爆売れチーズタルトはなぜ美味いのか アップデートし続けるBAKEの秘密
「お菓子屋さんのスタートアップ」が受け継ぐ老舗洋菓子屋のDNA
老舗洋菓子店「きのとや」と新業態のコラボから生まれる化学反応
BAKEのチーズタルトやクロッカンシューのベースとなる材料は、北海道札幌市の老舗洋菓子屋「きのとや」に生産を委託している。きのとやでつくられた半製品を、冷凍して各店舗へ発送、店頭で焼いて提供するという仕組みだ。
店頭で加工の仕上げをして提供するという工房一体型のお菓子専門店といえば、ベルギーワッフルのマネケンやシュークリームのビアード・パパなど他にも多く存在するが、BAKEと他店との違いは、企画力で勝負するだけではなく、きのとやの開発機能や商品群を用いて「お菓子をどう見せるか」、「どう売るか」を追求する側面にあるという。
話は再び長沼氏の過去にさかのぼる。上海での起業で失敗した失意の長沼氏は国内に戻り、父が経営するきのとやの中で菓子販売の担当となる。
変化のきっかけとなったのは、出張販売先でやむなくチーズタルトの売り方を変えたことだ。パッケージの形で整然と並べるのではなく、できたてのような見え方の陳列で売り上げが大きく変わっていた。長沼氏がBAKE立ち上げ前に店長を務めていた「きのとや新千歳空港店」では、チーズタルトの1日の販売数量を50個から2000個にまで引き上げたほどだ。
この経験を得た長沼氏は、ITスタートアップを立ち上げたいという思いから改めて上京し、2013年4月、東京・原宿でデコレーションケーキのECサイト『クリックオンケーキ』をBAKEとして最初に始めた。
オンラインで注文を受けたケーキを「きのとや」がつくり発送するというOEMの形をとっていたが、配送の過程で商品が破損するなどトラブルが多発しこちらはあえなく頓挫する。一方で、ウェブやスマホからケーキに写真をプリントできる『PICTCAKE』のEC販売を始めたところ、好評を集める。ここから一気に、菓子×スタートアップとしてのブランディングを進め知名度を高めていった。
2014年2月には、新千歳空港店でのチーズタルトの成功をベースにした、「BAKE CHEESE TART」や「CROQUANT CHOU ZAKUZAKU」など実店舗へ本格的に力を入れ、一気に大ヒットへとつながった。
この裏側に同社のITスタートアップらしさが表れている。成功に導いたのは「お客様の声」を受けてトライ・アンド・エラーを繰り返し、商品、売り方、包装資材を変えていったことにあるという。
その過程はWebサービスのリリース工程を参考にし、売り場の見せ方や、商品についてA/Bテストなどの手法を用いて改善を繰り返したそうだ。
「焼きたてのときに一番美味しくなるようにクッキー部分を厚くして一番サクサクになるようにしたり、焼きあがったときにチーズの部分がよりふんわりするように、チーズ部分のかき混ぜ回数を変えるとか、そういうことをやって常に進化を続けてきた」(長沼氏)
チーズタルトに入っていたブルーベリーについて、ブルーベリー抜きに変更したいという提案には、職人からの反対もあったというが、ウェブサイトや店頭でヒアリングしたお客様の声を反映することで、比較的説得もしやすくなった。きのとやが製造し、BAKEがそれをブラッシュアップするという構図は、当時から今まで変わることなく続いている。
「iPhoneのようにお菓子をアップデート」
オープンラボでファンともつながる
BAKEの店舗は大ヒットを飛ばしているが、それでもファッションと同じく、お菓子にも流行り廃りがあると長沼氏は語る。飽きられてしまえば終わりのシビアな世界だ。そうした渦に飲み込まれないために、BAKEは半年に1回すべての商品のについて見直しを行っている。
「iPhoneのように、我々のチーズタルトもクッキーの厚さがバージョン1からバージョン2になりましたというようなアップデートを繰り返して、飽きがこないように変えていく工夫が大切」(長沼氏)
この3月にはBAKE CHEESE TART自由が丘店の3階を利用してオープンラボを開設した。今後はこのラボで、企画の過程を公開したり、いろいろな企業とのコラボレーションを検討している。
ラボで商品の企画過程を公開することは、ファン獲得につながると長沼氏は考える。こちらも意識しているのはITで、中国のXiaomiのウェブフォーラムをたとえに出す。いずれは同社のようにウェブ上での熱狂的なファンコミュニティを作り、ファンの声が商品改善に即時結びつくような仕組みを構築したいと語る。狙いとなるのは、商品の企画過程に参加したことによってファンが増えていくようなブランディングだ。
また、BAKEのラボでは今後、分子ガストロノミー(分子調理学)に基づいた商品開発にも取り組む予定だ。
分子ガストロノミーとは、調理を物理的、化学的に解析した科学的学問分野。“お菓子のおいしさに理由はいらない”といった職人気質な固定観念を改め、お菓子の本質的なおいしさを数値で把握し、食感や味わいの改善につなげようという計画だ。
タルトの原料となる小麦粉1つとっても、たんぱく質量によってグルテンネットワーク度合いの形成が変わってくるため、よりサクサクした食感に仕上げるためにグルテンネットワークの低いものを選ぶ……など、分子レベルまで数値化することによって改善できる余地は多くあるという。その上で官能テスト、A/Bテストを繰り返し、お菓子のバーションアップにつなげる考えだ。すでに宮城大学の石川伸一教授を分子調理学の顧問として迎えるなど、実現化に向けた体勢は整っている。
流行り廃りの大きな菓子業界では、あらゆるところをおさえてリスクを分散していく必要があるというのも長沼氏の弁。そのために、BAKEでは前述のような商品アップデートに加え、1年に1度新ブランドをリリースする構えだ。
直近では2016年3月、池袋にアップルパイ専門店の「RINGO」をオープン。「こうしたビジネスモデルでは、流行のあとに落ち込みがある。となると、やはり店舗のリプレイスが必要になってくる。そのときに新しいブランドというのはポートフォリオとして持っておかなくてはいけないため、定期的に出していきたい」と長沼氏は語る。
BAKEのブランドポートフォリオを構築するという観点からも、このラボが果たす役割は大きい。