情報はコピーをされることを望む「自己複製子」である
イギリスの進化生物学者であるリチャード・ドーキンスの名著「利己的な遺伝子」は、出版からおよそ40年が経つけれども、遺伝子という生命体の情報を「自己複製子」と呼んだ彼の主張は、今回の考察にもそのまま当てはまる。
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イギリスの進化生物学者リチャード・ドーキンスが1976年に上梓した「利己的な遺伝子」(紀伊國屋書店)。人間を含めた生物を「遺伝子のヴィークル(乗り物)」としてとらえた画期的考察 |
“情報”は自ら進んで複製されることを望む意思を持った存在ではないが、あたかもそんな主体的な戦略をとっているのではないかと見紛うかのごとく、身体から身体へと(遺伝子の場合は親から子へ、そして孫へ……)自己をコピーし続けていく。情報は誰かから誰かに、どこかからどこかに、常に受け渡されていくべく、運命づけられていると言っていい。
ドーキンスが「利己的な遺伝子」の中でややおまけ的に言及したのが、まるで遺伝子のように人々の脳から脳へ、心から心へ伝達されていく文化情報の単位「ミーム」である。ミームはドーキンスに触発されたほかの研究者たちにも即座に波及し(まさにミーム!)、いまや「ミーム学」などという学問も確立しているくらいである。
昨今のソーシャルメディアでの情報拡散を前提としたバイラルメディアなどは、まさにミームの激烈な覇権争いであり、「人間はどこかに情報を溜め込んだり、堰き止めておくことはできない」という本稿の問題提起をまさに実証するものだ。
2013年2月2日に公開されたこのわけのわからない動画から一気に「HARLEM SHAKE」のムーブメントが世界中に拡がった。「複製」「拡散」「引用」されるインターネット・ミームの好例 |
“情報”はそれが有用なものであれ、無益なものであれ、そしてときには有害なものですら人から人へとコピーされる
“自己複製子”である。ドーキンスが「利己的な遺伝子」を出版したのは1976年だから、言うまでもなくインターネット誕生以前のことであり、インターネット登場以降、ミームが“学”という称号を冠するまでに考察の対象となったのは納得できる事態だ。
デジタル化された“情報”はいとも簡単に“複製”/“拡散”/“引用”される。しかし、この“複製”/“拡散”/“引用”というポジティブな響きは、同時に「盗用」「漏えい」「剽窃」というネガティブなものへと言い換えが可能なのである。
繰り返すようだが、「情報など漏えいしてもいい」とは決して思わない。筆者も含めて人に知られたくない情報は誰しもが持っている。しかし、これまで述べてきたような情報の根源的な性質を考えると、むしろ「情報をコピーしないでおく」ことのほうがいかに不自然なことかがわかっていただけるだろう。
“複製”/“拡散”/“引用”が容易であるということは、“盗用”/“漏えい”/“剽窃”も容易であるということであり、今後ますますこの区別は明確な境界を失っていくだろう。個人による作品や言説の自由なアップロード文化、ウェアラブル・コンピューターが牽引する身体情報産業の未来は、われわれが新たに抱え込んだジレンマなのだ。
著者紹介――高橋 幸治(たかはし こうじ)
編集者。日本大学芸術学部文芸学科卒業後、1992年、電通入社。CMプランナー/コピーライターとして活動したのち、1995年、アスキー入社。2001年から2007年まで「MacPower」編集長。2008年、独立。以降、「編集=情報デザイン」をコンセプトに編集長/クリエイティブディレクター/メディアプロデューサーとして企業のメディア戦略などを数多く手がける。現在、「エディターシップの可能性」をテーマにしたリアルメディアの立ち上げを画策中。本業のかたわら日本大学芸術学部文芸学科、横浜美術大学美術学部にて非常勤講師もつとめる。
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