Adobe Labsの画面。マクロメディアを買収統合したアドビ システムズにとって、その姿勢が最も変わったと思わせるのがこのサイトの活況ぶりだ。メーカー側の開発者とユーザー側のデザイナー/デベロッパーなどが密接にリンクすることで、新しいサービスや製品が泉のように沸き出してくる |
米アドビ システムズ(Adobe Systems)社は今、Labsにぞっこんだ。
決して大げさな表現ではない。開発者じゃない読者の方も、Adobe Labsのウェブサイトを一度覗いてみるといい。先日β4として発表されたばかりのデジタルカメラ現像ソフト『Adobe Adobe Photoshop Lightroom』がすでにβ4.1にリビジョンアップされており、そのほかにも10を超えるプロダクト/ツールなどのβ版が公開されている。
元来は旧米マクロメディア(Macromedia)社の“Macromedia Labs”が前進だが、同社の人材と技術力を一手に引き受けた新生アドビ システムズから、新たな胎動が次々に生み出されようとしている。そんな力強い息吹を感じ取れるだろう。
Adobe LabsにあるAdobe Digital Editionsの画面。すでに数冊のサンプル書籍とリーダーアプリケーションが入手できる |
そのAdobe Labsで、“Adobe MAX 2006”の前日(現地時間23日)に発表・公開されたのが『Adobe Digital Editions』だ。これはアドビによる電子ブック(eBook)普及への新たなアプローチとも言えるもので、現在はリーダーアプリ(2.5MB)とサンプルの書籍(PDF形式)がダウンロード可能となっている。英語版のみだが、日本語版も開発中で遠くない時期に公開されるとのこと。
この開発に携わるePublishing Businessゼネラルマネージャーのビル・マッコイ(Bill McCoy)氏に話を聞いた。
ePublishing Businessゼネラルマネージャーのビル・マッコイ氏 |
これもPDFとFlashのエンゲージの効果だった
最初に確認しておくこととして、元々eBookの規格ではPDF形式などで出力・作成した文書ファイルに、『Adobe Content Server』で配信するための著作権保護管理を設定する。つまりPDF形式のファイルでeBookを提供すること自体は決して新しいことではない。では何が新しいのか。リーダーアプリのファイルサイズと動作を軽量化することで、より簡便に使えるようになり、eBookの流通促進を図ることが狙いだと見られる。
事実、マッコイ氏は「今回提供するリーダーは、Flash Playerの拡張版のようなもの」という。ここ最近のAdobe Readerはビジネス文書の閲覧だけでなく、レビュー(校正・添削)やリアルタイムコラボレーション(Adobe Connectによる電子会議)への参加など、求められる機能が増加の一途をたどっている。もっと気楽に電子文書を読みたいだけのユーザーには、機能が多すぎるわけだ。さらに、パソコン以外のデバイスでもeBookを読みたいというニーズもある。それに対する回答が“Adobe Digital Editions”というソリューションの提案となる。
Adobe Digital Editionsのリーダーで書籍を閲覧しているところ。Adobe Readerよりもシンプルなユーザーインターフェースながら、1ページ/見開き表示、検索、しおりなどの必要な機能は備えている |
伝統的な出版から“Publishing 2.0”を目指す
Adobe Digital Editionsの目指す方向性は、軽量で流通しやすいeBookを生成し、読者は自分の読みたいデバイスでどこでも気軽に読めるというもの。具体的には「例えばある1章だけが読みたい場合には、9ドル95セント(約1200円)で買える、というオライリーの書籍があってもいい」(マッコイ氏)というわけだ。
eBookを作るシステムとしては、すでにDTPソフト『InDesign』にeBook用PDF書き出しプリセットがあるが、さらに次期バージョンのInDesignには一歩進んだ機能を追加・提供する予定がある。従来のeBook用PDFを作成する機能は引き続き搭載されるが、携帯電話機など画面サイズがパソコンより小さな端末に合わせて段組を減らすなどレイアウトが自動的に変わる機能を“CS3”のリリース(米国で来年春発表と言われる)、もしくはその後のタイミングで提供することになる、というのだ。
拡大表示したところ。フォントを内蔵したPDFなら、いくら拡大しても文字が汚く表示されることはないが、その代償としてファイルサイズが大きくなってしまう。Flash技術を使ってある程度の拡大・縮小をカバーしようというのも、Digital Editionsの意図のひとつだ |
読者側にもメリットをもたらす将来の予定が明らかにされている。具体的には次の通りだ。
- 書籍に対するコメントを共有できるソーシャルネットワーキング機能。いわばバーチャル本棚、本箱のような存在
- ウェブブラウザーベースのFlash Playerと同等の操作性を提供し、スタンドアロンでも動作可能
- 本の提供を自動化する。一度気に入ったシリーズを購入しておけば、新刊が出るたびに自動的に本棚に収まっている、というイメージ
- 携帯電話機や携帯ゲーム機、モバイル端末(※1)などパソコン以外のさまざまなデバイスに対応
- 伝統的な本とインタラクティブコンテンツの融合を目指す。日本では“e-manga”(イーマンガ)(※2)というメディアがあるが、紙と違った媒体でも紙と同じような動作ができる。
※1 今年1月に米国ラスベガスで開催された家電製品の一大トレードショー“2006 International CES”で、ソニー(株)の代表執行役会長兼CEO(最高経営責任者)のハワード・ストリンガー(Howard Stringer)氏が『Sony Reader』を発表しているが、これについてマッコイ氏は「アドビの戦略に沿ったもの」と高く評価している(関連記事)
※2 e-mangaを提供する(株)講談社は今年の11月30日で配信を終了し、統合コンテンツ配信サービス“MouRa”(モウラ)で、一部作品を継続提供すると発表している
これらをまとめて、マッコイ氏は「Flashを使ってコンテンツ(の表現)をリッチにしていくが、さらにXMLを組み合わせてよりリッチな(ユーザー体験ができる)コンテンツを目指す」と述べた。
DRM(デジタル著作権管理)技術は、従来同様Adobe Content Serverを利用するが、よりコストを抑えたコンテンツ保護の仕組みを開発中で、年末までに何らかの形で提供したいとも語った。
電子ブックについては、日本国内でも以前から各社が力を入れているものの、実態としてはさほど大きな盛り上がりを見せておらず、今回のアドビからの提案についても懐疑的な印象は否めない。その点をマッコイ氏にぶつけてみると、「日本の状況は分からないが、日本の出版社が参加しなければ、ほかのメディア(出版社)から探すようになってしまうので、オプション(いい選択)ではない。例えば、日本のリッチな携帯電話機でも使えるようになるだろう。本のすべてではなく、一部だけでも提供していく手もある」と答えて、消極的な日本の姿勢に警鐘を鳴らした。