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「スーパークリエイター=ハッカー」の世界 -『ITX 2002 Summer』レポート

2002年06月29日 00時00分更新

文● 阿蘇直樹

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展示会場では、昨年公募された『未踏ソフトウェア創造事業』の成果展示やデモが行なわれていた。ここではその中のいくつかを紹介する。

音楽嗜好計算モデルに基づく楽曲検索システム

齋藤幹氏は、音声認識などによく用いられるHidden Markov Model(以下、HMM)を利用し、人の音楽嗜好を表現するという計算モデルの開発と、それを利用した楽曲検索システム構築のプロジェクトを行なった。

楽曲検索システムのデモ。
楽曲検索システムのデモ。15曲のMIDIデータを試聴して好みを5段階で入力すると、おすすめの曲とおすすめ度を表示するというもの。現在のところあまり高い精度は得られていないというが、楽曲から抽出する特徴やHMM学習方法などを調整して行けば改善される可能性があるそうだ。

方法としては、利用者に複数の曲を聴かせてその好みを7段階で評価してもらい、その結果をもとにHMMを用意し、そのHMMに新しい楽曲を入力し認識処理を行なうことで、利用者の好みを評価するというもの。CD販売店や図書館などで、利用者がそれまで聞いたことのない曲を推薦するシステムなどへの利用を考えているという。今後は特徴抽出手法やHMMの学習法などを調整してゆくというが、特徴抽出手法にはすでに特許を取得されているものもあるといい、さらに新しい手法を開発しなければならないそうだ。成果についてはある程度まとまった時点でBSDライセンスで公開する予定だという。

ホームコンピューティングのためのサービス統合メタミドルウェア

早稲田大学大学院の徳永英治氏らのグループは、家電機器制御用の各種ミドルウェア間での相互通信ミドルウェアを開発した。

サービス統合メタミドルウェアのデモ
サービス統合メタミドルウェアのデモ。X10対応のリモコンでJINI対応の赤外線リモコンを操作し、テレビのボリュームを変えることができる。現在日本ではこのような家電製品はそれほど多くないが、家電機器の通信ミドルウェアは今後さらに増えていくと考えており、それらを統合できるメタミドルウェアを開発したのだそうだ。

現在、家電機器の通信には電灯線ネットワークを用いるX10やAV機器用のHAVi、Java対応機器のためのJINIといった多様なミドルウェアがあり、それぞれ異なる命令や通信プロトコルを利用する仕様となっているため、相互に通信することはできない。今回の成果は、X10の命令とJINIの命令を相互にやりとりするためのミドルウェア。SOAPを利用しHTTPで通信しており、通信内容を容易に確認することが可能だ。今後は利用者の位置情報なども取り入れることで、きめ細かな機器制御を可能にしたいという。

低コスト高信頼分散共有ファイルシステム:NRFS

国立情報学研究所助教授の松本尚氏は、「ネットワークRAIDファイルシステム」であるNRFSを開発した。

NRFSのデモ
NRFSのデモ。3台のNFSサーバのディスクを同じディレクトリにマウントし、データのミラーリングを行なう。データ読み出しは1台からのみで、ほかのサーバからはチェックサムのみを読み出すため、高速なアクセスが可能。ディスクに異常があるときは多数決でデータを修正する。デモでは、TUXくんの画像ファイルを利用して1台のサーバでデータが変更されても修正されるようすを展示していた。

NRFSは、NFSをベースに開発されたファイルシステムで、ネットワーク上にある複数のNFSサーバに同一のファイルを格納し、読み出し時に内容の整合性を確認するというもの。低価格のハードウェアでディスクのミラーリングが可能になる。また、ディスククラッシュ時にもNFSサーバごとの交換が可能で、システムを止めることなく運用することが可能になる。現在公開されているのはLinux 2.2.16用のアルファ版。

XMLによる生産スケジューリング標準インターフェイス(PSLXインターフェイス)の開発

法政大学工学部助教授の西岡靖之氏は、製造業のスケジューリング業務をネットワーク上で統合するためのXMLによるインターフェイス仕様であるPSLXと、それにあわせた標準モジュールの開発を行なった。

PSLXインターフェイス
PSLXインターフェイスのデモ。実際に利用されている商用のスケジューリングソフト4種類を利用し、クライアントからの発注に基づいたスケジューリングを行ない、納期をクライアントに返すといった処理が可能。

PSLXは、西岡氏が副代表を務めるPSLXコンソーシアムによって仕様が策定されており、国内のスケジューラベンダーなども参加して開発が進められている。今回開発されたのは、PSLXのXML標準規約と、それに基づいた標準インターフェイスモジュール。商用スケジューラベンダーの協力を得て、それぞれのスケジューラに対応したインターフェイスモジュールを作成している。現在のところWindows版のみが提供されているが、将来的にはJava版も提供されるようだ。

文字データベースに基づく文字オブジェクト技術の構築

京都大学漢字情報研究センター助手の守岡知彦氏は、文字データベースに基づく文字オブジェクト技術の構築を行ない、多言語エディタ『XEmacs UTF-2000』の開発と文字情報データベースの開発を行なった。

『XEmacs UTF-2000』
『XEmacs UTF-2000』に漢字構造情報データベースの内容を表示している。漢字の部首に基づいたデータベースで、ISO/IEC 10646-1の基本統合漢字、エクステンション A、ISO/IEC 10646-2のエクステンション Bの文字がすでに含まれている。

文字情報をコンピュータで取り扱う場合、それぞれの文字に固有の番号を振り、それをまとめた文字コードセットを利用している。しかし、この方法では、実際には同じ文字の異体字がある場合などにそれを参照することが困難だ。そこで、文字の種類や部首、画数、既存の文字コードセットでのコード番号といった属性を格納したデータベースを作成し、それを参照するというモデルを開発した。『XEmacs UTF-2000』は、『XEmacs-Mule』をベースに開発されたもので、CHISE ProjectのWebサイトなどから入手することができる。また、漢字構造情報データベースについても開発が進められており、現在7万字の文字を扱うことが可能になっている。

XMLPGSQLとPostgreSQLによるXML-DBソリューション

(有)メディアフロントの小松誠氏は、PostgreSQLをXMLデータベースに機能拡張するミドルウェア『XMLPGSQL』を開発した。

『XMLPGSQL』
『XMLPGSQL』のデモ。XMLデータの構造を保ったまたでPostgreSQLにデータを格納することができ、SQL言語で操作することができる。

『XMLPGSQL』は、リレーショナルデータベースであるPostgreSQLに、XML文書のデータ構造を保持したまま格納したり取り出すすることを可能にするミドルウェア。今回開発したのは、『XMLPGSQL』のDOM構文パーサや処理エンジン、拡張型、拡張インデックスなどの部分。Webアプリケーションロジックと連携するためのAPIも用意されている。将来はディストリビューションパッケージとして発売する計画もあるという。


研究機関や企業などさまざまな組織に埋もれているハッカーを発掘するという『未踏ソフトウェア創造事業』。ソフトウェア開発者にとってはまたとないチャンスを提供するものであるといえるだろう。

一方、参加プロジェクトの募集結果が9月に告知され、翌年3月までという開発期間の短さは、検討課題といえる。限られた期間の中で優れた結果を出すためには、ある程度の設備や環境があらかじめ用意されていることや、共同開発者がいることが必要だろう。今回の発表でも、すぐに製品化に結びつくような成果を展示できていたのは、多くの場合研究機関や企業など、設備を持ちグループで行なわれたプロジェクトであったようだ。基調講演で新部氏が指摘したように、個人の開発者が持続可能な開発をするためには、「継続的に」支援する何らかの仕組みが必要になるのかもしれない。そしてその1つの方向性として、共同開発者を広く集められる可能性を持つ「ソフトウェアの自由」というあり方は十分に検討に値するだろう。

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