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編集者の眼第48回

ウィキペディアは衰退しているのか、いないのか

2014年01月14日 08時08分更新

文●中野克平/アスキークラウド編集部

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 全世界でパソコンが売れていない。調査会社のガートナーによれば、2013年の出荷台数は前年比で約90%。過去最悪の減少率になったという。JEITAの統計でも、2013年4~9月の国内出荷台数は前年同期比で約91%となっていて、全世界の傾向とほぼ同じだ。ただし、4月から「XP移行特需」が本格化した11月までに範囲を広げて見ると興味深い。デスクトップ全体では前年比108%だが、オールインワンでは83%、デスクトップ単体では同131%で、家庭向けと見られるオールインワンは減ったが、ヘビーユーザーや企業向けと見られるデスクトップ単体では3割伸びたのだ。ノート型も全体では70%だが、モバイルノートは同103%、A4その他では92%で、ヘビーユーザー向けと見られるモバイルノートは微増で、家庭やオフィスの作業用と見られる中・大型ノートは1割減った

 ものごとにはいろいろな側面がある。「パソコンが売れてない」と聞けば「タブレットで十分。時代に取り残されたパソコンメーカーは滅びて当然」と訳知り顔をする人が現れるが、一段細かく見るだけで、伸びている分野も激減している分野もあることがわかる。伸びている分野は、今後もパソコンを使い続けるという利用者の意思表明とも捉えられる。

 ウィキペディアの衰退に関する議論も同じことだ。「Wikipediaが岐路に立っている?」というイタリア語版WIREDの日本語訳が公開されたのは昨年11月27日。ライブドアニュースなどに配信され、1月13日現在、281いいね!、431ツイート、130はてブを獲得している。

アスキークラウド2013年2月号

アスキークラウド2013年2月号

 実は話題になった時期、アスキークラウドはWIREDの記事でも紹介されている「Wikipediaの衰退(The Decline of Wikipedia)」の記事を掲載した米MIT Technology Review誌と、翻訳版について交渉していた。翻訳記事なので、アスキークラウド2月号の表紙では「ウィキペディアの衰退」、記事のタイトルは「落ち目のウィキペディア」と記載したが、実は英語の記事をよく読むと「衰退した」とは書いていない。オンラインメディアがセンセーショナルに取りあげた内容と、記事の内容はだいぶ異なるのだ。男性ばかりの官僚体質で新人を寄せ付けず、興味が偏っていて書き込みが減っており、膨大な記事のメンテナンスに力を削がれているとは書いてあるが、そもそもウィキペディア創設者のジミー・ウェールズ自身は、

ジミー・ウェールズ(中略)は、ウィキペディアの衰退をあっさりと否定している。(Jimmy Wales (…snip…) dismisses suggestions that the project will get worse.)

のだ。しかも、

USB規格の記事を見てほしい。本当に素晴らしい内容だ。テクノロジー好きのコミュニティーであるウィキペディアンの本領が発揮されている。(When you look at the article on the USB standard, you see it is really amazing and core to our competency as a tech geek community,)

とまで言っている。つまり、ウィキペディアは初めから英語圏のパソコンオタクの集まり。(欧米諸国が領有権を争ったことのある)南極については詳しいのにサハラ以南のアフリカ各地域は書きかけが多く、ポルノ女優の項目は詳細でも女性小説家に関しての項目は概略しかない、という批判は「だから何? 初めからそうだけど?」ということでしかない。

Wikipedia創設者のジミー・ウェールズ

Wikipedia創設者のジミー・ウェールズ

 では、原題のThe Decline of Wikipediaは、ウィキペディアの何を「衰退(Decline)」だと言っているのか? 明言はされていないが、恐らく、ウィキペディアの登場を歓迎し、編集に協力する人が多数現れ、それを善とする空気が廃れてきたことを「衰退」と言っているのだ。

 自宅にパソコンは必要ないと気付いてしまった人、パソコンは維持費が高いと知ってしまった会社は、もうキーボードとマウスの付いたパソコンは買わない。強調文字を「’’’太字’’’」、リンクを「[[リンク先|ラベル文字]]」のように記述するwiki記法は、キーボードがなければまず入力できない。お年玉でタブレットを初めて買った中学生は、検索の結果ウィキペディアに行き着くかもしれないが、「質量ともに史上最大の百科事典を、共同作業で創り上げる」というウィキペディアの目的に賛同することはないだろう。そんなことは、2014年にもなって、キーボードやマウスでパソコンを操作しているオジサンたちがすればいいのだ。それよりも、LINEで先生の悪口を言い、Twitterでエッチな写真を見てはしゃぎ、Facebookで大人の世界をのぞき見た方がよっぽど楽しい。

 メンバーが男性ばかりで、難解なルールを持ち出して物事を解決しようとする。いまだにパソコンを使っていて、キーボードで文字を打っている。多くの企業のWebマーケティング担当部署はウィキペディアのように衰退している。「社内のパソコン好き」がホームページ担当に任命されて始まった企業サイトは、PCが廃れ始めた今でもPC版中心に作られていることが多い。コーポレートサイトのトップページに事業部ごとの担当面積を定めてしまった(ピクセル数で現すそうだ)ために、スマホサイトには移行できない企業があるとも聞く。Webマーケティング担当者がルールにうるさい男性社員だらけで、新入社員にサイト開設時の苦労話や細かなガイドラインばかり教えているなら、それこそウィキペディアの衰退と同じ話だ。

 PCの利用者が減る、ということはPCサイトのアクセスも減る。「スマホ、タブレットにも対応」ではなく、グーグル検索の着地ページとしてのスマホサイト、日常的な接点としてのフェイスブックページ、特定ニーズを的確に自社に誘導する手段としてのアプリなど、やらないといけないことはたくさんある。「ウィキペディアの衰退」は、そういう段階に達したWebの一場面を描いた記事として読むと、我がことに感じられ、背筋が凍る思いがした。

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