2020年度に小学校でのプログラミング教育を必修化されることを、ご存じの方も多いかと思います。それにともない総務省は、プログラミング指導者(メンター)を育てることを狙った「若年層に対するプログラミング教育の普及推進」事業を、2016年度から全国11ブロックにて実施しています。
今回は、そのうちの1校で近畿ブロックの実証校である大阪府寝屋川市立石津小学校でのプログラミング講座を取材してきました。
プログラミングに適した教育用ロボ「Ozobot」
石津小学校は、プログラミング教育におけるICT環境が整備済みであったことから既存資産を利用。指導体制については、市内および近隣地域の大学生をメンターとして育成し、メンターが講座の内容について組み立て、5年生の2クラスを対象にプログラミング講座を進めるという内容です。寝屋川市は、今回の地域大学生との連携のように「協働のまちづくり」に向けて学校法人などと、さまざまな分野で地域活性化や人材育成に取り組んでいるそうです。
実際に参加しているメンターは、情報系の学生だけではなく教育大や理系の学生を含む多彩な構成となっていました。メンターを育成する講師(コアメンター)はECCコンピュータ専門学校の吉田研一氏が務め、メンターが組み立てた講座のカリキュラムや教材は、上越教育大学准教授の大森康正氏が監修しています。
石津小学校での講座では、ライントレースロボット「Ozobot」が教材として採用されました。Ozobotは、米エヴォルヴ社が開発した子どもの手のひらにも納まる小さな教育用ロボット。本体下部のセンサーによって紙やタブレットの上に書かれた線を辿って自動走行し、ライン上に描かれた「Ozocode」(オゾコード)という色を組み合わせたパターンを読み取ることにより、進行方向や速度を変えることができるロボットです。
講座は全5回で、初回はPCやタブレット端末を利用しない「アンプラグド」な状態でプログラミング学習を始めます。具体的には、「アルゴリズム」は問題の手順を書いたものであり、「プログラム」はアルゴリズムをコンピュータが理解できる記号に置き換えたものであることを学びます。2回目以降の講座では、タブレット端末でのビジュアルプログラミングにより、プログラムの基礎となる「逐次処理」「条件分岐」「繰り返し」について学びます。
オゾコードには、「右に曲がる」「左に曲がる」「真っ直ぐ」「Uターン」や「ゆっくり」「速く」「ターボ」などがあり、コース上の目的地に辿り着けるようにオゾコードをどこでどのように使うのかを考えることを通してプログラミングについて学べます。また、「OzoBlockly」(オゾブロックリー)というPCやタブレットのウェブブラウザでビジュアルプログラミングが可能なツールと組み合わせることにより、紙の上では表現できないより複雑な命令が可能になります。
オゾブロックリーには作ったプログラムを広く一般に使われているプログラミング言語のJavaScriptとしてプレビューするモードも備わっており、オゾコードによるアンプラグドからビジュアルプログラミング、さらにテキストによるプログラミングへの移行を考慮されたものとなっています。
たこ焼きロボットをマス目に沿って動かす
具体的な講座は、Ozobotがちょうどたこ焼きくらいのサイズであることから、講座内では親しみを込めて「たこ焼きロボット」と呼び、マス目のコース上で「たこ焼きロボット」を動かし、たこ焼きの素材を集めて届けるという内容でした。30人ほどのクラスに対し、全体進行を務めるメインメンター1人と児童4人の各班に1人のメンターがつきます。
各班でコースを考え、たこ焼きロボットへのプログラムを作ります。みんなで話し合ってコースを決める班や、ひとりひとりがそれぞれ考えたものを発表し合ってコースを決める班など進め方はいろいろです。
たこ焼きロボットがどこまで進んでどちらを向いているのか、思わず椅子から立ち上がって右や左を向いて確かめる児童がいたり、途中までプログラムを作ったら「右」「真っ直ぐ」「左」「真っ直ぐ」「真っ直ぐ」など、みんなで声を出しながら動きを試してコースを変更する班などがあったりと、賑やかに講座が進みます。ワイワイと楽しそうにしていたかと思うと、どのようにコースを進むべきか真剣な議論が始まります。そして、どの班も講座終了の時間ギリギリまで粘り強くプログラムの改良を重ね、すべての班がゴールに辿り着くことができました。
コースとプログラムの発表と全5回の振り返り
各班で決めたコースとゴールに辿り着くためのプログラムで工夫した点などを発表しあい、分からない部分を質問します。同じ課題であるのに、班ごとにコースもプログラムも異なります。条件分岐を3つとしたコースの班や、コースでの条件分岐は多いけれど繰り返しを用いたプログラムとなっている班などがありました。
それぞれ、自分の班のコースやプログラムとの比較によって気付いたことを班に戻って話し合います。そして、プログラムの違いから学んだこと、全5回を通して学んだことやできるようになったこと、身近な生活のどんなところでプログラムが使われているのかを全体で発表しました。
終了後の児童の感想として、「身近なプログラムを使ってできているものがどのようなプログラムでできているのか考えてみたい。」「5回だけじゃなくもっとやりたかった。将来につなげたい」「まだまだやりたくて寂しい。将来の夢はプログラムを作る人になりたい。」など、継続的にプログラミングが取り入れられることを希望する声などが上がった。児童の多くが「楽しかった。」のひと言だけでなく「またやりたい。」と続けるのが印象的でした。
「1回目には動かし方がよくわからなかったが、最後には逐次処理、条件分岐、繰り返しがよくわかってとても楽しかった」「1回目はわからないことが多かったが、回を重ねるごとにとても楽しくていつも楽しみだった」と、児童にとって最初は正体不明だったプログラミングというものが徐々に楽しいものに変わっていった様子も垣間見ることができました。
プログラミングを教える立場から見たOzobot
毎回の講座後にはメンターの反省会を開催し、よかった点や改善点についての意見交換がありました。児童同士でわからないところを教え合っていたほか、少し動かしてやり直しができることによりプログラムの間違いに児童自ら気付くということもあったようです。また、与えられた課題をこなす段階から、自分たちで考えるフェーズにすでに来ていることを感じたとのこと。
メンターも児童同様に「もっと長く、もっと改良していきたかった」「全5回の講座であったため、児童との関係づくりが難しかった」と全5回はあっという間だった様子でした。
Ozobotは日本での取り扱いが2016年の秋に始まったばかりでメンターにとっても初めて触れる端末でしたが、「画面の中だけでなく、自分の手元で動くことがインパクトが強くていい。楽しい」「作ったプログラムでの動きがすぐにわかる」「USBケーブルなど有線でプログラムを送るものと違い、ロボットに読み込ませていることが見た目にもわかっていい」と言った感想が聞かれ、ビジュアルプログラミングのみでなく物理的に動く物が目の前にあることにより、プログラミングを教える立場にとっても進めやすい面があったようでした。
カリキュラムや教材を監修した上越教育大学の大森氏は、Ozobotをプログラミング教育で活用する利点は2点あると考えているそうです。1点目は、オゾコードとオゾブロックリーの2つの異なるプログラミング環境を備えており、小学校低学年から高学年まで同一の教材で発達段階に応じた体系的なプログラミング教育が可能になるとのこと。
2点目は、Ozobotの動作がライントレースを基本として、ラインなどの色を基準に動きを考えられる点。児童たちが考えるアイデアを適度に発散させられるだけでなく、アイデアを収束させる場面でまとめやすくなることを期待しているそうです。
小学校の何年生からプログラミング教育が取り入れらるのかは未だ検討段階だとは思いますが、実際に始まると卒業までの複数年にわたって教育する可能性も高いでしょう。Ozobotは、同一の教材を使いながらも発達段階に応じて教育内容変えられるのが利点と言えます。
コアメンターを務めたECCコンピュータ専門学校の吉田氏は、「Ozobotのよさは小さくて机の上で扱える点です。オゾブロックリーは現在英語版のみなので、子どもに伝えるのには工夫が必要だったのが難しかった点です」とのことでした。机の上のスペースは限られるため、講座内容の配布資料と並べることを考慮すると、小さく扱いやすいことも小学校への導入の利点になりうるかもしれません。
石津小学校の森本校長は、「プログラミング教育導入への今後の可能性や課題が見えた」、担任の教諭は「平成32年度のプログラミング学習に向け、どのような狙いを持って取り組むべきか知ることができた」とのことでした。
なお、英語版のみとなっているオゾブロックリーに関して、日本国内での正式輸入販売代理店としてOzobotを販売しているキャスタリアは日本語化に向けて進めているとのことで、今後に期待したいところです。
プログラミングの現状の課題を考えた時、導入のハードルが低く、教える立場の人材にとっても扱いやすい教材選択というのは大切な要素であり、アルゴリズムを書き出しオゾコードを利用してプログラムするなど、アンプラグドな環境から導入できるOzobotにプログラミング教育への可能性を非常に感じる講座でした。