わたくしにもその壁を乗り越える力を~ッ!
これがオタクの生きる道!「海月姫」監督に聞く【後編】
2011年02月26日 12時00分更新
アニメーションで人の実感を描く
大森 海月姫をどんな視聴者にどのように向けたかという話に戻ると、ある程度お客さんの顔を想像はしますけれども、それでも「みんな」ですね。誰でも楽しんでもらえるような作り方をしたいなと思いました。
―― 誰でも入って来やすい間口というのは、お客さんの興味関心が細分化した今、難しそうですよね。先ほどランキングとか映画のパロディなど、お客さんに馴染みがある要素を入れたというお話もありましたが、それ以外にはどんなものがありますか。
大森 根幹は、その物語の世界の中で、登場人物たちがあたかも生きているような息遣いやリアリティーを持って存在するように作ることですね。登場人物がその世界でしている生活が、見る側からすると興味深かったり面白かったりというふうに見える。
見ている人の心に乗せられるように、キャラクターたちの動きや心情を、順を追って丁寧に描いていくということは常日ごろ意識しています。
(C)東村アキコ・講談社/海月姫製作委員会
―― そうすると、見る側にはどんな作用がありますか。
大森 見ている人が、「ああ、こんな気持ちって、自分にもあるある」みたいなシンクロが起きると思うんです。そういう気持ちが起こるような作品なら、男性でも女性でも楽しんでもらえるかなと。
アニメーションの一番の利点って、実際にいる人が実写で演じているよりも、はるかに見ている側の想像力とか実感みたいなものをシンクロさせやすいというところだと思うんですね。画面に映っているものが、私生活の垣間見える俳優の顔よりも、作り物の「絵」であった方が自分自身を投影しやすいというのが最たる理由です。情報の絶対量が少ないことと、のっけから作りごとなので、フィクションにジャンプする際の敷居が低く、想像力の働く余地が大きい。観客側も前のめりに「自分にとってどういうものか」を、能動的に理解しようと努めようとする面があると思うんです。
海月姫で言えば、尼~ずを始めとする登場人物たちは、見ている側からするとちょっと突飛な行動をするように見えると思うんですね。それがややもすると、「動物園化」(前編)を招いてしまう。
(C)東村アキコ・講談社/海月姫製作委員会
―― 見る側が、柵の向こうの珍しいものという視点でしか見られなくなってしまう、つまり登場人物に対して感情のシンクロができなくなるということですね。
大森 そう。「恐れていたのは動物園になってしまうこと」とお話ししましたが、クリアするにはどうすればいいんだろうと。結局それは技術的なことよりも、キャラクターへの愛情なんだと思ったんです。
最初の打ち合わせの時、オタクの生態を描くということで受け手にうまく伝わるか、つまり痛々しく伝わってしまうんじゃないかと不安があったんですが、原作の東村アキコ先生が「尼~ずのみんなに愛情を注いでいれば大丈夫ですから」とおっしゃったんですね。
僕なりに、その愛情というのは何かと考えてみたら、そのキャラクターの「行動原理」「志向性」を丁寧に描いてあげることなのかなと思ったんです。原作もそこがすごく丁寧に描かれていますし。その上で、いかに普段の生活を謳歌しているかを描く。それが僕なりのキャラクターへの愛情表現ですね。
今、このキャラクターがどういう気持ちで何を思ってこういう行動をするのか。そこができるだけ見る側の人に素直に伝わるようにしたい。
それは自分の中で壁を作らないことでもあったりするし、自分にとって伝えることの楽しさや神髄というのは、キャラクターの心情をテレビの向こう側の人たちも一緒に感じてもらえるように受け渡していく作業にあるんですね。そこが一番面白くてアニメの仕事をやっているところがあるので。
―― 一度アニメを離れたことで、より外に届くことを意識されたのでしょうか。
大森 そうかもしれません。深夜枠のアニメを作るときはいつも思うことがあって、スタッフ間で冗談交じりに言っていたんですけど、仕事が終わって疲れて帰ってきたOLさんが、ほろっといい気持ちになって眠れるものを作りましょうみたいなことを言いながら作っていたりもして。楽しい気持ちになって幸せな眠りにつけるといいな、みたいなね。
僕は制作現場では結構怒鳴ったり、叱咤したり、細かいし、かなりうるさい監督なので、スタッフに嫌がられているんじゃないかと思うんですけど(笑)。だけど、できあがった作品は見てる人がちょっと幸せな気持ちになって終われるといいなと。……まあ、それは僕自身のためでもあるんですけれども。
―― ご自身のため?
大森 作った作品の内容に自分自身も癒やされたいという。そういうところはちょっとありますね。それはもう自分自身も作っていて、ほっこり幸せに終われるものになってくれればと。お客さんと同じ気持ちで作品が見終われればいいなという感じです。
何となくほっこり幸せというのは、どんな層のお客さんでも同じだと思うんです。そこに壁はないと思いますね。
(C)東村アキコ・講談社/海月姫製作委員会
■著者経歴――渡辺由美子(わたなべ・ゆみこ)
1967年、愛知県生まれ。椙山女学園大学を卒業後、映画会社勤務を経てフリーライターに。アニメをフィールドにするカルチャー系ライターで、作品と受け手の関係に焦点を当てた記事を書く。日経ビジネスオンラインにて「アニメから見る時代の欲望」連載。著書に「ワタシの夫は理系クン」(NTT出版)ほか。
コミック&DVD発売情報
原作コミック「海月姫」は現在6巻まで発売中。講談社漫画賞を受賞し、売り上げは累計90万部を超える。アニメは現在、DVD&Blu-rayが第2巻まで発売中(3~4巻も予約可)。数量限定生産版には「しゃべる!クララマスコット」付き。お見逃しなく。
■Amazon.co.jpで購入
この連載の記事
-
第56回
アニメ
マンガ・アニメ業界のプロがガチトークするIMART2023の見どころ教えます -
第55回
アニメ
日本アニメだけで有料会員数1200万人突破した「クランチロール」が作る未来 -
第54回
アニメ
世界のアニメファンに配信とサービスを届けたい、クランチロールの戦略 -
第53回
アニメ
『水星の魔女』を世に送り出すうえで考えたこととは?――岡本拓也P -
第52回
アニメ
今描くべきガンダムとして「呪い」をテーマに据えた理由――『水星の魔女』岡本拓也P -
第51回
アニメ
NFTはマンガファンの「推し度」や「圧」を数値化する試みである!? -
第50回
アニメ
NFTで日本の漫画を売る理由は「マンガファンとデジタル好きは重なっているから」 -
第49回
アニメ
緒方恵美さんの覚悟「完売しても200万赤字。でも続けなきゃ滅ぶ」 -
第48回
アニメ
緒方恵美さん「逃げちゃダメだ」――コロナ禍によるライブエンタメ業界の危機を語る -
第47回
トピックス
『宝石の国』のヒットは幸運だが、それは技術と訓練と人の出会いの積み重ね -
第46回
トピックス
『宝石の国』が気持ちいいのは現実より「ちょっと早回し」だから - この連載の一覧へ