Windows 95ユーザーが
Netscape Navigatorに殺到
このNCSA Mosaic 1.0の完成の前にAndreessen氏はイリノイ大を卒業し、カリフォルニア州パロアルトにあるEnterprise Integration Technologiesという会社に就職する(同社はその後VeriFone Systems, Incに買収されている)が、就職後それほど間をおかずにJim Clark氏と出会うことになる。
Jim Clark氏はSGI(Silicon Graphics, Inc.)の創業者であるが、1993年頃はすでにSGIを離れており、投資家として新しいベンチャー企業を探している最中だった。この出会いの結果、2人は新しい会社を興すことを決める。それが1994年4月に創業された、Mosaic Communications Corporationである。
Clark氏はこの新会社に400万ドルを投資し、CEO兼取締役会議長のポジションに就く。同社は早速、SGIやNCSAにいたエンジニアを集めて急速に陣容を固めつつ、半年後の1994年10月、最初の製品であるMosaic Netscape 0.9をリリースする。
ただこの1ヵ月後の11月には、製品名をNetscape Navigatorに変更した。これは、“Mosaic”という商標をめぐってNCSAと問題になるのを避けたためである。
ちなみにこの最初の製品のコード名がMozilla(Mosaic Killerの意味でつけたらしい)であり、その名前が現在まで継承されているのはご存知の通りである。なお、ブラウザーの名前を変えるついでに社名もNetscape Communications Corporationに改めている。
そうして登場したNetscape Navigatorは、発売後4ヵ月にして、ブラウザー全体のシェアの75%ほどを獲得した、という数字もあるほど急速に普及した。これには2つの要素がある。まず1つ目は、当時ろくなブラウザーが他になかったことだ。NCSA Mosaicがあったが、機能的にはNetscape Navigatorの方が上だった。
そして2つ目はWindows 95が1994年に発売されたことだ。Windows 95はTCP/IPスタックを標準で搭載した最初の「一般ユーザー向け」OSであり、それまでWindowsにしてもMacintoshにしても、苦労してTCP/IPスタックを入手してインストールしていた手間が一気に省けることになった。
この頃にはインターネットプロバイダーも少しづつながら増え始めていたため、Windows 95の発売により、インターネットアクセスできる手段を持ったユーザーが爆発的に増えたことになる。そして、そうしたユーザーがウェブブラウザーを求めて、Netscape Navigatorに殺到した。
当時Netscape Navigatorは有償の製品として発売されたが、同時に機能限定の無償版もリリース。多くのユーザーは無償版をまず手に入れ、そこで満足したユーザーの中には有償版に切り替える層もいたた、これはそう悪くない手法だったと思う。かく言う筆者も有償版を購入している。
マイクロソフトはWindows 95のオプションとして発売していたMicrosoft Plus! for Windows 95にInternet Exploler 1.0を添付してこれに対抗した。だがこれは、元がNCSA Mosaicである。
NCSAからNCSA Mosaicに関するマスターライセンスを受けたSpyglass, Inc.が、さらにマイクロソフトにライセンス供与の形でNCSA Mosaicのソースコードを提供、これを元に開発されたもので、機能的にはかなり見劣りした。
この後マイクロソフトは急速にInternet Explolerの開発を加速していくが、Netscapeも同様に急速に開発のピッチを上げており、少なくとも1998年頃まではNetscape側に分があった。
こうした状況の中、1995年8月にNetscapeは新規株式公開を行なう。これは当時としては大成功した部類に入った。当初1株あたり14ドルでの売り出しを考えていたが、直前にこれを28ドルに設定して公開したところ、初日の終値は58.25ドル、最高値は75ドルをつけた。
会社の市場価値は29億ドルに達しており、しかもこの後さらに株価は高騰した。1995年12月3日には、なんと一株171ドルまで達しているからだ。Clark氏はこの時点で会社の株の32%ほどを保有しており、彼の資産は20億ドルに達した計算になる。
Clark氏は最初の400万ドルに加えて、その後もう100万ドルを会社に投資しており、500万ドルの投資で20億ドルを獲得、最初のインターネット関連ビリオネラ(10億ドル以上の資産家)として名を上げることになった。
会社自身も順調であった。その1995年には日本やヨーロッパにオフィスを開設し、売上は8000万ドルに、1996年にはラテンアメリカにもオフィスを開設、売上は4億ドルに達している。
ところが、1997年にはいると次第に勢いが失われつつあった。この年、NetscapeとマイクロソフトはどちらもVersion 4の製品をリリースする。Netscape Communicator 4.0とInternet Exploler 4.0である。
Netscape CommunicatorはNetscape Navigatorに加えてNetscape MailやHTMLエディターであるNetscape Composerなどをセットにしたものである。一方のInternet Explolerは、機能的には3.0よりも進化していたが、それよりも大きな問題はWindows 98に同梱して無償で提供したことだ。
そうなると、有償版のNetscapeの売れ行きは当然落ちることになる。おまけにWindows 98はシェルにInternet Explolerを組み込んだことで、Windows 98を使う≒Internet Exploler 4を使う、に近い状況になったことだ。
余談だが、このInternet Exploler 4の出来はお世辞にも良いとはいえなかった。特に問題だったのはメモリーリークで、もちろんNescapeにもメモリ-リークはあったのだが、こちらは単にプログラムだけを再起動すればよかったのに対し、Internet Exploler 4はOS(シェル)を巻き込んで動かなくなったりして、リセットスイッチのお世話になることが少なくなかった。
したがって、「どうやってInternet Exploler 4の利用を最小限にしてWindows 98を使うか」というバッドノウハウの塊が、安定してWindows 98を使うためのコツだったりした。
当然ながらこうした動きは独占禁止法の対象となりえる。1998年5月、司法省及びワシントン特別区を含む全米20州が、マイクロソフトがOSとブラウザーをバンドルしているのは独占禁止法に違反しているという訴えを起こすことになる。
この訴訟は最終的に2004年9月、最後まで残ったマサチューセッツ州が連邦最高裁判所への上告を断念したことで終結したが、6年4ヵ月もの間マイクロソフトの首脳陣はこの訴訟に振り回されることになった。

この連載の記事
- 第711回 Teslaの自動運転に欠かせない車載AI「FSD」 AIプロセッサーの昨今
- 第710回 Rialto BridgeとLancaster Soundが開発中止へ インテル CPUロードマップ
- 第709回 電気自動車のTeslaが手掛ける自動運転用システムDojo AIプロセッサーの昨今
- 第708回 Doomの自動プレイが可能になったNDP200 AIプロセッサーの昨今
- 第707回 Xeon W-3400/W-2400シリーズはワークステーション市場を奪い返せるか? インテル CPUロードマップ
- 第706回 なぜかRISC-Vに傾倒するTenstorrent AIプロセッサーの昨今
- 第705回 メモリーに演算ユニットを内蔵した新興企業のEnCharge AI AIプロセッサーの昨今
- 第704回 自動運転に必要な車載チップを開発するフランスのVSORA AIプロセッサーの昨今
- 第703回 音声にターゲットを絞ったSyntiant AIプロセッサーの昨今
- 第702回 計52製品を発表したSapphire Rapidsの内部構造に新情報 インテル CPUロードマップ
- 第701回 性能が8倍に向上したデータセンター向けAPU「Instinct MI300」 AMD CPUロードマップ
- この連載の一覧へ