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編集者の眼第36回

世界を変える方法は山川の教科書に書いてある (2/2)

2012年02月21日 11時00分更新

文●中野克平/Web Professional編集部

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すべてのビジネス戦略は需要と供給で考えられる

 縦軸に価格、横軸に数量を置いた需要曲線と供給曲線のグラフは誰でも見たことがあるだろう。高ければ欲しくないが、安ければ買いたくなるので需要曲線は右肩下がり、高ければ売りたいが、安ければ売りたくないので供給曲線は右肩上がりに描かれる。商品・サービスの価格は、消費者の買いたい金額と生産者の売りたい金額が交差する点で決まる、というのが価格決定メカニズムの概略だ。

 しかし、商品・サービスを提供するのは生産者なので、多くの消費者が欲しいのに生産者が少なければ価格は不当に高くなってしまう。市場メカニズムで価格が安定するには生産者が市場を独占していないことが条件になる。教科書的には市場の独占は悪であり、独占禁止法、公正取引委員会による市場のコントロールが善である。とはいえ、ビジネス誌を読めば、あるジャンルをほぼ独占することで高収益を得る企業がヒーローのように扱われている。企業側の理屈でいえば、法に触れない範囲で独占を志向するのが正しい姿勢と思っていいだろう。

 需要・供給分析は、ほとんどあらゆるビジネス戦略の基礎になるので、例をあげればきりがないが、マイクロソフトとアップルのOS事業の戦略の違いを説明してみよう。マイクロソフトはPC用OSの独占的生産者だ。OSを売る相手はPCメーカーなので、なるべく多くのPCメーカーが、WindowsというただひとつのOSを求める状態であればマイクロソフトが自由にOSの価格を決定できる。数多くのPC互換機のメーカーが、似たり寄ったりの製品を作りつづけてくれることが、マイクロソフトの存続につながる。

 一方、アップルはMac OSというOSと、MacというPCとは別のパソコンの生産者だ。Macを売る相手は一般消費者なので、なるべく多くのユーザーが、Macというただひとつのパソコンを求める状態であれば、アップルが自由にパソコンの価格を決定できる。スティーブ・ジョブズがCEOに復帰し、Mac互換機をやめてデザイン性に富んだ製品ラインアップに切り換えたのは、とても当たり前のことだ。MacやiPhoneでアップルが類似品メーカーに厳しい態度を取り、似たり寄ったりの製品を作らせないのはマイクロソフトと対照的だ。こう考えると、アップルが苦境のとき、マイクロソフトのようにOSを他社に開放しろ、といっていた経営コンサルタントの程度はどうだったのか、かなり疑問である。

ビジネス書を読む前に教科書を読もう

 教科書や教育行政は政治運動のターゲットになりやすい。それに「教科書に書いてあることは全部ウソ」なんて言えたらちょっとカッコイイ。とはいえ、文科省の役人や大勢の学者が集まって作った教科書が全部嘘で「ごく一部の評論家や知識人だけが本当のことを言っている」というのはどうにも胡散臭い。歴史を学べば、命をかけて闘争した人の結末、勝ち抜いた人の主張の巧みさが学べる。世界を変えるために何十冊もビジネス書を読んで起業したり、「日本の教育行政を変えると日本を再生できる」という主張にうなずいたりする前に、歴史の教科書からパターンを読み取り、いまある自分の仕事に活かせばいいのに、と思って書いてみた。Web Professionalにはほとんど関係のない話でごめんなさい。

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