新沼さんはどうやってリモートワークしている?
現在、新沼さんはモンスター・ラボのテクノロジストとして、複数事業部のプロジェクトのインフラ全般を見るという重責を担っている。「インフラエンジニアが社内にはほとんどいないんです。見積もりの段階で、要件定義に対して、どういった構成をすればよいのか、ランニングコストはどれくらいかなどを練っている」という立場だ。
現在は女子旅アプリ「vivo」の開発に携わっており、ここではAWSをフル活用している。「AWS Elastic Beanstalkを使って、開発、ステージング、本番をすぐに立ち上げられるようになっている。メインの開発はベトナムでやっているのですが、彼らはサーバーを触る必要もない。SSHはもう使わなくていいから、開発に専念してくださいと言ってます(笑)」とのことだ。
働き方もユニーク。まず作業環境に関しては「自宅の作業部屋にはMacとサブディスプレイ、リモートワークで大事なマイクを用意してあります。会社以上に動かないで仕事をやるので、腰痛にならないよう、イスにはお金をかけました」といった具合に整備。9時半の始業時にはHangoutを使って、東京のオフィスと島根拠点、鹿児島、熊本、富山などのリモートワーカーが同じ画面を共有し、朝礼を迎えるという。
以降、夕方の18時半の終業まで、鹿児島の自宅を拠点に東京、アジア各国のメンバーとプロジェクトを回す。「日本のメンバーだけではなく、ベトナムや中国の成都のメンバー。Skypeでやりとりしたり、英語でメッセージ飛ばしながら仕事している」(新沼さん)とのこと。こうした働き方ができるのも、モンスター・ラボでは社内じゃないと見られない情報がほとんどなく、アプリケーションもSalesforceやChatWork、Slack、GitHub、DropBoxなどのクラウドサービスが使われているからだという。
同僚から「よくリモートで仕事できるね」と聞かれる新沼さんだが、実際最初の数ヶ月は大変だった。「9時半にスイッチを入れて、始業するのが大変だったので、30分くらい近所を歩いて疑似通勤してました。それでも、仕事を終わらせるタイミングがつかめず、ずーっと仕事していた」と新沼さんは振り返る。しかし、最近は疑似通勤なしでもきちんと始業タイミングにスイッチが入り、終業の際には日常生活に戻れるようになったという。「業務時間が終わったら、スーパーに買い物行ったり、ジム行ったり、家族とご飯食べたりして、時間のメリハリを決めることを意識しています」というのが新沼流リモートワークのコツのようだ。
鹿児島でもクラウドの波はゆっくり来る
さて、めでたくAWSを仕事にした新沼さんにとって、コミュニティ、JAWS-UGとはどんな存在なのだろうか? 「商売というよりは、楽しもうという意識がすごく感じられる集まりだと思う。アイデアなり、技術なりあれば、誰でもスターになれる場なので、大串肇(メガネ)さんみたいに個性的な人ほど表に出やすい」と語る。また、学習コストが大幅に下がっているため、手軽に学べるというのも大きい。「僕みたいに業務で使えなかった人が学ぼうとするときに、JAWS-UGでは勉強しやすい」と新沼さんは語る。
とはいえ、鹿児島のコミュニティ活動も決して楽ではない。大手の仕事を小さなSIerが穫りあっているという状態は他の地方都市と同じで、AWSを積極的に使うような案件も少ないというのが鹿児島の実態。「アプリケーション開発していれば、お金をもらえるのであれば、インフラをやる必要もない。勉強会でインフラを学ぼうという人は決して多くない」と新沼さんは語る。
しかし、クラウドが台頭し、大手での導入が増えると、中小企業も変わらざるを得ない。「福岡のCloud Daysの基調講演で聞いたところ、クラウド使っている人は半分もいなかった。そろそろ知らなきゃまずいという危機意識を持った中小企業の人たちがけっこう来ていたんじゃないかと思っている」と新沼さんの私見を語る。
最近ではオンライン教育のschooでAWSの講師をしたり、友人からのアプリ開発依頼に対して真面目に対応しているという新沼さん。「どんどん新しいことにチャレンジするエンジニアになりたいし、そのチャンスをもらえている」と語る。リモートワークという新しい働き方、迅速な開発環境のデプロイ、鹿児島という地方都市でのコミュニティの育成など、新しいチャレンジがこれからも見られそうだ。8月1日には【Re:Boot】JAWS-UG鹿児島勉強会Vol.5のハンズオンが行なわれるので、興味がある方はぜひ会場に足を運んでいただきたい。
鹿児島行ったらやっぱり「仙巌園」行かなきゃ!
今回、取材場所としての利用をご快諾いただいた「仙巌園(せんがんえん)」は鹿児島を代表する観光地。万治元(1658)年、19代島津光久によって築かれた別邸である仙巌園は、錦江湾や桜島を庭園の景観にとりいれた雄大な景色が最大の魅力で、幕末の名君である28代島津斉彬がこよなく愛し、徳川将軍家に嫁いだ篤姫も足を運んだという。敷地内には、島津斉彬によって始められた集成館事業を今に伝える「尚古集成館」もあり、薩摩切子の光で照らされた反射炉模型や四斤山砲(弥助砲)の現物展示には、歴史好きも必ず満足できるはず。2015年7月5日には世界文化遺産への登録が決定したとのことで、鹿児島にお越しの際はぜひお寄りいただきたい。
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