Appleは3月21日のプレスイベントで、こんな数字を持ち出しました。「現在6億台のPCが、5年以上古いモデルだ」というのです。そして、新たに披露したiPad Pro 9.7インチは、その代替を目指しています。
似たような数字をつい先日も聞きました。昨年11月に発売した12.9インチのiPad Proを披露した際、Appleは「過去1年に販売された8割のPCよりも高速だ」という説明がありました。クロックは下がりますが、これと同じプロセッサが、9.7インチのiPadにも搭載されます。
ここで考えることは2つ。モバイルデバイスはすでにPCの性能を上回るようになった、ということ。その一方でユーザーにとっては、低速なパソコンを使い続けていられる理由もまた存在している、ということです。
iPad Pro 9.7インチはどんな製品?
これらの話に入る前に、iPad Pro 9.7インチモデルについて触れておきましょう。iPad Proは、9.7インチというオリジナルのiPadと同じ画面サイズと、iPad Air 2と同じ6.1mmの薄さ、セルラーモデルであっても444gという重さを実現しながら、最新の機能を取り入れました。
デザイン面では、ローズゴールドの追加と、Smart Connectorを搭載し、ケース内蔵キーボードであるSmart Keyboardをサポートする。加えて、Apple Pencilも利用可能です。
iPad Air 2との大きな違いは、1世代進化したA9Xプロセッサに加えて、ディスプレイ回り。Appleはプレゼンテーションの中で「Pro Display」と称していたが、明るさ、色域を25%向上させ、反射を40%抑えるコーティングを施しています。
また1200万画素のiSightカメラを搭載、これによりレンズ部分が出っ張るデザイン。またFaceTime HDカメラは500万画素に引き上げられ、画面全体を光らすRetina Flashに対応しました。
また、環境光センサーによって色温度を変化させるTure Toneディスプレイ機能を取り入れています。iOS 9.3に搭載されたブルーライトカットを目的するNight Shift機能とともに、より自然にディスプレイに触れられるようにすることが目的だという説明がありました。
米国での価格は、これまでのiPad Air 2 Wi-Fi 16GBモデルが499ドルからでしたが、iPad Pro 9.7インチ Wi-Fi 32GBモデルで599ドル(6万6800円)からと、100ドル値上げされました。なおiPad Air 2はこれにともない、399ドル(4万4800円)からに値下げになっています。
12.9インチでは説得力がなかった“PCの代替”
昨年9月、iPad Pro 12.9インチを発表する際、Appleは壇上でMicrosoftとAdobeにデモを披露させました。12.9インチのディスプレイを使って、Officeアプリを2つ並べて作業をする様子をみせ、またApple Pencilを用いたデザイン作業を示したのです。
翌10月にロサンゼルスで開催されたイベントのAdobe Maxでは、未発売のiPad ProとAdobeのアプリの組み合わせをクリエイターに実際に触ってもらい、その様子をメディアに取材させる場も設けていました。
iPad Proが、クリエイターにとってのプロの道具として有用であるとアピールすることを狙い、珍しく未発売の製品を体験させる場を用意したと見ています。
ただ、Adobe Maxの大口スポンサーはMicrosoft。2014年のAdobe Maxでは、参加者全員にSurface Pro 3が贈られ、2015年には、会期中に発表されたSurface Pro 4とSurface Bookを、会場入口近くの最も目立つ場所に即日展示しました。
PCをそのままモバイルデバイス化するアプローチのMicrosoftのほうが、クリエイターの支持を集めていたのです。
近年Windows向けの最適化が進むAdobeアプリは、主要アプリがすでにタッチやペンでの操作を受け付けてくれます。PCやMacからSurface Pro 4やSurface Bookに乗り換える方が、普段の作業をそのまま引き継げるのです。
一方、AdobeとAppleのiPad Proにまつわる提案は、デスクトップの代替ではなく、モバイルの現場を新たな創作の場に変えようというメッセージでした。これにも価値がありますが、いざ、主たる作業環境に投資するとなると、これまでのワークフローを保てるSurfaceが優先されることになるでしょう。
よりハードルが下がった9.7インチiPad Pro
iPad Pro 9.7インチモデルは、PCからの代替というメッセージについて、よりハードルが下がったと考えています。クリエイティブの作業をこなすプロ向けではなく、より広く一般的な人々に対して、PCからの代替を訴求することになるからです。
PCと同じPhotoshopが動作するかどうかではなく、ブラウザーやメールが利用でき、FacebookやLINEでコミュニケーションが取れて、WordやPowerPointでドキュメントやスライドが作れる。あとは音楽やビデオ、ゲームが楽しめれば十分。
こうした人々にとっては、確かにローエンドPCよりは200ドル高くつきますが、同じようなスペックのAndroidやWindows 10タブレットと比較すれば十分に安い価格で、性能もバッテリー持続時間もカメラの性能に至るまで、ハイエンドスマートフォンを上回る性能を発揮してくれるのです。
A7プロセッサを搭載したiPad mini 2が依然として併売されているところを見ると、このiPad Proも3~4年は継続して利用する前提で考えられているのではないか、と思います。
最新の性能を楽しむ事ができ、価格が安い。App Storeのアプリも楽しめる。確かにこれなら、PCに対して、あるいはSurfaceに対しても競争力を維持できそうです。
また、利用できるソフトにOfficeを含むことから、プログラミングや複雑なExcelシート、会計や設計など、特定の専門的なソフトウェアを使わない多くのPCユーザーにとっても、モバイル性とコストダウンの面から、iPad Proを仕事に取り入れることは可能だといえるでしょう。
たとえば筆者はこれまで、Macを使って、Evernoteで取材メモを作り、UlyssesやiA WriterといったMark Down対応のエディタで原稿を仕上げ、Word形式で書き出してOneDriveに保存して、共有する形で原稿を送っています。
これらのアプリはすべてiPad向けにリリースされていたため、iPad Proへのワークフローの移行はまったく問題なく実現し、1週間が過ぎました。
古くなった15インチのMacBook Proに比べてバッテリー持続時間は大きなアドバンテージであり、なにより2kgが500g以下へと軽量化される腰への負担減少は計りしれません。
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