スマートコントラクトは「契約の自動化」、すなわちデジタルの資産をプログラムを通じて自動的に移転させる技術だ。トラストレスで(信用ある第三者の仲介なしに)、やりとりできる点が特徴であり、現在イーサリアムを始めとしたブロックチェーンの基盤上での導入が進んでいる。
6月末に来日したIOHKの共同創業者兼CEOチャールズ・ホスキンソン氏に、同社のスマートコントラクトの取り組みについて聞いた。IOHKは同社のブロックチェーン・カルダノ上でのスマートコントラクト実現に向けたVirtual Machineを開発中で、7月にヨーロッパでスタッフの増員も実施。ビットコイン的な方法を使いながらもより洗練された方法を模索し、長期にわたって使える環境の実現に取り組んでいる。
IOHKとともに、カルダノプロジェクトに参画する株式会社EMURGOの児玉健一代表取締役社長とともに話を聞いた。
ーー スマートコントラクトに対する取り組みについて聞きたい。
ホスキンソン 現在、スマートコントラクトを実現するためのフレームワークの作成に取り組んでいる。ゴールは、市場が本当に何を望んでいるかを理解することだ。
スマートコントラクトの進歩については、JavaScriptのアナロジーでとらえることができる。
JavaScriptは、もともとNetscapeで表示するサイトを作るための技術で、残念なことに当初はウェブサイトを作るための技術だと軽視されていた。しかし後になって多くの人がJavaScriptの価値に気付き、より良いものにしようと試みた。グーグルの「Angular Framework」、フェイスブックの「React Framework」、マイクロソフトの「Type Script」といったものはJavaScriptの可能性を高めるための試みだ。
そして暗号通貨の世界でも似たようなことが起きている。Ethereum Virtual Machineなどがこれに当たる。JavaScriptをサポートする技術で、コントラクトを安全に行うための、ライブラリや基盤を整えている。長い進化を継続するために必要な要素のうち9割は、こうしたフレームワークの浸透だ。残りの10%がインフラサイドの問題だ。フレームワークができて、そこに必要性があれば開発者が集まってくる。その両方が求められるのだ。
少し技術的な話をするとコンシューマーレベルでは使い勝手。開発者としてはセキュリティの高さが求められる。さらにこれをどう維持していくかの議論が必要だ。
アカデミック分野での議論としては、法制度やスマートコントラクトを実現するためのプロトコルにビットコイン以上もしくは同等のセキュリティレベルが必要かどうかというものがある。現状のマイニングを利用したものでは、何を取引しているかを考慮できない。法的な面では、リバタリアン的な考え方もあれば、中国のような制限の多い考え方では全く異なる。どういうポリシーで運用すべきかを政府の意見も聞きながら検討する必要がある。
現状では暗号通貨のやり取りに、スマートコントラクトを取り入れられないかというものが4割程度だ。いずれにせよスマートコントラクトは成長性が見込める分野だと思う。
ーー テスト的な運用が進んでいるが、実際に利用できるようになる時期はどのぐらいになるのか。
ホスキンソン スマートコントラクトは新しい技術であり、実用性と理論的な美しさのバランスを取らなければならない。完璧を求めれば5年、10年という時間がかかる。しかしアカデミックな観点での美しさと、ビジネスの世界は異なる。スピードと品質のバランスを取るのは難しい課題だが、その答えを見つけかかっていると思っている。
IOHKに関して言うと、カルダノはコード自体のアップデートの速度も上がっている。最初の大きなアップデートには半年かかったが、2回目は3ヵ月程度だった。その次は2ヵ月ほどで済んだ。生産性が改善されている。
スマートコントラクトに関しても、基盤自体が固まってくれば、平行してプロジェクトを進められる。現在、2つのチームを競争させ、プロジェクトの速度を上げようとしている。一方のチームはイギリスのスコットランドにあり、もう一方は米国のイリノイ州にある。スコットランドは学問として「どう正確かつエレガントにやるか」に取り組んでいる。このチームは、イーサリアムがやっている方法よりも技術的に正解に近く、美しい手法を取っているが、開発にどの程度の時間がかかるのがまったく読めない。イリノイ州のチームはアップルが過去に開発したVirtual Machineのモデルに、われわれのハイスタンダードな水準を盛り込んでいる。
もともとわれわれがテスト用に公開してきたのはイーサリアムの技術を模範にしたものだった。しかし、7月の第1週から試験運用を始めるものは、イエラというカルダノに特化したスマートコントラクトのバージョンだ。第1世代のアプリケーションを実用的な形で作りこめるのは、今後6~12ヵ月の間になる。その後、スコットランドのチームのプロジェクトが軌道に乗れば、改良の速度は加速するだろう。開発環境についても、Java、C、C++、JavaScriptなど様々な言語をサポートしていく。その次世代にある、企業環境でも使えるものはさらに先のリリースになるが、環境としては1年以内にそろえられると思う。
ーー スマートコントラクトの市場についてどう考えているか。
ホスキンソン 幅広いアプリケーションやエコシステムに合致するためにどうすればいいかには議論がある。スマートコントラクトの実用例はまだごく一部だが、この先を考えればウェブだけでなくモバイルなどの応用も必要になる。既存のクライアントサーバーのシステムにスマートコントラクトの仕組みが入れば、当然、信頼性の高いものが実現できるとは思う。しかしそれをすべてスマートコントラクトにすると、コスト増や速度の問題も出てくる。役割をどう切り分けるかについて模索している段階だ。
期待される応用例としては医療業界がある。米国では2.5兆ドルの市場があると言われている。しかし医療データはプライベートなもので法的に公開ができない。一方でスマートコントラクトの利点である、トラストレスのメリットはうまく取り入れたい。ブロックチェーン上でのタイムスタンピングなどは維持しつつも、そこにインプット/アウトプットする情報自体はプライベートにする(隠す)必要がある。これをどういう比重で実現するかの模索を続けている。
この問題の解決のために、カルダノではイーサリアムが着手していない技術に注力している。ひとつはトラステッド・ハードウェアという技術で、スマートコントラクトの機能をオフチェーンで遂行することを前提としている。一方、東工大にあるIOHKの研究室では、マルチ・パーティー・コンピュテーションという計算リソースを複数から集めるが、その結果は外部に出さない方法について研究している。
個人的な考えとしては、長期的な視点で見た場合、スマートコントラクトにおいて、今の利用方法が主流になるとは思っていない。約9割が上にのべたようなプライベートな情報を扱う方法になるだろう。エジンバラ大にいるトラステッド・ハードウェアの研究部隊や、東工大のチーム、さらに投資額などを含めて、IOHKは競合に対して優位な位置にいると考えている。
ーー 想定している業種などはあるか?
ホスキンソン 誰が一番ベネフィットを得られるか。まず挙がるのは、銀行・病院・工場などだが、応用分野は豊富だ。サービスは細かな情報の行き来と様々な人材によって構成されている。その中にブロックチェーンや分散台帳技術を取り入れることで、セキュリティレベルを上げられるが、その結果、何ができて、どこをアウトソースできるかについて新しい考え方が生まれる点にこそ意味があると思う。
IBMやほかのコンサルティング会社などもそこに着手している。最終的なゴールは競争力を上げる点だ。それは「ビジネスの中でどの部分を分散管理するか」であって「業種全体の話」ではない。
最近議論する機会があったスイスの補償会社の場合、ある申し立てがあり、それに対して反論がない場合でも、それを事実として認める判断のために10週間かかっていた。ブロックチェーンを使ったパイロットを遂行したところ、1週間でそれを確定できた。こうした革新的なビジネスプロセスの短縮ができるようになってきた。
保険はスマートコントラクトへの注目が高い業界だ。保険業界では、ある部分がなくなるぐらいの再編が起こりうると思う。
このスイスの団体も、ケニアで100ドル以下と安価な保証をする「マイクロインシュランス」を実現するためのパイロットプロジェクトに取り組んでいる。既存の金融インフラを使うと、補償制度自体の構築にコストがかかり、さらにその管理や遂行のためのコストも生じる。結果、既存の方法での実現は不可能だった。しかし現代の技術を作えば補償制度自体を新しく作ることができる。さらに分散管理されている別のファンドから、運用資金を得られる可能性もある。
エチオピアでは、多くの自動車が無保険で走っている。1台の車を複数人、複数の家族で共同で買って保有していることがある。スマートコントラクトを使えば、これまで保険が入れられなかったところに応用ができるだけでなく、オーナーシップの管理にも役立つはずだ。われわれにとっては、これまでまったく知らなかった領域の話だが、新しい技術による変革によって、それに参画し変化をもたらせるという点は興味深いし、楽しいことだと思っている。
ーー スマートコントラクトの実現のため、今後必要となることは?
ホスキンソン 2つの方向性がある。ひとつは「ピュアに技術として何ができるのか」という議論。もうひとつが「意図」の部分だ。つまり、何を達成したいのか、誰が関係しているのか、どういうアセットでこれを行うのかだ。
意図については「だれ」が「何を成しとげるか」を決定する必要がある。決定した内容をどういうプロセスで遂行するか、技術的に可能なのかを決め、これがどの環境下でもできるのかを調査する。ここで初めて、カルダノ、IOS、イーサリアム、ハイパーレッジャーといった環境と技術の組み合わせが見えてくる。
ここは複雑な部分でもある。例えばこの意図を決定する人が、いまと同じでいいのかというところから議論すべきだろう。法律的な内容であれば、これまで弁護士が担当してきたが、今後も弁護士のままでいいのか。決定するのは、エンジニアかもしれないし、会計士やビジネスコンサルタントかもしれない。議論や検討が必要だ。
また、スマートコントラクトを導入する上で過去の仕組みとの互換性が求められたり、各種テンプレートを作成し、生かしていく必要もあるだろう。
実はこのテンプレート自体の作成というのが意外に重要だったりもする。テンプレートは既存の業界では多く存在するが、ブロックチェーン業界ではまだまだ少ない。
イエラ、つまりカルダノのスマートコントラクトレイヤーの開発に参画しているチームのひとつにRuntime Verificationという企業がある。彼らはFormal Specificationのプロの集団で「このソフトウェアではこれができなければならない」「これはしてはいけない」という定義に基づいたテンプレート作成を専門としている。
しかしイーサリアムのトークンの研究をした際、彼らにも定義を読んだだけでは、それをどうソフトウェアに実装すればいいかが分からなかった。そこでイーサリアムの「ERC20」を自分たちで独自に定義しなおし、それを元に既存の「ERC20トークン」を調査したところ、この定義に合わないものがいくつもあった。結果、スマートコントラクトを遂行する段階でバグを出す余地があると分かった。最近でもICONと言うERC20トークンでも約800億円の損失を出すバグが見つかった。正式な定義に基づいてテンプレートを作ることは、この業界に必要だ。
環境ありきのコードであってはならない。
いまは初期のインターネットの黎明期に似ている。ひとつの環境にロックダウンしてしまってはいけない状況だ。当時は、インターネットで情報をやり取りする際に制限を設けるべきではない、最低限の基準だけを定めればあとはどの環境で使おうと自由だとする集団と、マイクロソフトのActiveXのように、Internet Explorerなど特定の環境化でだけ動作を保証すればいいと考えている集団がいた。
私個人の見方では、コンセンサスなどは、イーサリアム上でのローンチに関しては協力的だ。しかし今後イーサリアムの力が落ちて、別の環境でそれを実装しようとした場合、移行が難しくなる可能性も出てくる。
Cardano Testnet、Ethereum Classic、ERC20、TRX(TRON)など様々な環境を学んで、その中から選ぶ。ここはビジネス・ディサイジョンだし、その判断に基づき、最適なフレームワークを選べる状況が必要だ。そこには非常に価値がある。例えば既存のサーバーでも、Amazon、Google、Microsoft……と柔軟に選べる点に価値がある。
質問に対する長い私の答えは「自由があることが大事だ」ということ。業界全体にひとつしかソリューションがなければ、分散化の動きの中で、完全に失敗となる。
ーー 最後にIOHKの最新のトピックスについて教えてほしい。
ホスキンソン 仮想通貨用の新しいウォレット(ICARUS)を準備した。カルダノの仮想通貨である「ADA」の管理をライトクライアントで、Chrome Extensionを利用してワンクリックで導入できるようにする。ユーザーエクスペリエンスの劇的な向上が見込めると思っているし、バグが少なくなるなどポジティブな効果が生まれるだろう。エマーゴの共同プロジェクト(YOROI)としても期待している。
ーー IOHK、スイスのカルダノ財団とともにカルダノのプロジェクトに関わっている日本の株式会社EMURGOの取り組みについては?
児玉 最近東京理科大学と提携して、8月末にハッカソンを実施した。10月からオープンカレッジを実施する。ブロックチェーンのリテラシーを高めるために、カルダノ上でアプリケーションができるスキルを提供していきたいと思っている。また、インドネシアの企業とジョイントベンチャーを作るなど、ブロックチェーンの普及のための活動を強化していく。
スマートコントラクトに関しては、現状では業界の調査に取り組んでいる段階だ。企業向けにブロックチェーンのソリューションを提供していくのに時間がかかるのは致し方ないが、EMURGOとしてはそれに迅速に対応できる体制を作っている。米国のセキュリティトークンについても進捗があり、いい人間関係の構築もできている。トークンを取り入れている銀行や、その銀行に入れる保険、プライベートキーを管理する会社などと深いつながりができた。