今回のことば
「我々は過去20年間、自分自身を超えられなかった会社である。過去最高の業績であっても、20年前と位置づけは大きく異なる。グローバル企業としてさらに競争力を高めていけるかが課題」(ソニー・吉田憲一郎次期社長)
20年ぶりに最高益を更新。しかしグローバル企業としては危機感がある
2018年4月1日付けでソニーの新社長に、吉田憲一郎副社長兼最高財務責任者(CFO)が就く。
吉田次期社長は1959年10月20日、熊本県出身。父親が公務員であり、転勤が多く、子供の頃は福岡、鹿児島など、九州地区を転々としたという。「九州のなかではそれぞれに文化圏が違う。九州でそれぞれの文化に適用する訓練をしてきた」と笑う。
1983年4月にソニーに入社。1988年6月にソニーネットワーク販売に出向し、1990年にソニー・コーポレーション・オブ・アメリカに赴任。1994年にソニー証券業務部、1997年10月に財務部を経て、1998年に社長室室長に就任。
2000年にはソニーコミュニケーションネットワーク(のちのソネット)に異動。2001年に執行役員コーポレートプランニング担当、2005年4月に同社代表取締役社長に就任。2007年6月にソニー グループ役員、2013年12月に執行役EVP CSO兼デピュティCFO、2014年4月に代表執行役EVP CFO、2014年6月にソニー取締役、2015年4月にソニー代表執行役副社長兼CFOに就任している。
吉田次期社長は「約4年前の2013年12月に14年間働いていたソネットからソニーに復職した。きっかけは、平井からソニーの経営計画を手伝ってほしいと声をかけてもらったことであった」とし「それを受けた動機は、平井が問題を先送りにしないという強い意思で経営に取り組んでいたことに共感したこと、もうひとつはこれまでの私のキャリアにおいて、さまざまな経験をさせてもらったソニーに少しでも恩返しができればという思いだった」と語る。
「それ以来、平井が主導する経営チームのなかで、CFOとして経営の規律を高め、ソニーを高収益企業に変革させることに微力ながら力を尽くしてきた。第2次中期計画の最終年度となる今年度の業績が目標数字を上回り、かつ1997年度以来の最高業績を見通せる状況になったことは喜ばしいと考えている」とする。
だが、こうも語る。
「これは同時に、我々は過去20年間、自分自身を超えられなかった会社であるともいえる」とする。
そして「この20年間でソニーを取り巻くグローバルの事業環境は大きく変わった。最高業績を見通せるようになったとはいえ、20年前といまでは当社の世界市場における位置づけは大きく異なっている。グローバル企業として競争力を高めていけるかという課題は、平井と私が共有している危機感でもある」とする。
20年前の1997年度(1998年3月期)には過去最高の営業利益となる5257億円を達成していたが、2017年度(2018年3月期)の業績見通しではこれを大幅に上回り、営業利益は7200億円を達成する見通しだ。20年ぶりに最高益を更新することになる。
だがデジタル化への移行直前だった1997年当時のソニーには、トリニトロン、ハンディカム、VAIOなどがあり、iPodが登場するはるか前のこの時期はウォークマンがMD市場を形成し、市場をリードしていた。このようにソニーブランドを牽引する製品が数多く存在したのだ。だが現状をみると、それほど強いインパクトを持った製品が見あたらないともいえる。
そして時価総額の観点からも次のように指摘する。
「時価総額はすべてではないが、これで世の中を見ると、上位のすべての会社が、テクノロジーの会社である。ソニーはテクノロジーの会社であり、そこに対する危機感は大きい」とする。
ソニーの時価総額は6兆6000億円程度。だがアップルはおよそ90兆円、アマゾンはおよそ75兆円、そしてネットフリックスでもおよそ13兆円であり、その差はソニーに対する世の中の評価が低いことを示していることにつながるといってもいい。
また吉田次期社長は「バランスシートの改善はまだ緒についたばかりである。グローバルな競争力という点ではまだ改善する必要がある」と財務面からもソニーの課題を示す。
吉田次期社長の攻めと守りの経営、課題は社員の多様性
ソニーの平井一夫社長は吉田次期社長について「過去4年間近くCFOとしての役割に留まらず、私の経営のパートナーとしてソニーの変革を一緒に主導してくれた」と前置きし「戦略的な思考と多様な事業領域に及ぶ幅広い知見、そして強固なリーダーシップを兼ね備えた人物であり、これからのソニーを牽引するには最もふさわしい人物である。いままで一緒に仕事をしてきたなかで感じたのはソニーの進むべき方向、なにをすべきかを見る方向や考え方が私とよく似ている点である。またソニーには強固なリーダーシップが必要であり、エンターテインメント、半導体、エレクトロニクス、金融といった異なるビジネスをするなかでひとつひとつを勉強し、知見を持っている」と評する。
ソニーの指名委員会では、次期社長候補として短期的な視点でどんな人材がいて、中長期的にどんな候補がいるのかをあげていたという。中長期的に候補にあがっている人材にはどんな経験させるのか、どんな教育をしていくのかといったことを議論しているとのこと。
平井社長は「昨年末に取締役会議長であり、指名委員会議長である永山治さんに私自身の決断を伝えた。何度か話し合いを行ない、私の意思を尊重してもらったことに感謝している」と前置きし「私が在任6年というタームで変わることもあり、いまの時点では吉田が最適と判断し、改めて私から吉田を後継者として推薦した。指名委員会の委員全員が賛同する後継候補として認知され、取締役会でも全会一致で吉田の社長兼CEO就任に賛成してもらった」とする。
吉田次期社長は「打診を受けたのは昨年末。大変驚いた。少し時間をいただき、大変な重責だがお受けすることを決めた」と語り「指名をしてくれた平井および取締役会からの信頼に感謝するとともに、その責任の重さを痛感している」と語る。
2018年4月から始まる新たな中期計画は、吉田次期社長のもとで推進されることになる。
「日頃、経営として心掛けているのは方向性をしっかりと出していくことである」と吉田次期社長。そして「もうひとつは決めるべきことを決めるべきタイミングで決めて、責任を取ることである。自分が決めなくていいことは決めなくていい。それは下に任せるべきだと考えている。平井とは経営のやり方は違うが、経営のベクトルは一緒である」とする。
平井社長はカメラオタクとしても知られるが、それについて吉田次期社長は「彼と同じレベルにはなれない。平井と同じレベルでのこだわりを持った指摘が社内にできるか、あるいは同じ見せ方ができるのかというと、それはできないだろう。だが私もモノは好きであり、ゲームは結構やる。aiboも持っている。平井が打ち出したラスト・ワン・インチ・ハードというコンセプトは非常にすばらしい。ソニーのトップとしてこれにミートしていく姿勢は見せていきたい」とする。
そして「ソニーの最大の強みは世界中のお客様に親しまれているSONYのブランドであり、これはこれまでも、これからも、ソニーの最大の資産である。またソニーのミッションは『お客様に感動を提供する』ということであり、これも今後変わらない。一方で感動を届けるためには感動を作っていかなくてはならない。つまりクリエイターに近づく必要がある。感動を作る人、感動を届ける先に一歩でも近づくことが今後のソニーの方向性である」としたほか「ソニーは多様な社員によって、多様な事業を営んでいる。この多様性を強みにできるかが、我々の課題であると考えている」とする。
「攻め」の平井社長に対して「守り」のイメージが強い吉田次期社長だが「平井がトップであった6年間は、攻めも守りもあった。とくに第1次中期計画では守りの部分が大きかった。経営には攻めと守りの両方がある。今後も守るべきところはしっかりと守り、攻めるべきところはしっかりと攻めていく。攻めと守りのバランスをしっかりとって経営をやっていきたい」と抱負を語る。
成長軌道に転じたソニーが吉田次期社長のもとで、どんな「攻め」と「守り」を見せるのかが注目される。
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