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ロードマップでわかる!当世プロセッサー事情 第378回

業界に痕跡を残して消えたメーカー SyQuestと死闘を繰り返したIomega

2016年10月17日 11時00分更新

文● 大原雄介(http://www.yusuke-ohara.com/) 編集●北村/ASCII.jp

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どん底からの起死回生
zipドライブが会社を救う

 新しい製品とはZipドライブのことで、1994年末に市場投入された。ZipドライブはBernoulli Diskとはまったく異なっており、少なくともベルヌーイの原理は利用していない。

 ただSyQuestよりは安価で、ちょうどFDDとHDDの中間といったあたりか。とにかく低価格にこだわった構造であり、これが理由で初期にはClick of death(死のクリック)という現象が多発した。下の動画がそれである。

 さて、ここからIomegaは再び急成長する。Zipドライブは本体199ドル、100MBカートリッジが19.95ドル、25MBカートリッジが9.95ドルという値付けをなされたが、これは驚くほど爆発的に売れた。

 発売初日は即座に売り切れとなり、1995年1月末時点でのバックオーダーは1億7500万ドル相当に達している。結局1995年度の同社の売上げは3億6200万ドルに達した。2ドル近辺で低迷していた株価は、1995年中旬には20ドルあたりまで戻している。

 この当時のZip人気を物語る1つのエピソードとして、本体そのものではなくZipのロゴが入ったTシャツや帽子、ペンといったグッズの売上だけで8万ドルを超えていたことが挙げられる。普通は販促用に無料で配るようなものが、これだけの売上を見せるのは珍しい。

 Iomegaの建て直しを終えたWenninger氏は1994年に辞任、後任にはKim Edwards氏が就く。1996年には、より大容量のJazドライブも発表された。

 こちらは当初1GBで、後に2GBも追加されている。さらに1998年にはデスクトップ向けのテープドライブであるDitto(Photo04)、1999年には超小型メディアであるClik!など、さまざまなラインナップを拡充していく。

日本ではさほどなじみがないが、最終的には容量10GBのテープも発売された

 こうしたラインナップの充実もあって、1996年の売上げは12億ドル、翌1997年には17億ドルもの売上に達している。その1997年の営業利益は1億7000万ドルを超えており、なるほどSyQuestがひとたまりもないわけである。

 国内の話をすると、1995年にはセイコーエプソンと代理店契約を結んでおり、1996年には日本法人としてアイオメガ株式会社も設立され、国内でも本格的に拡販がはじまっている。

 ちなみにこの1996年5月には、株式分割を行なったにも関わらず株価が82.6ドルまで高騰しており、このあたりがIomegaの頂点といっていいだろう。

フラッシュメモリーの台頭で
世代交代の波に飲まれる

 ではこの後どうなったか? ということで、おなじみForm 10-K(有価証券報告書)から売上と営業利益、社員数を拾ってみた結果がこちらである。

Iomegaの売上と営業利益、社員数
年号 売上 営業利益 社員数
1996年 12億1277万ドル 9996万ドル 2926人
1997年 17億3997万ドル 1億7771万ドル 4816人
1998年 16億9439万ドル -7597万ドル 4865人
1999年 15億2513万ドル -6474万ドル 3907人
2000年 13億0018万ドル 1億4823万ドル 3429人
2001年 8億3109万ドル -1億2000万ドル 2097人
2002年 6億1436万ドル 7186万ドル 850人
2003年 3億9134万ドル -3713万ドル 591人
2004年 3億2866万ドル -3547万ドル 462人

 1998年の突然の赤字転落の責任を取る形で、Edwards氏も1998年に辞任。後任にはRockwell Automationから来たJodie K. Glore氏が就くが、一度衰退傾向が出てきた会社の勢いを止めるのは難しかった。

 なにが理由であったかといえば、これまた「市場の飽和」に尽きる。2000年の製品別売上を抜き出すと、純粋にすべての製品の売れ行きが落ちていることがわかる。

Iomegaの製品別売上
  1998年 1999年 2000年
Zip 11億8300万ドル 12億 300万ドル 9億8800万ドル
Jaz 4億1700万ドル 2億5900万ドル 1億6200万ドル
CD-RW   2400万ドル 1億2400万ドル
PocketZip(Clik!) 200万ドル 1300万ドル 2000万ドル
Ditto 8100万ドル 1900万ドル 500万ドル
その他 1100万ドル 700万ドル 100万ドル

 CD-RWは1999年に投入された外付けのCD-RWドライブのことだが、もうZipともJazともなにも関係のない、単なるPCの周辺機器である。こうしたもので売上を持たせようとしたのだが、焼け石に水であった。

 ではなぜで飽和したかというと、フラッシュメモリーの台頭である。1990年中旬から投入されたさまざまなフラッシュメモリーベースのメモリカードは、当初こそ小容量であったが、毎年倍増に近い勢いで容量を増やし、これを利用するデジタルカメラの普及もあって、あっという間にZipの容量に追いついた。

 CompactFlashを例に取れば、1994年の発表時には2MBの容量だったのが、2000年にはすでに256MBが登場している。2002年には1GBのものも投入されており、これまでZipやJazなどを利用してきた用途がこうしたメモリカードで代替できるようになってきた。

 2000年頃にはもっと汎用的なUSB Flash Drive(いわゆるUSBメモリー)も広く普及するようになっており、もはやリムーバブルメディアそのものの需要がなくなった。

 Glore氏も2001年3月に辞任、後任には当時CFOだったBruce R. Albertson氏が就くが、Albertson氏も同年5月に辞任という具合に、同社はこのあたりから完全にマネジメント層が事実上不在の状況が続き、急激に売上げを失っていく。

 社員数の激減も、リストラによるものも少なくなかったが、自発的に辞任した人も多かったと聞く。それでも倒産する前に、EMCに買収されただけまだマシというところか。

 EMC買収後の2013年、LenovoとタイアップしたベンチャーであるLenovoEMCにIomegaのブランドは移管されており、現在もIomegaの名前を冠した製品が存在する。ただ、果たしてそのブランド名にどこまで意味があるのか、筆者には正直わかりかねる。

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