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スランプに悩む自分を変えた「ブラック★ロックシューター」

2009年08月28日 16時00分更新

文● ノトフ

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ゲームに感動して絵を描きまくっていた

―― 絵に興味を持たれたのはいつ頃からでしたか。

huke 最初に絵に興味を持ったのは、本当に小さい頃ですね。昆虫とか生き物が好きだったので、それを探して野山を駆け回る子供だったんですけど。その流れで図鑑を図書館で借りまくって、それを見ているうちに描きたくなって。まだそのころは絵の方向に進もうというより、普通に「アマゾンに行って魚を捕まえたい」とか思ってましたね(笑)。

 それから絵はずっと描き続けて、中学2年生くらいの頃からかな。カプコンの資料集とかを買って人物とかを描いたりしていましたね。ゲームが大好きだったので。ただその頃までゲーム機がずっとなかったんです。ファミコンもスーパーファミコンも買ってもらえなくて。唯一デジタル機器と言えるものが、父親がもらってきたPC-9801EXしかなかったので、それに対応しているソフトなんかを探してきてドット絵っぽいものを打ってたりしましたね。

pixiv上ではRPGやファンタジーの世界観をイメージにしたイラストも掲載している


―― 漫画に影響された方というのは多いですけど、hukeさんの場合はゲームの影響が強いですか。

huke そうですね。僕の場合、漫画に影響されたっていうのはなかったです。漫画よりもゲームをやって、そのゲームに携わっている方のイラストレーションを見て感銘を受ける感じでした。世界観がすごくいいとか、なんでこんなに感動できるんだろうって。すごく影響されやすい人間だったので。

 特に「ゼノギアス」には影響されました。田中久仁彦さん※1のイラストを見て、すごく感動をして、本とかを買いまくりました。その絵を見ながら練習して。あとはやっぱりその頃に出たカプコンのゲームとか、ですね。

 で、その頃からゲーム業界に就職したいというのを漠然と考え出して、それを目指して絵の練習をしていました。中学3年生の後半からはほとんど学校に行っていなくて。自分の部屋に引きこもって、寝ながらずっと絵を描いてましたね。コピー用紙を山積みにして、そのコピー用紙に次から次へと描きまくってました。

※1 田中久仁彦:イラストレーター。日本ファルコムの社員としてイラストを描いたのをきっかけに、その後はフリーのイラストレーターとして活躍。「ゼノギアス」(スクウェア・エニックス)などのほか、「ワールド・デストラクション」(セガ)などのイラストも手がけている


―― 実際にゲーム業界に進むきっかけになったのは?

huke 中学卒業後、アニメーション系の専門学校に入ったんです。そこで2年生の終わりにゲームメーカーでバイトをする話があって、それがゲーム業界への最初の入り口でした。そこは通勤が2時間くらいかかったので、あまりにもへとへとになって1ヵ月くらいで辞めたんです。でも、すぐに別のゲーム会社にバイトで入れてもらえて、そこでそのまま4年間という感じでしたね。


―― そこではやはりイラストのお仕事をされていたのですか。

huke そうですね、2DとCGのイラストで採用してもらって。ただ、(企画が)ボツになったりで、ソフトが出ないものが多かったんです。それで意気消沈したところもありつつ、会社を辞めることになって。そこからフリーですね。フリーになってからは広告のイラストやデザインの仕事をやってたんですけど、その(仕事を請けていた)会社もなくなってしまって。これはヤバイなあと思っていたら、コナミの方からメタルギアの仕事をやらないかと言われて、どうにか食いつなげました。


―― 憧れの道へとストレートに進まれていますよね。

huke 本当に運が良いですよね。親もかなりびっくりして、喜んでくれました。「こいつはこのままプーになってろくでもない人間になるだろう」って思われていたみたいです(笑)。

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