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まつもとあつしの「メディア維新を行く」 第32回

サンライズ尾崎雅之氏インタビュー(中編)

TIGER & BUNNYの育て方を尾崎Pに聞く

2012年07月17日 09時00分更新

文● まつもとあつし

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TV2期ではなく劇場版を選んだ理由は
「社会人の視聴者が疲弊してしまう」から

―― 劇場からのTweetも拝見していましたが、女性が多かったようですね。

尾崎 「イベントへの参加は8割以上が女性ですね」

―― それで先ほどの黄色い歓声にも繋がっていく。

尾崎 「一方で、フィギュアやブルーレイディスク等の購買層は男性の方が多いイメージです。男女で、反応するポイントがちょっとずつ違う、ということはあるでしょう。多様な楽しみ方があるんだろうなと捉えています」

―― そう思えるのも、企画立ち上げからの3~4年間でお話の骨子をしっかり作り込んだからこそ、ですね。

尾崎 「はい。劇場版も、ストーリーを重視してドラマを楽しんでもらおうという方法論に変わりはありません。その上で虎徹とバーナビーの関係に想像を膨らませてもらえれば。そして、一般層の開拓をさらに進めて次の展開を、と考えています」

―― テレビシリーズの2期目ではなく、劇場版を選択したのはなぜですか?

尾崎 「ファン層の更なる拡大とコンテンツとしての地盤固めがしたかったからです。それに加えて、一般のライトな社会人は深夜アニメにそう長くは付き合えない気がするんです。

 今回のテレビシリーズだけでも全25話、パッケージは9巻あるんです。この状況ですぐにTV2期目をやりますと言われたら、喜んで下さるコアなファンの方々も当然いらっしゃるでしょうけど、そうでない方は『もう一度、25話付き合わないといけないの!?』と思ってしまいかねません」

―― ゴールしたと思ったら、もう1回フルマラソンを走らされるのか、みたいな感じですね(笑)。

「今回はUstreamでのリアルタイム視聴までありましたから、社会人には過酷な“マラソン”だったと思います。最終回のライブビューイベントはそんな方々への御礼を述べる場でもありました」

尾崎 「食い足りないくらいが丁度良い気もしてまして。実際、海外の連続ドラマものでも、ファーストシーズンの好評を受けて2期を作ると、セールスが急に落ちたりします。これは視聴者が疲弊してしまったのだろうと。

 ですから、間髪入れずにシリーズを作り続けることには、(ビジネスとしては良くても)抵抗があったのです。『焼畑農業はしたくない』といいますか。

 いずれにしても、劇場版でワンクッション置くことによって、テレビシリーズを楽しんでくれた人も楽しめるし、新規ファンも参加できるような仕組みを考えています」

オリジナルだからこそ可能な「商品化」

―― ここまでウィンドウ展開について詳しくお話を伺ってきました。では作品へのグッドウィルが高まることによって、従来、主なリクープ手段だった商品化についてもより強力な展開が可能になったと見てよいのでしょうか?

尾崎 「もちろん最初から全部計算していたわけではありませんが、前提として『TIGER & BUNNY』はサンライズ自身が原作者であり、サンライズを含めた製作委員会が著作権を保有してます。言い方を変えると、クリエイターやスタッフ、関係者への配慮と意思疎通をしっかり行っていれば、機動的にどんな展開でもできる

 原作を預かっている場合だとこうはいきません。都度それなりに時間をかけて、原作者や原作出版社の許諾を得る必要がありますから。

 もちろん、漫画などのアニメ化にあたってその制作のみを請け負って、受注予算内で制作することで利益を確保し――これを制作利益と僕らは呼んでいます――、日々営んでいくモデルも当然あるわけですが……サンライズは制作利益で経営しているわけじゃない。むしろ、クオリティを追求するあまり確保しきれなかった制作利益を、作品の二次展開による収入で補填している。作品力のなせるわざです。

 『TIGER & BUNNY』に限らず、サンライズのオリジナル作品の考え方としては、無から有を生み出して、それを二次展開させるというものです。そうしてリクープした原資を、次の作品に投下していく。

 このサイクルで30年以上存続し続けているところが、他のアニメプロダクションと決定的に異なる点ですね。『TIGER & BUNNY』の場合も、日本のみならず、ワールドワイドでの二次利用も想定して進めていました」

―― しかし今回は、Ustream配信をはじめとして、“4クール(1年間)テレビ放映して玩具で回収する”ようなわかりやすい方法とはまったく異なる展開ですよね。商品化との組み合わせは、実際どのように考えておられたのでしょうか?

尾崎 「ご指摘の通り、ウィンドウ展開はフォーマットに沿ったものではありませんでした。

 従来であれば、例えばあるコミックをアニメ化した場合、テレビ放送から数ヵ月後にビデオグラム化が始まり、配信も並行しつつ、ほぼ同時にグッズと出版も……という展開です。そして国内放送から1、2年後に海外展開が始まります。まず北米を攻めて、北米でヒットしたらヨーロッパで配信。並行してアジアもそこそこのマーケットになる。こうしたウィンドウ展開が一般的なフォーマットだったのですが、この2、3年でそれが劇的に崩れてきました」

―― そうですね。

尾崎 「実際、『TIGER & BUNNY』も、映像を最初から米英豪仏で同時配信しました。サンライズが映像制作会社である限り、まずストーリー=映像を観てもらってナンボなので、たぶん今後もこの基本方針(映像ありき)はブレないでしょう。そしてストーリーとキャラクターを好きになってもらった上で、商品購入など次の展開に移ってもらえればと。

 現在は、展開の順番を手探りで考えている状態です。本来、ウィンドウ展開は作品の特性あるいは時代に応じて変わるものですから。僕自身、次の作品を手がけるときは、また違うやり方をすると思うんですよ。そういった意味で、もはや定石は無いということを、認識しておく必要があるでしょう」

―― 定石が無いからこそ、(自社が主導権をもって自由にウィンドウ展開を決められる)オリジナルであることが、さらに生きてくる。

尾崎 「そうですね。

 まず映像を観ていただく必要がある。そこを最大に拡げるために(今回はUstreamを利用して)同時展開で地域・国境を越えました。かつ、テレビ放送とネット配信も同時展開したわけです。

 本当は、2011年4月の放送開始と同時に商品化もやりたかったんですよ。これができるのはグループ内に玩具メーカーとゲームメーカーがあるバンダイナムコグループならではの強みです。こういった垂直立ち上げの代表例は、仮面ライダーシリーズやスーパー戦隊シリーズ。映像制作と変身ベルト玩具制作を同時に進めて、番組開始と同じ日に変身ベルトも――」

―― 玩具店さんに並んでいる。

尾崎 「『TIGER & BUNNY』でもやりたかったんですけど、震災があったり、もっと言うと、やはり“アニメでオリジナルのヒーロー物”という、開発担当者の理解を得られづらい素材であったが故に、なかなか商品を作るというリスクを取る判断まで持っていけなかったんです。

 そこは『もうちょっとやれたかな』と思う部分も正直あります。ただ、『TIGER & BUNNY』に関しては、商品との同時展開こそできなかったものの、映像が国境も媒体も超えて爆発的に浸透したので、後追いで物凄い数の商品化提案が届いており、捌ききれない状況です(笑)。

 そして、じつはマーチャンダイズ展開における僕の目標の1つってプラモデル化だったんです。やっぱりバンダイナムコグループで取り組むわけですからね。これがようやく2012年6月に実現しました。ワイルドタイガーのプラモデルが静岡のガンプラ工場でついに生産されます! 商品化における目標=極みといえるプラモデルにまでなったというのは、大きな出来事なんですよ」

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―― 『TIGER & BUNNY』のヒットで“大人向けのヒーロー物”というジャンルが認知され、早くも次のバリエーションが求められているような状況ですよね。初代の仮面ライダーにしても、当時のスタッフはこれが21世紀まで続くシリーズになるとは思ってもいなかったであろうことを考えると、今まさに『TIGER & BUNNY』は“大人向けヒーローアニメ”という1つのフォーマットを築き上げつつあるのでは?

尾崎 「かもしれません。そしてフォーマットを作った作品と言えば、仮面ライダー、スーパー戦隊、ウルトラマン、そしてガンダムと、すべてシリーズ物ですからね。そう考えると、シリーズ物たりえる可能性のあるまったく新しいコンテンツが生まれたことは、でかい。

 バンダイナムコグループにおいて、サンライズは無から有を生み出す役割を宿命づけられている会社なんです。

 たとえ垂直立ち上げができなくても、作品が立ち上がりさえすれば、少々のタイムラグがあっても(バンダイナムコグループの)マネタイズなり、商品化するパワーには凄いものがあります。そういう意味では、順番はどうでもよいというか、臨機応変に考えて全然問題ないわけです(笑)」

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