自分が持つ「だめ」を認める
―― 自分がだめと否定していたものを認めるというのは、なかなか難しそうですね。
會川 そうなんですよね。結局、僕だって偏見から逃れられないわけだし。自分を認めるという行為には、段階があると思うんです。一度、自分が持つダメさと向き合わないといけないとは思うんですよね。
―― 自分のダメさと共生する。
會川 ああ、自分のこういうところがダメなんだ、自分にはこういうダメな部分があるんだと。自分が直面している己のダメさを認める。さっきの、僕が嫌だと思った業務形態の話だって、おかしいんじゃないかなと思う自分がいる。こういう業態に対して自分はこんなに拒否感を持つんだなという、そんな自分がいることは認めないといけない。「何にでも寛容な自分」でいたいけれども、決してそうはなれないんだなあと。
……僕は20代のころからよく批判されたのが、「あいつは17~18歳でデビューしているから人生経験がない。だから脚本が薄い」ということだったんです。
でも、人生経験なんて、生きていれば誰だって積むと思うんです。逆に言えば僕は、早い時期に業界に入ってずっと業界でガリガリやってきたんだから、じゃあその人生経験はないことになるの? じゃあ、中学のときから漫画家を目指して漫画以外のことをやってこなかった過去の偉大な漫画家さんたちはどうなの? と思います。
そういうことだと思います、本当に。僕は本当にそう思う。たとえば、一日中ゲームしていたからって、そのゲームしていたことが無駄になるわけじゃないし、ネットゲームにはまってそれが縁で結婚する人たちだって実際にはいるわけだし。
―― 経験にも上下はないと、思っていらっしゃる?
會川 だと思います。他人に迷惑をかけない限りは。ゲームをやってると云々みたいな、周囲が規定している「常識」は、時代によって簡単にひっくり返るものなんだと思いますし。第二次世界大戦後、日本の常識が全てひっくりかえったようにね。
安吾は、「堕落論」で「生きよ堕ちよ」と言っている。人が持っている欲望を「堕落」と称しているわけだけど、それは韜晦であって、本当は堕落だとは思ってはいないんですよね。むしろ軍国主義の時代に、お国のために身を犠牲にするとか、戦地に行った兵隊のために女房は忠節を誓うとか、そういう「誰かに作られた虚飾をはぎ取る」ことが堕落なんだと言っている。
つまり戦時中だったらこれは堕落といわれたことだろうけれど、それを我々は今しなければ生きることができない。ならば、むしろ本当の意味で「生きる」とは、かつて堕落と言われたことをすることなんだと。それが安吾の主張なんですね。それは僕も非常によく分かる。
今回、「UN-GO」というフィクションの中で、新十郎のようなブレのある主人公を出した。新十郎は、自分が人の罪を暴くことに関して、ある種自分自身を許せない部分はあるわけです。だからすごくブレてしまう。そして、フィクションだから、新十郎を救ってくれる存在として、因果や風守を横に置いたんです。
―― 主人公=視聴者だとすると、その上で受けとめてくれるような存在を出したということですか。
會川 そうなります。そうすることによって、たとえばアニメを見つつも日常では悩んだりブレたりするような、今を生きる若い人たちの気分に近づけるんじゃないかなと。
現実には因果も風守も君のそばにはいない、君のところの縫いぐるみはしゃべらないよとはっきり言った上で、だけどブレるのは悪いことじゃないし、だめなことは悪いことじゃない。人間なんだからブレるものであるとも言っておきたいんですね。
人はブレずに間違いのない答えが欲しい。だけどやっぱりそれはない。
ブレたり迷ったりしても、そこで自分の頭で考えることが大事で、考えることで、自分のだめなところも含めて自分を認められればいいんじゃないのって。新十郎のゴールは、ブレないことではなくて、ブレてしまう自分を許せるところにあるんです。
■著者経歴――渡辺由美子(わたなべ・ゆみこ)
1967年、愛知県生まれ。椙山女学園大学を卒業後、映画会社勤務を経てフリーライターに。アニメをフィールドにするカルチャー系ライターで、作品と受け手の関係に焦点を当てた記事を書く。日経ビジネスオンラインにて「アニメから見る時代の欲望」連載。著書に「ワタシの夫は理系クン」(NTT出版)ほか。
「UN-GO」DVD発売中!!
「UN-GO」DVD&Blu-ray Discは2012年1月27日より全4巻で発売。初回限定特典には、會川昇さん書き下ろしのドラマCDが収録される。シリーズ本編からは想像もつかないシュールなギャグ連発で、キャラクター、いや會川昇さんの新しい一面を体感できる。その他特典映像として、公式サイトで人気の「因果日記」、予告編、人物相関図、虎山レポート、インタビュー、イベント映像などが収録予定。
■Amazon.co.jpで購入
この連載の記事
-
第56回
アニメ
マンガ・アニメ業界のプロがガチトークするIMART2023の見どころ教えます -
第55回
アニメ
日本アニメだけで有料会員数1200万人突破した「クランチロール」が作る未来 -
第54回
アニメ
世界のアニメファンに配信とサービスを届けたい、クランチロールの戦略 -
第53回
アニメ
『水星の魔女』を世に送り出すうえで考えたこととは?――岡本拓也P -
第52回
アニメ
今描くべきガンダムとして「呪い」をテーマに据えた理由――『水星の魔女』岡本拓也P -
第51回
アニメ
NFTはマンガファンの「推し度」や「圧」を数値化する試みである!? -
第50回
アニメ
NFTで日本の漫画を売る理由は「マンガファンとデジタル好きは重なっているから」 -
第49回
アニメ
緒方恵美さんの覚悟「完売しても200万赤字。でも続けなきゃ滅ぶ」 -
第48回
アニメ
緒方恵美さん「逃げちゃダメだ」――コロナ禍によるライブエンタメ業界の危機を語る -
第47回
トピックス
『宝石の国』のヒットは幸運だが、それは技術と訓練と人の出会いの積み重ね -
第46回
トピックス
『宝石の国』が気持ちいいのは現実より「ちょっと早回し」だから - この連載の一覧へ