Control Processorは完成したが
Address/Data Processorが完成せず
そのACRI-1であるが、内部構成は下の画像のとおりである。Address ProcessorとData Processorの両方を制御するControl Processorを追加することで、効率的に稼動させる狙いである。
画像の出典は“Decoupled Architectures for Complexity-Effective General Purpose Processors”。
これはControlもDecoupleの対象になるということで、DCAR(Decoupled Control/Access/Execute)と呼ばれている。
Address ProcessorとData ProcessorはそれぞれIFE(Instruction Fetch Engine)とIFB(Instruction Fetch Block)を搭載しており、Control Processorが各々に対する命令制御を行なう形だ。
文献を読む限りは、命令のフェッチそのものはメモリーから直接IFEが取り込む形で、Control ProcessorはそのIFEに対して「次の命令を取り込むか」といった制御のみをIFB経由で行なっていたようだ。
ちなみに条件分岐などは未サポートで、有効な命令のみを実行する(つまり投機実行はサポートしない)というのは、時代を考えれば無難なところか。
さて、ACRI-1のプロセッサーであるが、まずControl ProcessorにはDECのAlpha AXP 21064が採用されることになった。これはもともとJacques Stern氏がBullの時代にCRAYやDECと関係を深めていたという事情がからんでいるらしい。
DECのAlpha AXP 21064については連載291回で説明したので詳細は割愛するが、当時としてはわりと高速な部類に属した。幸いなことにDECからはCPUだけでなくOSも利用できた。
DECがAlpha向けに提供したDEC OSF/1に、Address Processor/Data Processorをサポートするようなカスタマイズを加えたバージョンがACRI-1用に用意されたが、これもStern氏とDECの結びつきがあっての話だったのだろう。
問題はAddress ProcessorとData Processorである。当初、ACRIはこれをECL(エミッタ結合論理)もしくはGaAs(ガリウム砒素)で製造したMIPSベースのコアで実装することを考えていたが、そもそもAlpha AXP 21064が64bitプロセッサーなので、Address Processor/Data ProcessorはMIPS 64をベースに開発しようと考えていたようだ。
ただ当時のMIPSはまだSGI傘下にあり、ECLベースのMIPS64コアといえばR10000~R16000(R18000はキャンセル)系列ということになるが、これをカスタム可能な形で出すことは拒否した。SGIのハイパフォーマンス系列システムに使われる予定だったコアをカスタマイズしたいと言われても素直に了承できないのは当然である。
MIPSは32bit系列コアの提供を申し入れたらしいが、これはACRI側が拒否したようだ。結局ACRIは独自のコアを開発することになった。Address Processorはアドレス演算のみを行なうVILW風の命令セットを持つ構成、Data Processorはひたすら数値演算のみを行なう構成だったそうで、それならWeitekのFPUでも良かったのではないかとすら思える。
Address ProcessorとData ProcessorはMotorolaのECLプロセスを使って製造され、SNI(Siemens Nixdorf Informationssysteme:現在はFujitsu Siemens ComputersとWincor Nixdorfに分離してしまった)のパッケージを利用するはずだった。はずだった、というのはこのパッケージの提供をSNIが1995年に中止してしまったからだ。
一方、メモリーコントローラーやその他の周辺回路はTIのBiCMOS ICを使って構築され、これとプロセッサーをつなぐインターコネクト(8×8のクロスバースイッチ)はVitesse Semiconductor(現在はMicrosemi Corporationの子会社)のGaAsベースの高速スイッチで構築された。された、というか「されるはずだった」というところか。
このように開発に紆余曲折があってなかなか進まなかったものの、1994年の春に開催されたCeBITではマシンのモックアップを展示するなど、一応前進してはいた。
画像の出典は“The Dead Supercomputer SocietyのACRI”。
ただこのACRI-1は唐突な終わり方をする。150名が開発作業を行なうわけだから、経費はどんどん増えていく。1989年にはフランスおよびヨーロッパから公債を得ており、さらにプライベートファンドから資金を集めていた同社。1993~1994年にかけては、合計で8400万スイスフランを得ていた。
1993年の換算レートで言えば63億円ほどの金額になるが、これでは開発に全然足りなかった。1993年の終わりに監査が入り、1994年に結果が出されるが、その結果は「この先の活動を続けてゆくためにはさらに1億スイスフランの追加資金が必要」というものだった。
もちろん、そんな金額を急に用意できるわけもなく、1995年2月23日に破産してしまった。ACRIには、Control ProcessorのAlpha AXP 21064のみを実装したACRI-1の作りかけがあるだけで、Address ProcessorやData Processorが完成するのを待っている状態だったらしい。
なにが悪かったかといえば、いきなり100人超のエンジニアを雇ったというのは経費の点で無茶が多かった。基本的な実装方針が決定するまでの間、彼らは事実上遊んでいたようなものだったからだ。
インターネットアーカイブに、当時のエンジニアの何割かのリストが記されているが、明らかにプロセッサーの開発当初には不要な役職の方も何人か見られる。スタートアップの基本である「最初は小さく」を守らなかったがゆえの必然的な帰結かもしれない。

この連載の記事
- 第705回 メモリーに演算ユニットを内蔵した新興企業のEnCharge AI AIプロセッサーの昨今
- 第704回 自動運転に必要な車載チップを開発するフランスのVSORA AIプロセッサーの昨今
- 第703回 音声にターゲットを絞ったSyntiant AIプロセッサーの昨今
- 第702回 計52製品を発表したSapphire Rapidsの内部構造に新情報 インテル CPUロードマップ
- 第701回 性能が8倍に向上したデータセンター向けAPU「Instinct MI300」 AMD CPUロードマップ
- 第700回 インテルが10年先を見据えた最先端の半導体技術を発表 インテル CPUロードマップ
- 第699回 Foveros Directを2023年後半に出荷 インテル CPUロードマップ
- 第698回 ARA-2の開発を進める謎の会社Kinara AIプロセッサーの昨今
- 第697回 CPUとDSPを融合させたChimeraはまさに半導体のキメラだった AIプロセッサーの昨今
- 第696回 第4世代EPYCのGenoaとBergamoの違いはL3の容量 AMD CPUロードマップ
- 第695回 遅延が問題視されるSapphire Rapidsは今どうなっている? インテル CPUロードマップ
- この連載の一覧へ