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誰も語らない ニッポンのITシステムと業界

情報社会の新たな課題~消えた年金のシステム問題~

2010年04月26日 09時00分更新

文● TECH.ASCII.jp 聞き手●政井寛、アスキー総合研究所 遠藤 諭

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政井が斬る!
長すぎる春の弊害
~官公庁ITアウトソーシングの実態~

社会保険庁年金システムのアウトソーシング

 ITシステムに関するアウトソーシングビジネスは、大きく“システムの構築”と“システムの運用・保守”にわかれる。サービスビジネスという観点でみると構築は一過性であり運用・保守は継続性の高いビジネス特性をもつ。どちらがビジネスとして旨みがあるかと言えば勿論売上が安定し、継続するほどに属人性が高まり、囲い込みが容易な運用・保守業務に軍配が上がるのは自明である。ユーザであり発注者である官公庁は予算制度や官僚の人事制度に起因して、構築はもとより運用・保守のアウトソーシングを大々的に活用する(したい)環境にあり、官公庁の業務系システムはほぼアウトソーシング形態で運営されているのが実状である。

 今回取り上げた社会保険庁の年金システムもその例外ではない。社会保険庁(現日本年金機構)も年金システムの構築と運用・保守を50年以上にわたって一部の外部業者に委託している。この長すぎた関係が年金記録問題のような不手際が起きた誘因と断定する人もいる。(筆者もその一人である。)民間企業であれば問題・課題の芽が出てそれが企業存続にかかわる場合、トップや現場、ITサービス事業者が一体になって解決に向けて動き出す。しかし官公庁であるがゆえの保身や問題の先送りが、時の政権や社会を揺るがす大問題に発展したのである。

 一般に長すぎるITアウトソーシングの場合は、ユーザ側にIT独特の問題を理解し判断して方向性を決断できる人材がいなくなる。このことはシステムが業務の中枢を担う場合はそのユーザにとって致命傷になることである。一方のITサービス企業はユーザの判断能力を奪っておきながら、判断に加担したり、問題解決の表に出て動くことは、契約の条項を盾に踏み込んでこない。かくして本質的な解決が遠のくことになるのである。大手銀行等がどんなに非効率であっても自社の人材が最後の判断をできるようにプロジェクト体制を敷くのはこのためである。

1円入札の意味と随意契約という名のなれ合い

 ひところ騒がれた1円入札を覚えている方も多いはずである。なぜ1円でプロジェクトが引き受けられるのか。勿論“国民の血税を節約したい”等というお人よしの動機で無い。小さく産んで大きく育ているという深謀遠慮が働いている。ITサービスビジネスの特質として一たびシステムに係るとそのチームが途中で交代することは大きなリスクを伴う。これを逆手にとってそれ以後随意契約を重ねていくうちに1円入札の赤字の埋め合わせはおろか分不相応な利益を稼ぎ出す“打ち出の小槌”に変わってゆく。大手ITサービス企業が官公庁のIT運用・保守業務に狙いを定めて受注に狂奔するのも無理はない。

 商品を媒介にしないサービスビジネスは「人」と「人の所属する組織」にノウハウがたまりビジネスの継続を有利にする。このようにしてユーザとITサービス企業双方がWIN-WINの関係を築き、「春」は続くのである。技術革新への挑戦や合理化などの提案は取引の規模を減らすことにつながるとして歓迎されない。そしてその関係は長すぎると当然のことながら慣れ合いとコスト高を招き、最終的には不祥事、不手際の続出を招くことになる。このような傾向は民間企業でも起こりうるが、賢い企業は継続取引の有効を認めつつ「長すぎた春」にならないよう適度な緊張関係を保つ工夫している。残念ながら官公庁では予算が確保できる限り慣れ合いにメスが入ることは少ない。

ITサービス産業の足腰を弱くした
一部大手サービスベンダーの独占受注

 ITサービスビジネスが社会的に認知されるずっと以前からこの国には国策として国産コンピュータ産業を育成しよういう動きがあった。またネットワークは国の重要なインフラストラクチュアであるとして公社による管理がされていた時代もあった。そのため公社やコンピュータメーカと官公庁の関係は古い時代から人脈的な関係も含めて密であったと容易に想像できる。その名残りであろうか官公庁のITサービスビジネスはこの公社を前身とした“名ばかりの民間企業”やオープン化の荒波に打ち砕かれて選択肢のない状況でサービス企業に転身した元コンピュータメーカーが受注を独占している。しかも自らの社員でサービスを提供しているならまだしも階層化された零細IITサービス企業へ再委託という名の丸投げで利益をあげている。これは日本のITサービス業界の足腰を弱くしている原因でもあり、憂慮すべきことである。

解決への提言

 問題は沢山あるとしても、官公庁のITアウトソーシングは必然である。その為には「長すぎた春」を防ぐ手立てを導入するしかない。発注側の官公庁の幹部(?)が情報システムの重要性を認識し、情報システムの構築、運用に関するガバナンスを確立することが第一であるが、そのうえで、いささか乱暴だが3~5年でサービス事業者を無条件で交代させる制度の導入とそれを取り仕切る有能なCIO補佐官的な人材の補強(採用)で解決を図るしかない。

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