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遠藤諭のプログラミング+日記 第10回

パワポ禁止なんてとんでもない! クライアントや上司を説得するためのコミュニケーションを鍛える

プレゼンが下手な人は「パワポカラオケ」をやってみよう!

2016年11月11日 09時00分更新

文● 遠藤諭/角川アスキー総研

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1987年にForethoughtが最初のバージョンを発売。その後、マイクロソフトが買収して世界のビジネスマンの強い味方となったPowerPoint。最新バージョンは2016だ。

 オフィスワークの最後に残された課題は、コミュニケーションだという話がある。今回は、週刊アスキーの連載「神は雲の中にあられる」を加筆転載です。

パワーポイントは洗脳装置

 世の中に“パワポカラオケ”というものがあるそうな。英語のウィキペディアには、“PowerPoint-Karaoke”とあるほか、ドイツ語、フランス語、ポルトガル語に項目があるが日本語にはない。つまり、日本ではまだあまり広がっていないのだが、まったく内容を知らないパワーポイントのスライドを使って、即興でそれらしいプレゼンテーションをしてしまうという大人の遊びらしい。

 これ、ちょっと楽しそうじゃないですかね? きちんとしたルールは、どうもないらしいのだが、たとえばスティーブ・ジョブズやジェフ・ベゾスのプレゼン資料を持ってきて、それっぽくやってしまう。TEDのプレゼンをカラオケしてしまうのも楽しそうだ。次から次に、インパクトのある画像やダイヤグラム、映像なんかも出てくる。それを、100本ノック感覚でやっつける。

 やるとなったら、iPhoneの発表のような歴史的かつ中身が分かっているものもいいが、自分の知らない誰かが夜中の3時くらいまでかかって作った、かなりごちゃごちゃでダサいが気持のこもっている奴もいい。しかも、高尚かつ専門的な、それでいて、スライドだけでは理解しがたい独創的な表現を含んだスライドがおいしいはずである。

 シチュエーションとしては、喜劇映画のドタバタシーンのお決まりで、悪い連中に追われて逃げ込んだらステージの上に出ちゃったみたいな感じでしょうか? そこで、踊り子たちにまじってステップを踏んでやりすごす。そうした即興力に知性と教養が出てしまうこともさることながら、たぶんパワポカラオケの醍醐味は、最後は拍手喝采となるような含蓄のある結論に到達してしまうことなのだろう。

 どこの誰がこんな楽しいことを考えたのかというと、ベルリンのシンクタンク“ZIA”(Zentrale Intelligenz Agentur)という集団が、'06年に考案したものだそうだ。まじめなドイツ人が、こんなおふざけをやるのかという気もするが、これをやるとなると相当なコミュニケーション的な跳躍力(=非連続なイマジネーション力ともいうべきか)が要求されるはずである。

 調べてみると、この人たち'14年に“デジタルバウハウス”(バウハウスは20世紀初頭ドイツの美術・建築の学校で現代美術に多大な影響を与えた)というイベントのコンセプト設計をするなど興味深い仕事をいくつもやっている。デザインエージェンシーとしても活動しているそうなので、スタンフォード大学の“d.スクール”じゃないけど、“デザイン思考”というものを提供しているということでしょうか。

 デザイン思考というのは、企業や公共機関などが抱える問題の解決やイノベーションを生むための新しいアプローチで、アップルやマイクロソフトのデジタル機器をはじめとする工業デザインで有名な米IDEOなんかは、この分野で早くから注目される企業となっている。

 そういう会社が、まさにビジネスマンの強い味方だったパワーポイントを、まるでコケにするような遊びを思いついて、しかし、それがどこか知的な遊びになっちゃったみたいなところが、パワポカラオケの楽しいところだと思う。つまり、ほとんど冗談、だいぶオフザケ、ところがその心は割りとマジだったりする。事実、パワポカラオケで、コミュニケーション力が上がることが期待できると思う。

 一時期、「パワーポイントを禁止する会社が増えている」というニュースがネット上に流れて、アマゾンやトヨタなどの会社は「パワポ禁止」とまことしやかに伝えられた。さらには、“なぜパワーポイントがダメなのか”ということを丁寧に伝えるパワーポイントが出回って、入れ子構造的に「これいいパワポじゃん!」と突っ込みたくなるものだったなんてオチもあった。

 しかし、それもこれもパワーポイントが暴力的なほどにパワフルだからにほかならないからだと思う。エドワード・バーネイズの名著『プロパガンダ』(中田安彦訳・成甲書房刊)で描かれた広告業界の国民洗脳のテクニックのようなところが、パワーポイントというマジックにはあるというべきか。

 同書がいうように、民主主義をたてまえとする現代社会においては、意識されずに大衆をコントロールする者こそが、本当の意味での統治者になれる。経済的な支配者になれる。たかだか、絵で見せて、声で伝えて、共感を得るという3ステップで、広告主や政治家だけでなく、一介の学生やサラリーマンでもできるようにした“デスクトップ洗脳ツール”が、パワーポイントなのだ。

 パワーポイントには、そうした胡散くささがついてまわるということなのだと思うのだが、それを変わりばえのしない標準添付の図形データと、なぜかピョンピョン跳ねながら画面に飛び込んでくる文字のアニメーション効果などが盛り立てている。

 しかし、「パワーポイントを禁止する会社が増えている」というニュースは、よく読んでみると“社内の会議での使用を禁止している”というだけの話だった。さすがに、私の知っているアマゾンの社員も、トヨタの社員さんも、パワーポイントを使ってますからね。そりゃ社内のミーティングなんかは、パワポを使うよりも資料をバラバラに広げて、ぐちゃぐちゃに議論すべきでしょう。本当に、パワポが基準になっていたらまずい。

パワーポイントに頼ってプレゼンする私の写真たち。本文では触れなかったがプロジェクターによって暗い空間が演出される効果もある。

未来のパワーポイントについての考察

 パワポカラオケといえば、1年前の“TechCrunchハッカソン”で審査員をやらせてもらったときに、「無限パワポカラオケ by 108」という作品が出てきた。とても好感の持てるソフトだったのだが(収益モデルは潔くナシ)、スライドを自動生成するしくみだった。これは、パワポカラオケという大人のゲームじゃなくて、忘年会の宴会芸みたいになっちゃっていけない。この際、「日本パワポカラオケ協会」というのを設立して、公式ルールを作ってしまおうかなどと思ってしまった。

 などと妄想しながらその後のハッカソンの審査をしていたら、次々にプレゼンテーションされるハッカソン自体がカラオケに見えてきた。そうなのだ、いわゆる本当のカラオケが、ふだん一緒に仕事をしている同僚たちが“歌う”ようすを見てなにかをくみ取るイベントであるように、ハッカソンも参加者の潜在力を見るためのものなのだ。そもそも、ハッカソンは起業の圧縮体験だという意見もある。つまり、まるで肯定的にハッカソンには、カラオケなのだといえる。

 ところで、10月末、マイクロソフトは、Windows 10の次期アップデートというものを発表した。私はネット中継でデモを見ていたのだが、それによると、パワーポイントを含むオフィス製品などで、3Dデータがあつかえるようになるそうだ。同社は、「HoloLens」というMR(ミックスドリアリティ)ヘッドセットを使うシステムを売り出しなので、この3D化もその延長にあるのだろう。

 このまま行くと、未来のパワーポイント(Microsoft PowerPoint 2020あたり?)は、ヴァーチャル空間そのものになるのかもしれない。パワーポイントがスライドの展開で醸し出していた奥ゆかしい文学性はどこかへ行ってしまい、ぶしつけに人々の脳に乗り込んでくる。そのときは、本当に「パワポ禁止」という話も出てくるのかもしれない。HoloLensは、私がいまいちばん触ってみたいデバイスの1つなのだが。

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