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前田知洋の“マジックとスペックのある人生” 第19回

CMとマジック、舞台裏の共通点

2016年05月17日 17時00分更新

文● 前田知洋

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 先日、テレビCMに出演しました。放映エリアの方でご覧いただいた方もいらっしゃるかもしれません。最近はドラマ仕立てのCMや、番組レポート風の演出もあり、「えっ!これ番組?」と見間違う作品も増えてきました。しかし、撮影のプロセスなど、テレビ番組とは、いろいろと違う部分もあります。撮影後にテレビCMとマジックの意外な共通点を発見しました。今回のテーマは、その意外な共通点についてです。

CGはなしで

 実はCM撮影は初めてではありません。ですから、撮影から放映までのプロセスは、なんとなく知っています。慣れているほどではありませんが…。それに、子供の頃からたくさんのCMを観ているので親しみもあります。

初めて出演したPSPのCM © Sony Interactive Entertainment Inc.

 ただし、今回は、打ち合わせの時から「CGなしで行きましょう!!」って空気が満ちています。もちろん、普段出演するテレビ番組でもCGは使ってないのですが、映画とは違い、1日~数日で撮影するCM。撮影時間を節約するため、ちょっとマジックの秘密が見えちゃったら、少しは修正してほしいのが正直な本音です(汗)。

 マジックのテクニックは習得するのに時間がかかります。その理由は、指先など、使う筋肉が小さいので疲労が激しく、何時間も練習できません。おそらく、ピアノやバイオリンなどの演奏家なども同じで、少しずつ、何年も時間をかけて習得する。どちらかというと、伝統工芸の職人に近い世界です。

 「明日、撮影だから」と前日に頑張って練習しすぎると、指や肩の筋肉の疲労が抜けきらず、本番に実力を発揮できないことも…。もちろん、前日のアルコールも厳禁です。

高解像度、VCSとの戦い

 特にCMではVCS(Very Closeup Shot、すごい接写撮影)も多用されるので、前日は2時間かけて指先の手入れをして、当日は手袋をして移動します。白いコットンの手袋を着用すると手袋の痛み具合でわかるのですが、カバンを持ったり、車や列車の移動だけでも指先は1日でかなりダメージを受けます。片道の移動でさえ、手袋の指先は薄いグレーになるほど。

すぐ目の前がカメラ(「お買い物の切り札」篇CM メイキングより)© 大丸松坂屋百貨店

 最近はiPhone 6sで4K動画が撮影できるようになり、以前「マジックを高解像度カメラで撮影したらどうなるだろう?」と素朴な疑問でカメラテストもしてみましたが(http://ascii.jp/elem/000/001/068/1068332/)、あえなく惨敗しました(涙)。

 筆者のマジックのスタイルはクロースアップマジック。テーブルの下で僕のマジックを手伝ってくれるアシスタントもいません。マジックは全て一人でやらなくていけません。その辺りは、美人アシスタントを携えた、大掛かりなイリュージョンマジシャンをいつも羨ましく思っています(笑)。

7時間を15秒に圧縮

 今回のCMは15秒版と30秒版があります。ナレーションも担当したので、その音声収録を含めると全部で7時間を15秒と30秒の映像に圧縮したことになります。もちろん、CGもなし。それぞれ数秒のショットですから、おそらく100テイクぐらいしたでしょうか。この辺りは、僕の至らぬところで恐縮なのですが…。

 ただし、上で説明した7時間というのは僕が出演した部分だけ。リタッチ(マジックの部分ではなく、画面に映り込んだ埃やノイズ除去など)やシーンの編集作業はその何倍も時間がかかったはず。監督をはじめ、スタッフの皆様、本当にお疲れ様でした。

映像の「画力」とは?

 撮影後、スタッフとメールのやり取りをして、新しく知ったのは「画力」という言葉。仮編集のCMを観ると、確かにCGなしの映像には画力があるような気がします。なにも、CGが全てダメというわけではなく、「何を実写で撮影し、何をCGで合成するか」のセンスの問題です。有名な映画監督が「アクションシーンはCGなし」とか、映画スターで「スタント俳優は使わない」などのポリシーを持つ人がいるのも頷けます。古い言葉なら「真剣勝負」、今風なら「ガチ」とでも言うのでしょうか。

 映画「ダークナイト ライジング」では、プライベートジェットがハイジャッカーを残して落下するシーンに、実物大の機体を本当に落として撮影。そのことをメイキングムービーを観て知り、「CGでいいのに…」と思ったことを深く反省しました。

 つまり、逆説的かもしれませんが、デジタル撮影機器がHDになり、4K、8Kと進化するにつれ、そうした現場の空気感がより伝わりやすくなった。インターネットをはじめ、情報の拡散スピードが増し、舞台裏を多くの人がなんとなく知るようになりました。

 その情報の伝達のフォームの透明度が増し、チャンネルが増えるにつれて視聴者は「本当のこと」と「ウソ」を見分けられる時代になってきたと言えるかもしれません。まぁ、普段人を騙しているマジシャンが言うのもなんですが…(笑)。

前田知洋(まえだ ともひろ)

 東京電機大学卒。卒業論文は人工知能(エキスパートシステム)。少人数の観客に対して至近距離で演じる“クロースアップ・マジシャン”の一人者。プライムタイムの特別番組をはじめ、100以上のテレビ番組やTVCMに出演。LVMH(モエ ヘネシー・ルイヴィトン)グループ企業から、ブランド・アンバサダーに任命されたほか、歴代の総理大臣をはじめ、各国大使、財界人にマジックを披露。海外での出演も多く、英国チャールズ皇太子もメンバーである The Magic Circle Londonのゴールドスターメンバー。

 著書に『知的な距離感』(かんき出版)、『人を動かす秘密のことば』(日本実業出版社)、『芸術を創る脳』(共著、東京大学出版会)、『新入社員に贈る一冊』(共著、日本経団連出版)ほかがある。

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