日本酒「獺祭(だっさい)」の製造元である山口県の旭酒造では、獺祭の原料となる酒造好適米(酒米)「山田錦」の調達安定化を目的として、今年4月から富士通の食・農クラウド「Akisai」を活用した取り組みを始めた。山田錦の栽培ノウハウを蓄積、生産者間で共有することで、生産拡大や安定調達の実現を目指す。
両社では、今年4月より山田錦を生産する山口県内の2生産者において、Akisaiの農業生産管理SaaSと、土壌/温湿度センサーやカメラを一体化させた「マルチセンシングネットワーク」を導入した。現在、山田錦の栽培における作業実績や圃場(田んぼ)の各種環境データを収集/蓄積しており、今秋(10月頃)の収穫後にデータを分析して、栽培成績の良かった作業実績を“ベストプラクティス”として活用していく方針だ。
獺祭を増産するために“米余りの中の米不足”解消を
両社は8月4日、共同で記者発表会を開催した。富士通からは執行役員の廣野充俊氏とイノベーションビジネス本部 Akisai ビジネス部 シニアディレクターの山崎富弘氏が、旭酒造からは代表取締役社長の桜井博志氏が出席した。
旭酒造の桜井氏は、同社の獺祭と山田錦の関係、そして現状の課題について説明した。
獺祭は近年、国内だけでなく海外でも人気を集めるブランドになっており、同社の年間日本酒出荷量も「毎年2ケタ以上の伸びとなっている」(桜井氏)。具体的には、2009年には3109石※だった出荷量が、昨年2013年には1万1307石にまで増えた。
(※ 石(こく)は日本酒の量を示す単位。1石は一升瓶100本に相当する)
このように需要自体は旺盛であるにもかかわらず、今年の生産量は昨年と同じ程度(1万1300石)にとどまるという。桜井氏はその原因を、原料である山田錦の不足にあると説明した。獺祭の需要を満たすため、本来は8万俵の山田錦が必要だったが、調達できたのは半分の4万俵だったからだ。さらに、同社は製造能力を高めるために新しい本倉を建設中である。来年5月に稼働すると、現在の3倍にあたる約5万石の製造能力が得られるが、そのためにはおよそ20万俵の山田錦が必要となるという。
山田錦の生産量は、近年では主産地である兵庫県でも20~30万俵程度、全国合計でも40万俵に満たない生産量にまで減っているという。そのため、米の生産者に対して山田錦の増産を支援し、安定的な調達を実現することが、旭酒造として重要な課題になっていると、桜井氏は説明した。
「旭酒造では山田錦しか使っておらず、山田錦ならばいくらでも欲しいと思っている。しかし、不足している米であるにもかかわらず、生産が増加していない」(桜井氏)
クラウドにベストプラクティスを蓄積、新規生産者を支援
山田錦は高級米として取引されており、酒米は政府の減反政策からも除外されているため、本来、米生産者にとっても所得増加につながるはずの品種である。それでも生産量が増加しない原因について、桜井氏は「従来と異なる品種を栽培することへの不安感がある」と説明する。山田錦は背丈が高い品種で、栽培中に稲が倒れやすいため、作りにくいのではないかと考える農家が多いという。
富士通の山崎氏も「生産者にとって、新しい品種の栽培は“リスキー”」だと語り、Akisaiで蓄積、分析した山田錦の栽培ノウハウを共有することで、新規生産者の参入と生産開始を後押しすることが狙いだと述べた。また、生産者が持つノウハウの、次世代への継承にもつながると考えている。
富士通では、今年第3四半期にAkisaiの機能拡張を予定しており、今回の旭酒造との取り組みにおいても「栽培暦(さいばいごよみ)」が活用される予定だ。これは、実績データに基づく「栽培マニュアルのようなもの」(山崎氏)で、カレンダー形式で各時期にどのような作業をすべきかを示す機能だ。
今後両社では、旭酒造が実施している「山田錦栽培勉強会」などの場を通じて生産者にこの取り組みをアピールしていく。山崎氏は「各地のJAや農業試験場なども巻き込んでいきたい」とも語った。また桜井氏は、最近では日本の気候変動(温暖化)によって山田錦の栽培適地も拡大していることから、新潟県など他の地域での生産量拡大にもこの取り組みを生かしていきたいと話した。