西田宗千佳氏が語る電子書籍プラットフォームの本質
展示会場では、単に“電子出版が始められる”といった展示ではなく“より効率がよく、市場への訴求力があるプラットフォームへの参加”を謳う内容に関係者の注目が集まっていたように感じられた。
『iPad vs. Kindle』などの著書で知られるITジャーナリストの西田宗千佳氏による、電子出版プラットフォームに関する講演も立ち見ができる盛況ぶりだったのが象徴的だ。ここではその内容をかいつまんでご紹介したい。
西田氏は、電子書籍プラットフォームの役割を、「書店としての販売機能」「書庫としてのクラウドプラットフォーム」「電子取次による仕入れ機能」の3つに分類し、スマートフォンやタブレット端末では、こういったプラットフォームが1つの端末に複数存在しうることが特徴だと解説する。それゆえに、今後はプラットフォーム間での相互互換性が重要だという。
さらに、西田氏は「日本では小規模な出版社でも本を出し続けることができるのは、パッケージ(原稿ではなく本の意)の製造や、流通、販売をアウトソースできるバリューチェーンが存在していたから」とする。特に、電子出版の時代においては「電子取次」の果たすべき役割は大きいという。
ただし、紙の書籍において取次事業者が果たしている擬似的な金融機能(書籍が納入されると一定の対価を先に出版社に支払うことで、出版社の経営を支えている)は、電子取次にあたる事業者にはない。したがって、これらは電子取次というよりも「電子書籍流通業」と呼ぶべきだと語った。
そんな中、懸念されるのは、電子書籍流通に関わるプレイヤー、つまり電子取次やそこに書籍コンテンツを提供する出版社の「当事者性」が欠如してしまうのではないかという点だ。
つまり、紙の書籍のような在庫やそれに伴う製造リスクが伴わない方向を志向すると、結果としてすでに存在する書籍データの再活用が中心になってしまう恐れがあると言うわけだ。それは、読者=電子書籍のユーザーが求める未来像ではないだろう。
また、「電子書籍は内容だけで評価されるわけではない」と西田氏。紙の書籍では本の中身や装丁が重視されたが、始まって間もない電子書籍の世界では「ビューワの出来や購入のしやすさ」も本への評価として重視されていると指摘する。こういった点も、取次に書籍をいわば預けるといった姿勢では見落としがちになってしまう。
このような状況の中で出版社や著者が、(リーダビリティーの良し悪しを握り、取次と書店を兼ねるが擬似的金融機能は持たない)電子書籍プラットフォームにすべてを委ねるのは適切ではない、と西田氏は言う。
明治以降、水平分業体制を取ることで、出版社や著者は本の中身のクオリティーを上げることに専念できたが、ようやく本格化の兆しをみせる電子書籍と向き合うには、従来の機能を超えた取り組みが必要だとして西田氏は講演を締めくくった。
また筆者は、7月8日に開催された専門セミナー「見えてきた、日本独自の電子出版のかたち」にも足を運んだ。日本型の電子出版プラットフォームの未来が語られたこの講演には、多くの出版業界関係者が耳を傾けていた。
2010年は、国産読書端末の相次ぐ登場に加え、出版業界内にさまざまな協議会・業界団体が設立されたことも特徴だったが、このセミナーはそのうちの1つ「電子出版制作・流通協議会」の主催で開かれている(関連記事)。
この協議会には大日本印刷・凸版印刷という国内大手2社が参加しており、実質的に国内の電子出版のデファクトを策定する場でもある。
Amazon、Appleをはじめとする海外勢がIT事業者を中心とした垂直統合モデル(電子出版物のコンテンツを除いたパッケージ制作*から販売までを1社が一括して行なう)に対し、日本では水平分業型のモデルが模索されている。つまり、出版社、印刷会社、取次、書店といった本を巡るプレイヤーが、電子書籍のバリューチェーンの中でも、それぞれの役割を持ち、事業を行える体制を目指しているのだ。
※この場合のパッケージ制作とは、DRMを施し、対応デバイスで購入し読める状態にすることを指す。
業界が“日本独自の出版文化を守る”ことを目指す一方、ユーザーにとって電子書籍がなかなか身近なものにならないという声も聞かれるなか、このセミナーでは今後の構想、そして課題が見え隠れするものとなった。これについては次回詳しく扱っていきたい。
電子書店の乱立への対応は?
日本独自の「水平分業体制」を電子出版にも適用しようとする各プレイヤー。出版社が本棚アプリを独自に展開したり、印刷会社が大型の電子書店を運営するなど、その動きが活発になっている。その結果、ユーザーから見ると電子書店が乱立しているように映るのもまた事実だ。
先に楽天・紀伊國屋といった販売事業者同士の連合を紹介したが、大日本印刷では、インプレスR&Dと共同で、「オープン本棚」を発表し、注目を集めていた。
目指すのは、「どの書店で購入した書籍も1つの本棚に並び、ユーザーが書店ごとの仕組みの違いを意識しなくてもよい」姿だ。
関連するアプリケーション群はオープンソースで提供し、他社の参加を促していく、という。
ソーシャルリーディング志向も
日本型の電子出版は水平分業型を目指している。その結果、Amazonとバーンズアンドノーブルの2社がしのぎを削る米国と異なり、日本では数多くの電子書店が乱立することになるのは間違いなさそうだ。
ユーザーにとっては、戸惑いも生まれるが、それを解決するために様々な取り組みが行われていることも確認できた。
水平分業の世界にあっては、前述した「オープン本棚」のような“クラウド上に存在する書庫同士の連携”が鍵を握る。
本連載でも繰り返し述べているように、クラウド上に蓄積される書籍の情報は、単なる商品情報を超えて、ユーザーの読書情報も含むものになっていくだろう。
角川グループは、BOOK☆WALKERとニコニコ動画の連携をすでに発表しているが、ブックフェア会場でも、「ソーシャル展開」を打ち出した展示がみられた。
2011年後半は、水平分業のコンセプトの元、どちらかと言えば出版業界側から構想された様々な取り組みが実を結ぶかどうか、つまり肝心のユーザーから支持されるかどうかが問われることになるだろう。その趨勢に引き続き注目していきたい。
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