「日本経済の足腰を強くするのは、ITの利活用がポイント……」とは、よく聞く言葉だ。しかしITの利活用には落とし穴がある。危険はどこにあるのか? ベンダーとは異なる立場で企業システム構築に関わってきた、政井技術士事務所 政井寛氏が日本ITの問題点を斬る。
第1回目は、インターネットのトラフィックが混雑し、遂にはインターネットの通信そのものが止まってしまう「トラフィック・ジャム」を論文にてレポートした、慶應義塾大学環境情報学部教授 武藤佳恭氏に話を聞く。
ITはいつからインターネットになってしまったのか
ASCII.jp:日本で新聞記事に「IT」という言葉が登場するのは、'94年頃からなのですね。当時の記事を見ると、日本人は、ちゃんと「IT」というものを理解していた。米国では、クリントン政権の頃で情報スーパーハイウェイ構想によって、労働問題や教育問題といったことが解決できる。CALSだとか、データマイニングだとか、ITの具体的な手法が出てきて、ニューエコノミーなんて言葉も出てきた。ITを、本質的な社会変革をもたらすものとしてとらえていました。少なくとも米国はそう言っていたし、当時の記事を見れば日本人も理解していたのですね。
武藤:そうなんです。まともに理解していたんです。実は私は、'99年に読売新聞の125周年記念プロジェクトのプロデューサーをしていました。そこにロイ・ニール(※当時のアメリカ副大統領首席補佐官)という情報スーパーハイウェイ構想のブレーンを呼んだりしていました。
ASCII.jp:ただ、'99年ぐらいにはインターネットが普及してきて、iモードが出てくるあたりから変になってきませんか? ネットバブルになるとおかしくなる。気が付いてみると「ネットバブルがIT」ということになってしまっていて、本来の社会システムを変えるような話がなくなってしまった。政府も「IT」という言葉をどんどん使うようになったわけですが。
武藤:まあ、国のやったことでうまくいったことってそんなにないわけです(笑)。官僚のシナリオ通りには、世の中動かないですから。お金を投入した産業ほど、実際は潰れたりしてしまう(笑)。
ASCII.jp:あはは。とはいえ、実際に産業の世界でITを活用して新しいことを実現していかねばならない。Googleのようなネットサービスの分野で日本は出遅れているという面もありますが、それよりももっと本質的な部分、一般的な企業、産業でのIT利用がうまくいっていない。
武藤:'99年当時でもすでにそういう話は出ていました。
政井寛が斬る(1) ネットに依存し過ぎている日本企業の情報システム
私は、35年に渡って企業の情報システムの構築やコンサルティングに関わってきた。'70年代から、銀行オンラインや国鉄(現JR)の座席予約など、すでにコンピュータによるデータ通信は一般的となっていた。そして、データ通信に限らず企業システムは、いかに安全・確実に稼働するかが求められたものだった。関係者もその点を真剣に考えて最大限の努力を惜しまなかったはずである。
'90年代に入ると、そうした企業ITの文化とはまったく異なるインターネットというものが登場してくる。ところが、多くのシステム担当者は、誰もその安定動作を保証しないインターネットに対して懐疑的な見方をする人が多かった。なにより、鋼鉄でできた巨大装置のように正確無比を信条とする企業ITと、遅延を織り込み済みで運用する電子メールや、ウィルスが蔓延する掴みどころのないインターネットでは、いかにも相性が悪かった。
インターネットを目の敵にするような人もいたが、やがて電子メールやホームページの閲覧など、仕事の道具としての利用が広がっていたのはご存じのとおりだ。'90年代の後半には、電子メールがいかにビジネスにスピードを与えるか? 社長に直言できる電子メールは組織のフラット化を促す云々と言われた時期である。ここまでは、人と人のコミュニケーションを中心に進化してきたともいえるネットの活用としては、ここまで正しかったといえる。
ところが2008年のいま、企業の情報システムは、いつの間にかインターネットに頼り切ったものが増え続けて、至る所に侵食して根付いている。電子メールや検索のようなものならまだいいが、企業の業務システムに使うにはリスクが大きすぎるといった議論は、どこに消えてしまったのか?
気がつけば、
- 株の売買システム
- 銀行のATM接続
- 航空機、列車の予約と支払い
- ネット売買
- ネット口座の振り込み
こうしたものにさえも使われている。
企業システムの担当者は、しばしば「ミッションクリティカル」という言葉を使う。それは、自分の担当するシステムがインターネットのようなヤワなものではなく、停止すれば莫大な損害や社会的な影響を及ぼすような重要なものであるという誇りから発したものだったはずだ。ところが、実際には、企業システムにおいて従来の専用線を安易にインターネットに置き換えてしまった例があまりに多い。気分は、いままでどおり厳格なシステムを構築しているつもりだが、肝心の“足回り”であるインターネットを信じ切っている。
武藤教授の指摘どおり、インターネットはすぐにでも止まってしまうのか? 異論はあるかもしれないが、誰もが自由に使えるインターネットの性格上、すべてを予見して否定できる人はいないはずだ。2003年、韓国のインターネット停止は、「SQL Slammer」というワームが原因で生じたものだった。損害額は数百億円規模と試算されているが、いま同じようなことが日本で起これば、一千億円規模の損害になる可能性もあるのではなかろうか?
次ページ「インターネットは今この時も止まっている」に続く
この連載の記事
-
第12回
ビジネス
下部構造から脱却する人材育成を──ITSSの狙い -
第11回
ビジネス
なぜITSSの導入は失敗してしまうのか? -
第10回
ビジネス
エンジニアのスキルを共通の「ものさし」で計るITSS -
第9回
ビジネス
「メインフレーム終焉」のウソ(後編) -
第8回
ビジネス
「メインフレーム終焉」のウソ -
第7回
ビジネス
自分たちで決めた自分たちのサービスを出す楽しさ -
第5回
ビジネス
日本発の最注目サイト「pixiv」のヒミツ(後編) -
第4回
ビジネス
日本発の最注目サイト「pixiv」のヒミツ(前編) -
第4回
ビジネス
ビジネスの発想を身につければ研究者は即戦力になる -
第3回
ビジネス
目的がハッキリしていれば産学公連携は成功する -
第2回
ビジネス
コンテンツ消費の縮図「とらのあな」が考えていること - この連載の一覧へ