/アバター・プログラム・ディレクター 深堀 昂氏

 いきなり、どこでもドアを作るのは無理と考えた深堀氏が、現実的な手段として最初に目を付けたのは、なんとテレポーテーション。実は量子レベルでの2者間テレポーテーションは1998年に実験室レベルで成功している。現在も研究が進み、3者間の量子テレポーテーション実験が成功を収めており、量子コンピュータの開発にも寄与すると考えられているのだ。

 「量子テレポーテーションの実験を成功させた東京大学大学院の研究室に話を聞きに行きました。つきつめれば人間もテレポーテーションできる日が来るのか、その問いへの答はイエスでした。ただし……100年くらいで実用化するんじゃないかなという話でした(笑)」(深堀氏)

 100年かかるプロジェクトは、ベンチャーの範囲を大きく超えている。深堀氏はテレポーテーションを諦め、現在および近い未来に実現可能な技術での新しい移動手段を模索し、たどり着いたのがロボットの遠隔操作――つまり「AVATAR」だった。

視覚、聴覚、触覚のフィードバックを備え、あたかもその場いるような体験を

 AVATARが目指すのは、どこからでも好きな場所に意識を送り、目で見て、耳で聞いて、手で感じることのできる世界だ。しかしロボットの遠隔操作を「移動」と呼べるのか。その疑問について深堀氏は次のように答えた。

 「たとえば札幌にいながら東京のAVATARを通して、ミーティングに参加したとしましょう。ミーティングに参加している人がそのAVATARを私だと認識してくれて、こちらもその場にいるかのような体験を得られたとしたら、その時間私はどこに居たというべきでしょうか。恐らく、東京のミーティングに参加していましたと言うでしょうし、ミーティングに参加したほかのメンバーも、同じ部屋に深堀がいたと認識することでしょう。意識だけではありますが、確かに私はその時間、東京に移動しているのです」(深堀氏)

 AVATARを操作するためにログインすることを、深堀氏らは「AVATARIN」と名付けた。「AVATARINする」と気軽に使ってもらえるような世界を目指したいという。

 AVATARは既存の移動を効率化するだけではない。これまでは難しかった場所への移動や、そこでの作業も実現できる。わかりやすい例として深堀氏が挙げたのが、宇宙開発だ。危険で過酷な世界に生身の人間を送り出すことなく、地球にいながら宇宙空間で作業が出来る。しかも、1体のAVATARを時間ごとに共有すれば、あるときは補修のための船外作業、あるときは宇宙ステーション内での化学実験と、異なる分野のスキルを持つ人が、直接宇宙で作業できるようになるのだ。

AVATARなら従来困難だった場所へも安全に移動できる

 医師や教育者がAVATARを使えば、過疎化が進む地域に先進医療や最新の教育を届けることも可能だ。実際にそこまで移動して授業をするのは無理でも、東京に居ながら授業時間だけ「AVATARINすればいい」ので教育者の負担を最小限にしながら、授業を実施できる。

 とはいえ、AVATARプロジェクトはまだ動き始めたばかり。第1号機の試作品として稼動しているのは、車輪で移動するタイプで、腕も脚もない。PCやスマホで操作し、カメラとモニターを通じて現地の人と会話できる。機能だけ聞けばテレビ会議と大差ないように思えるかもしれないが、移動できるというだけでずいぶんと没入感は深まる。

 「さらに高性能なロボットを開発するため、XPRIZE財団とともに賞金をかけた開発レースを開催します。期間は4年間、すでに58ヵ国から430チームがエントリーしています」(深堀氏)

一般消費者に体験してもらう実証実験を実施、札幌にいながら渋谷で買物を

 さらに今回のNo Mapsでは札幌にも渋谷にも店舗を持つ東急百貨店の協力を得て、一般買い物客にAVATARを体験してもらう実証実験も実施された。そもそもがオンラインショッピングという方法もあるが、いったいそれとはどう違うのか。取材中に、実際に渋谷のお店で買い物をしたというAVATARショッピング第1号の女性に、感想を聞いた。

東急百貨店札幌店でみらい型ショッピング体験を楽しむ人たち

 「店員さんが売り場を案内してくれて、アドバイスをもらいながら買い物ができる点で、オンラインショッピングよりもずっと実店舗に近い体験ができました。商品ひとつのために実際に渋谷まで行くことはできないので、これはとても良い体験でした。友達にも勧めたいですね」(女性客)

 やはりロボット自体を操作して移動できること、対話しながらショッピングできることが大きな差になっているようだ。実際に渋谷に行くことはできないが、渋谷の店舗で買い物をしている気分になったと語っており、深堀氏の言う「移動」を女性客は体験したのだろう。接客技術は、百貨店の大きな強みでもあり、それを活かせるというのは、販売側から見てもオンラインショッピングとの差別化につながるポイントだ。

 「実際に商品をご購入いただいた方が、何人もいらっしゃいました。やはり、商品選びの際に渋谷店舗の店員と対話しながら買い物できる点が評価されています。今回は実証実験ということで、商品ご購入語の発送作業などはすべて個別の対応となっています。しかしご好評いただいて実用化する際には、購入したらご自宅または最寄り店舗で受け取りが可能な仕組みも整えたいですね」(株式会社東急百貨店 札幌店 営業部 販売企画 中川 彩氏)

店内を案内する東急百貨店 札幌店の中川 彩氏と、実際に渋谷で稼動しているものと同型のAVATAR

 買物という身近な行動では、車輪移動を採用している試作機で一般消費者に新たな体験を届けることができたAVATARプロジェクト。より高度な機体が開発されれば、商品を手に取って手触りを確認しながら買物ができるようになるのではないか。開発レースの結果が楽しみだ。

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