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お坊さんが答えるQ&Aサイト「hasunoha」:

いまこそネットにはお坊さんが必要だ

2018年07月03日 11時00分更新

文● 盛田 諒(Ryo Morita)

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●お坊さんをお葬式ビジネスから脱却させたい

── いま日本ではお坊さんの価値がわかりづらくなり「生きることの苦しさに答える」という役割が弱くなってしまったということでしょうか。堀下さんは多くの仏教国を回られていますが、日本との違いを感じることはありますか。

 たとえばミャンマーでは、人々と僧侶が有機的に循環しています。僧侶は一切収益活動をせず、人々の施しだけで生きています。僧侶がやっているのはティーチング。みずから修業し、仏教の教えどおりに自らを律して行動し、法を説き、人々からいただいたものだけを食べています。人々の間では、教えを忠実に実践している人に施しをすることが徳を積むことにつながり、来世も幸せに生きられると信じられています。これが、兼業をせず、ずっと僧侶だけをやっていられる土壌になっているんです。

 一方、いま日本にお坊さんだけで生活できている人はほとんどいません。7~8割は兼業です。お寺にとっては檀家さんが200~300軒あることがボーダーラインといわれますが、そこまで檀家さんをもっているお寺はほとんどありません。お寺をかけもちして、大きなお寺の法要があったときに行ったりすることも多いですね。

 議論になるところですが、江戸幕府が檀家制度をつくったことで、お寺は檀家さんの葬祭供養や寄付で維持できるようになりました。世の中に広く法を説かなくても食べていけるようになったわけです。近年、その檀家制度が崩壊しつつあり、今まで得られていた収入が減少しはじめました。檀家さんの葬祭供養に特化してきたお寺が崩れはじめているんです。

── 最近、異業種からも葬祭ビジネスへの参入がどんどん増えていますね。法事でお経をあげるお坊さんはアマゾンでも注文できるようになりました。一方、法事が一種のサービスとしてコモディティ化してしまうと、お坊さんはますます苦しくなりそうにも感じます。

 地域コミュニティによって執り行われていた葬儀は、家族葬や直葬(火葬だけで葬儀をしない)の形式に移り、お坊さんはコミュニティから切り離され、サービスに組み込まれてしまう場面も出てきています。

 でも、逆に言うとネットがあることで地域ネットワークを超えてコミュニティをつくれる時代になっているともいえると思うんです。hasunohaではお葬式などではなく不倫や恋愛などについての質問が多いんですが、それは「どう生きればいいか」という、カウンセリングが求められているということじゃないかと。仏教が説いていることを答えるだけでこれだけ(サイトが)盛り上がってくれるということは、世の中にそれだけ求められているということだと思うんです。

 沖縄の僧侶が、北海道の人を救うことができる。そこに僧侶の本来の存在意義があるならそれをどうやって収益化すればいいか。自分がサイト運営者として食べることも必要ですが、まずはそこをつくりたいと思っています。

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