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スマホメーカー栄枯盛衰~山根博士の携帯大辞典第129回

マイクロソフトと喧嘩別れか イギリスのスマホメーカー・Sendoの歴史

2019年04月26日 17時00分更新

文● 山根康宏

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 2000年代初頭、ヨーロッパには多数の携帯電話メーカーがありました。イギリスのSendoもそんな1社です。スマートフォンへはマイクロソフトと提携し早期に参入したものの、2社の提携は最悪の結果を招いてしまいました。スマートフォンの本格普及前に市場から撤退してしまった同社の歴史を振り返ります。

モトローラとフィリップスから夢を求めてSendoを設立

 1998年創業のSendo(センド)はヨーロッパで国をまたいで統一された通信規格、GSM方式の携帯電話メーカーとしてイギリスに誕生しました。モトローラやフィリップスからスピンアウトした開発者たちがGSMの未来に希望をかけ、ゆくゆくは世界市場へ飛び出す大企業となることを夢見て立ち上げた企業だったのです。

 2000年に最初のフィーチャーフォン「D800」をリリースした後は、2001年にアンテナの長さを短くした端末を次々と投入し、スタイリッシュなフィーチャーフォンとして話題となります。一方でそのころの携帯電話市場はノキアが「Nokia 9210」、エリクソンが「R380」とSymbian (EPOC)OSベースのスマートフォンを市場に投入します。そしてヨーロッパから遠い日本ではドコモのiモードがヒットの兆しを見せ、携帯電話の高性能化が進もうとしているところでした。

 その動きはタッチパネルを搭載したPDA(Personal Digital Assistant)でパームと市場シェアを激しく争っていたマイクロソフトを動かします。マイクロソフトはおそらくパームの次のライバルがノキアやエリクソン、モトローラなどの携帯電話メーカーになると気が付いたでしょう。またビジネス用途にはPDA型端末が向いていたでしょうが、コンシューマー向けにはiモード機のようなフィーチャーフォンスタイルの高性能端末が受けるはずです。

 そこで2001年、マイクロソフトはSendoに10%の出資をします。両者は戦略的なパートナーとなり、Sendoとマイクロソフトは共にWindows Mobile(当時はPocket PC)OSベースの携帯電話内蔵端末の開発を進めます。PDA型端末のOSは「Pocket PC 2000 Phone Edition」をマイクロソフトは提供していましたが、タッチパネルのないフィーチャーフォンスタイルの端末向けに「StingerOS」の開発を始めます。

マイクロソフトの「スマートフォン」OSを投資したSendo Z100

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