わたくしにもその壁を乗り越える力を~ッ!
これがオタクの生きる道!「海月姫」監督に聞く【後編】
2011年02月26日 12時00分更新
(C)東村アキコ・講談社/海月姫製作委員会
アニメ「海月姫」、大森貴弘監督へのインタビュー。前編ではオタク的な考え方の後ろには「世間様」という幻想への恐怖感がある、という話を聞いた。続く後編では、「ノイタミナ枠」でのアニメの作り方、また監督のパーソナルな側面にスポットを当てる。
実は大森監督自身、一度アニメの仕事を辞めたことがある。だがその後、ある気づきを経てアニメの現場に戻ることになる。「一般人とオタクの間に、勝手な『壁』を作ってはいけない」と彼は言う。そのシンプルな一言に込められた意味をじっくりと聞いていく。
「海月姫」あらすじ
男子禁制のアパート「天水館」。そこには、筋金入りのオタク女子たちが暮らしていた。クラゲをこよなく愛する主人公・倉下月海、着物や人形などの和モノが好きな千絵子、三国志マニアのまやや、鉄道ヲタのばんばさん、枯れ専のジジ様。自らを「尼~ず」と呼ぶ彼女たちの、風変わりでマニアックながらも幸せな日々は、ある日現われた美しい女装男子・鯉淵蔵之介によって、少しずつ変化していく。オフィシャルサイトはこちら
大森貴弘監督
1965年生まれ。東京都出身。1984年スタジオディーンに入社。フリーのアニメーターを経て、実写映像制作のディレクターに転向。その後アニメーション制作に復帰し、「赤ちゃんと僕」で初監督。主な監督作に「地獄少女」「BACCANO! -バッカーノ!-」「夏目友人帳」「デュラララ!!」などがある。
海月姫は「寺内貫太郎一家」
―― 「海月姫」は、原作が女性向け作品ですね。大森監督は、「夏目友人帳」「デュラララ!!」などでも女性ファンを獲得していますが、女性層に見てもらうためにどんな工夫をされましたか。
大森 特に女性だけという限定はしていないですね。原作は女性向け雑誌に連載されている漫画ですから、もちろん女性の目線を意識はしますけど、基本的には女性にも男性にも見てもらえれるものをというつもりで作っていました。特に今回は「ノイタミナ」※ということで、アニメファンだけじゃなくそれ以外の一般層にも見てもらうことを考えました。
だから僕としては作りやすかったです。できることの幅が広いんじゃないかと。
※ ノイタミナ : フジテレビの深夜アニメ放送枠。視聴者層を広く「大人向け」にしていることが特徴
(C)東村アキコ・講談社/海月姫製作委員会
―― 幅が広い、ですか。一般層というと、アニメを見る習慣自体があまりない層ですよね。アニメーションの内容を理解してもらうために「わかりやすく」してしまい、表現の幅が狭まるという考え方もありそうですが……。
大森 僕の場合は逆ですね。「わかりやすいイコール表現の幅が狭まる」ということはなかったです。僕があまり萌え系とかに詳しくないということもあるかもしれないですが、これはナントカ層向けだからそこに特化した描写をする、みたいな括りがなかったという意味で、できることの幅が広いと感じていました。
最近のアニメはそれこそ、この作品はナントカ層向けみたいに、カテゴライズとターゲットがわりとしっかり見える作り方になっていますよね。その中でノイタミナは、テレビが持っている一般性を前面に出している枠という感覚が僕にはあって。そういう意味で幅が広いなと感じていました。
―― なるほど。では、テレビの一般性とはどんなものだと思いますか。
大森 敷居が低くて間口が広い、ということかなと。誰でも入ってこられて、ちょっと見てみようかなという気になる。それは「海月姫」だけじゃなく、僕が普段から意識していることでもあるんです。あまり閉じた世界の中だけのものにはしたくないという。
だから、逆に言ったらこちらからお客さんに対して勝手な「壁」は作らない、ということを心がけていました。
(C)東村アキコ・講談社/海月姫製作委員会
―― 原作をアニメーションにする際に、どのように「テレビのお客さん」向けの表現にしていきましたか。
大森 たとえば「今週の尼~ずが苦手なものランキング」は原作からのネタなんですが、発表される前にドラムロールで「ため」があったり、映像にして音を付けると既視感たっぷりのランキングになってますよね。クララみたいなマスコットキャラが今週のランキングを読み上げるというのは、アニメでも「タイムボカン」シリーズがやっているし、昔からバラエティ番組でもある手法で。ああいう、お客さんが慣れているテレビ的な表現方法でやったら面白いだろうなと。
もともと「下宿もの」的なジャンルでもありますし、コンセプトとして昭和のホームドラマを標榜していたところはあります。惜しむらくはパターンネタとして全話であれをやりたかったなと。「寺内貫太郎一家」で樹木希林がやってた「ジュリ~!」のように(笑)。
―― オープニングの映画のパロディーもそうですか。
大森 はい。「海月姫」のキャラクターたちが、それぞれの個性を生かしてコスプレして登場したら面白そうだなと。なので、誰でもなんとなく見たことあるような有名な映画を中心に構成しようと考えました。
お客さんに対して「壁」を作らないというふうに思うようになったのは、とあるきっかけがあるんですね。僕は、アニメの仕事を離れていた時期があって。92年頃に1回、(アニメを)辞めちゃったたんですよ。
(C)東村アキコ・講談社/海月姫製作委員会
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