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ITと東日本大震災、グーグルはいま何をしているか 第3回

被災地復興支援から日本全国のビジネスマッチングプラットフォームに

人と人をつなぐ復興、グーグルの「イノベーション東北」

2016年03月16日 09時00分更新

文● 西田宗千佳 編集●飯島恵里子/ASCII.jp

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気仙沼でもう一度寿司を握りたいという鈴木兄弟が、再建する寿司店のウェブサイト、ロゴをイノベーション東北サポーターの­ウェブデザイナーに依頼

東北の要望と他の地域の能力をマッチング

 そうした経験を踏まえた議論の末、2013年5月にスタートしたのが「イノベーション東北」である。

 「欠けている部分が事業者によって違っていて、1社では答えることができません。たくさんの方々の力を借りるしかないんです。一方で、私のように、『東北にかかわりたい』と思いながら、震災直後には直接かかわらなかった人たちもいます。そういう方々と、解決を求めている方々をつないでしまえばいいのでは、という結論なのです」松岡はそう話す。

 震災直後の復興は、ある意味体力勝負だ。体力に自信がなく、ボランティアの経験もない人々の中には、役に立つ自信が持てず、二の足を踏んだ人々もいる。だが、イノベーション東北で求められているものは、「さまざまな知見」や「能力」であり、より広いものだ。

 そのもっともわかりやすい例が、「気仙沼新富寿し」だ。同店を運営する鈴木真和さんと和洋さんは、震災後の津波で店を流された。その後、同じような境遇の寿司職人とともに「流され寿司」を名乗り、各地のイベントや会合に赴き、腕を振るってきた。「気仙沼新富寿し」の鈴木兄弟が店舗を復活するにあたり、求めたのは「店のロゴ」だった。そこで仲立ちとなったのが、イノベーション東北だった。東京に住むデザイナー、小野木(おのぎ)雄が手を挙げ、「気仙沼新富寿し」のロゴを作ることになった。

 「デザイナーの小野木さんも、『直後には東北に入れなかったが、なんとかしたい』という気持ちをお持ちでした。そこでマッチングしたのです。それまで、鈴木さん兄弟はITにはあまりお詳しくありませんでした。ビデオ会議もしたことはなかったそうなのですが、iPadを持って、頻繁に会議をしました」(松岡)

 2014年、新しく生まれ変わった気仙沼新富寿しの中央には、こうやって作られたロゴが、飾られている。

被災地を「手伝う」のではなく「お互いのため」

 一方で、Googleの想定とは違っていた部分もある。

 「最初は新富寿しの例に近いものがメインと想定していたんです。しかし、もっと違うものが求められていました」松岡はそう話す。

 イノベーション東北には、デザイナーのように、ある意味特別な技能を持つ人々も多く参加しているが、特に、中小企業診断士の資格を持つ人々が目立つ。東北から求められていたのも、「ECサイトはどう運営したらいいのか」「町外から人を集めるにはどうしたらいいのか」という経営課題に近い問題についての質問だったのだ。

 「無料で提供する枠組みの中では経営戦略を解決しよう、という話までは想定しておらず、驚きでした」と松岡は言う。

 そもそも、問題がひとつあった。現地の人々のニーズも明確になっていなかった、ということだ。手助けはありがたい、と彼らも考えているのだが、なにをどう解決すべきなのかが見えてくるまでには時間がかかった。

 「夜も飲みながらお話しました。飲みながらだと、日中は出てこないものも出てくるんですよね」

 松岡は、笑いながらそう話す。こうした活動のために、彼女は月の半分を東北で過ごすようになっていた。東京と東北を往復して過ごすうち、累計での移動距離は地球5周分、約22万kmにも達していた。そうやって地道にニーズを拾い上げ、マッチングしていくことで、イノベーション東北のサイト上には事例が蓄積されていく。

 「マッチングといっても、最初はなにをするかわからないし、どんな人が来るかわからない、という不安もありました。しかし、事例が集まり始めると、それも変わってきました」(松岡)

 そこでは、他の地域から東北を支援するサポーター側の意識改革も重要だった。

 当初のマッチングの場には、Googleの担当者も同席し、コーディネーションをとるようにしていた。ややもすると、サポートする側が「なにかをしてあげる」ような感じになるからだ。

 しかし、実際に進めていくと、そうした状況は変わっていく。

 「なぜなら、東北の事業者と働くことで、サポーター側にも、東京では見つからない発見や気づきがあることがわかってくるからです」(松岡)

 最初は「お手伝いしたい」という気持ちでやってくる人々も、実際に働くとまた違った見方になってくる。都心の大企業で働いている人々でも、普段「自分が持つスキルが生きていない」と感じるときはある。中小企業診断士の資格はその一つだ。それを実践の場で生かすことで、「手伝う」のではなく、自分たちにも知見や経験が残っていく。すなわち、「お互いのため」に動く関係が出来上がっていくのだ。

 そうやって、インターネットが人と人との関係をつなげ、仕事の場を作っていく。それが実証されたことが、「イノベーション東北の最大の価値だった」と松岡は言う。

イノベーション東北は2013年5月の開始から2016年3月までに、369の事業者や自治体と、1971名のサポーターが参加登録。その結果、448のプロジェクトに対し、1854件のマッチングを実施した

 今回の知見は、イノベーション東北のチームに別の見方ももたらしている。

 「震災によって東北は、ほかの地域が抱える課題を、10年・20年先に体験したのではないかと思うのです。東北で起きた課題は、きっと地域でも、ゆっくりと起きます」松岡はそう話す。

 地域の人口が減り、人のつながりが減る。結果、産業が弱くなり、地域の力が失われる。東日本大震災の被災地は、災害によってその状況をいきなり体験することになった。だが、人口減少と地方の空洞化が進行している日本において、その状況は「いきなり起きた」か「十数年かけて起きることか」の違いでしかない。

 他の地域からの知見をいかに生かすか、そして、人や産業をいかに呼び込むか。東北が直面している課題は、日本の課題でもある。

イノベーション東北の取り組みを全国に展開。「日本全国の地域を元気にするプロジェクトを応援する力」になることを期待しているという

 3月7日、Googleは、イノベーション東北の取り組みを、東北地方に限らず、全国に拡大すると発表した。イノベーション東北では、360以上の企業・自治体が1970人以上のサポーターとつながり、440以上のプロジェクトが運営されている。「ビジネス価値のマッチング」という発想を、東北だけでなく「日本の力」にする動きが始まっている。


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