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「スーパークリエイター=ハッカー」の世界 -『ITX 2002 Summer』レポート

2002年06月29日 00時00分更新

文● 阿蘇直樹

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基調講演は、「ソフトウェアの自由」と題して『未踏ソフトウェア創造事業』PMの一人であり、独立行政法人産業技術総合研究所の新部裕氏が行なった。

独立行政法人産業技術総合研究所 新部裕氏
独立行政法人産業技術総合研究所 新部裕氏

新部氏はまず、フリーソフトウェア開発の社会的意義について、分散した環境で行なわれており、公正な競争と組織を越えたアライアンスを生み出すものとして社会的に重要であると語った。ソフトウェア開発の目的はプロプライエタリなものもフリーなものも同じで、誰もが安心して利用でき、滞りなく開発が継続され、経験が組織を越えて蓄積され、安全に運用できることであり、そのためには「ソフトウェアの自由」が重要であるとした。

「ソフトウェアの自由」とは、自由に利用や研究、修正、再配布が可能であることーフリーソフトウェアの「フリー」であり、単純に無料なソフトウェアである「フリーソフト」とは異なるものであることを強調。メディアが用語を紛らわしい形で利用していることを批判した。一方、オープンソースソフトウェアは基本的にフリーソフトウェアと同義だが、フリーソフトウェアが理念としての自由を表わすのに対し、オープンソースはプロプライエタリなソフトウェアとの共存を目指す概念であるとの考えを示した。

『未踏ソフトウェア創造事業』については、「スーパークリエイターとは抜きん出た才能を持つ個人であり、それはハッカーである」とした上で、そのような意味でのハッカーを発掘し支援するプロジェクトであるとの認識を示した。ハッカーという用語について、悪意を持ってデータの改ざんなどを行なう人を指すように報じられている現状について「ハッカーという言葉を悪い意味で用いるメディアには猛省してほしい」と語った。一方、そのような悪い意味でハッカーという言葉が用いられるようになった背景として、職人芸的な技術であるハックに対して、それを科学的な研究対象とするソフトウェア工学者が好意的にとらえなかったことがあるのではないかという。ハックとは「どんでん返し」的な方法を用いることが多く、たとえばGNU GPLは排他的な知的財産権の保護を逆手にとることで自由な流通を可能にしたハックであるといった例を挙げた。

新部氏自身がPMを努めるうえでもっとも苦労したのは、プロジェクトの審査や評価ではなく、世界に発信できるようなプロジェクト=ハックを見つけだすことであったという。現在のところハッカーと呼べる人材は、企業などの組織に埋もれてしまっているため、ごくわずかしか目立った活動をしていない。『未踏ソフトウェア創造事業』を通じて、そのような埋もれているハッカーを見つけだせればという希望を語った。

GNU/Linuxシステムについても触れ、SourceForgeに代表されるような大規模分散開発環境が発展していること、メインフレームから組み込み機器まで幅広く展開していること、企業の採用が進んできたこと、仕様の標準化が進んできたといった現状を紹介した。また、国家レベルでのGNU/Linuxシステム活用について、世界的に普及が進んでいる一方、政府の支援については米国やドイツ、フランスなどと比べて日本は大幅に遅れているのではないかという問題を指摘した。

引き続き、新部氏自身がかかわるプロジェクトとして『GNU/Linux on SuperH』や、海外イベントでの日本発フリーソフトウェア紹介、日本国内での啓蒙活動などを紹介。今回のプレゼンテーションも、『GNU/Linux on SuperH』プロジェクトの成果である、Dreamcast上で稼働するGNU/Linuxシステムを利用して行なっており、「みなさんのご家庭にあるDreamcastでぜひプレゼンテーションを」と語った。

また、最近の活動として、若年層のハッカーが自分たちでサーバの管理やプログラミングを習得するために運営している『Young Programmer's Network』や、7月に設立を予定しているNPO法人『フリーソフトウェアイニシアティブ』、メモリロックをサポートしない単一プロセッサシステムでのスレッドサポートに関する技術『gUSA』などを挙げた。『フリーソフトウェアイニシアティブ』に関しては、日本でのフリーソフトウェア開発支援団体として、知的財産権の問題やエンジニアのサポートなどに取り組むといい、多くの人に参加してもらいたいと語った。

今後の展望については、フリーソフトウェアが開発環境やインターネットの基本環境などで利用されている一方、デスクトップ環境やさまざまなデバイスのサポートといった領域での開発は今後の課題として残されていると指摘した。またフリーソフトウェア開発の環境についても、大規模分散開発環境でのコミュニケーションサポートや開発者評価システム、テスト環境などの技術的なもの、組織間の連携、人材交流、知的財産権保護などの社会的環境の整備といった課題があると語った。

最後に「ソフトウェア開発は個人の自由な表現」であり、ソフトウェアを創出する個人に対する継続的な支援によって、持続可能なソフトウェア開発が可能になるという考えを示した。そしてそのためにも「ソフトウェアの自由」が重要であるという点を改めて強調。聴衆に「Happy Hacking !」と挨拶して段を降りた。

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