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科学技術振興機構の広報誌「JSTnews」 第92回

【JSTnews5月号掲載】特集2

太陽光発電のシリコンを使って有用物質合成 CO₂排出とパネル廃棄の問題を同時解決可能

2026年05月21日 12時00分更新

文● 島田祥輔 写真● 島本絵梨佳

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 温室効果ガスの排出を実質ゼロに抑えるカーボンニュートラルを実現するため、さまざまな研究や技術開発が進んでいる。横浜国立大学大学院工学研究院の本倉健教授は太陽光パネルに含まれるシリコンを活用し、火力発電所が排出する二酸化炭素(CO₂)から有用物質を合成する「アップサイクル」で資源循環社会の実現を目指している。CO₂排出と近い将来のパネル大量廃棄という2つの問題を同時に解決する考えだ。

迫り来る「大量廃棄時代」
還元力の強いシリコンに着目

 地球温暖化対策の1つとして普及している太陽光発電に関して、近い将来に寿命を迎える太陽光パネルのリサイクル問題が急浮上している。太陽光パネルの耐用年数は20~30年程度とされており、2030年代後半には太陽光パネルの更新に伴う撤去が本格化すると予想されている。部品であるガラスやアルミフレーム、金属を使用済みパネルから分離して回収する技術はあるものの、主要成分であるシリコンのリサイクル方法は確立しておらず、廃棄されているのが現状だ(図1)。

 一方で、カーボンニュートラルの実現に向けては、排出されたCO₂を回収して資源化する技術が注目されている。こうした取り組みの1つが、回収したCO₂を有用な資源に変える「CO₂回収・利用・貯蔵(Carbon dioxide Capture, Utilization and Storage: CCUS)」である。例えば、CO₂を水素と反応させて一酸化炭素やメタノールなどの有用物質へ変換する取り組みがあるが、CO₂は炭素と酸素が強く結合した極めて安定な分子であるため反応性が低く、その変換には多くのエネルギーが必要という課題が残る。

 解決策として、横浜国立大学の本倉健教授はシリコン(Si)に着目。太陽光パネル用に二酸化ケイ素(SiO₂)から精製されたシリコンは、その製造過程で多くのエネルギーが投入されて高いエネルギー状態にあるため、水素を凌駕(りょうが)する還元剤としての機能が期待される。この特性を活用して、より少ないエネルギーでCO₂の変換反応を進める技術の開発を目指している。

 また、こうした反応を効率良く進めるためには、シリコンの特性を引き出す触媒の設計も重要となる。触媒によって反応経路や生成物が左右されるからだ。本倉さんは、投入エネルギーを低く抑えながら、CO₂を有用な化学物質へと変換して価値を高める「アップサイクル」の実現を目指している(図2)。

図1 シリコンのサンプル。実際に太陽光パネルから取り出したものはさまざまな形状をとり、目に見える不純物もあれば、原子レベルの不純物もある。

図2 本倉さんが提案する資源循環プロセス。廃棄されたシリコンとフッ素触媒を用いてCO₂をギ酸やメタノールに変換することで、シリコンの製造時に投入されたエネルギーと排出されたCO₂の回収に貢献する。

触媒の発見と作用機序の検討
副産物の活用も模索

 本倉さんは2022年に、フッ化テトラブチルアンモニウム(TBAF)を触媒として、CO₂と高純度シリコン粉末からギ酸とメタノールを生成することに成功。ギ酸は防腐剤や洗浄剤に、メタノールはプラスチックの原料や燃料として使われている。

 さらに、実際に太陽光パネルに使われているシリコンウエハーを砕いた粉末による実験も試みた。同じようにTBAFを触媒として使い、CO₂で満たした容器内で粉末と水を混合して100度で加熱することで、ギ酸が生成されることを見いだした。CO₂の炭素を質量数の異なる同位体である¹³Cに置き換えたところ、生成したギ酸に¹³Cが含まれており、これらの炭素原子がCO₂由来であることも確認した。

 シリコンをCO₂と反応させて一酸化炭素やメタノールを生成する研究は、過去にいくつか報告されている。だが、これらの研究では独自に調製したシリコンのナノ粒子を用い、フッ化水素をシリコンの表面処理で大量に使うため、厳格な安全管理が必要となり、社会実装には課題がある手法である。これに対し、本倉さんの手法では、太陽光パネル由来のシリコンと少量のTBAFを使うのみで反応が進むことが強みだ。

 では、この触媒反応はどのように起こっているのだろうか。反応が終わった後に残った固体を回収してX線光電子分光とX線回折測定を実施。解析の結果、投入した金属シリコンが酸化され、固体の表面に微量のシリコンとフッ素の結合(Si-F結合)が形成されていることがわかった。

 これらのことから、本倉さんらが考えた化学反応の仕組みは、次の通りだ(図3)。まず、TBAFに含まれているフッ化物イオンがシリコンと反応して、表面にあるシリコン原子間の結合を切断する。続いて水と反応することで、シリコン上にシリコンと水素の結合(Si-H結合)とSi-F結合が形成される。このうち、Si-H結合がCO₂を還元してギ酸が生成するとともに、Si-F結合が水酸化物イオンと反応してフッ化物イオンが触媒として再生するのだという。

 こうした分析ができるのは、触媒の研究を長年続けてきた本倉さんの強みだ。触媒は、原料とともに溶媒に溶ける均一系触媒と、溶媒に溶けず固体のまま機能する不均一系触媒の2種類に大きく分けられる。CO₂と有機シリコン化合物の反応に関する知見はこれまで均一系触媒の分野で蓄積されてきたが、今回のシリコン表面の解析には不均一系触媒の技術が使われている。本倉さんは「均一系触媒と不均一系触媒の両方の視点が研究室にあるからこそ得られた知見だと思います」と話す。

 一方で、未解明の部分もある。理論上この反応はシリコン表面のみで起きるはずだが、実際には、反応が進むとシリコン粉末は内部に微細な穴をもつ多孔質のシリカに変化する。「なぜ内部まで反応が進むのかを突き止める必要があります。そして、この多孔質シリカを吸着剤や別の触媒として利用できないか研究を進めているところです」と今後の課題を挙げる。

図3 本倉さんらが予想したCO₂とシリコンからギ酸ができる化学反応。触媒であるTBAFの対アニオンであるフッ化物イオン(F-)がシリコン原子の結合を壊してSi-H結合を生成。そこでCO₂が還元されてギ酸が生成される。

現場で研究室との違いを検証
ギ酸変換効率7割以上を確認

 本倉さんが次に挑んだのは、廃棄太陽光パネルから回収されたシリコンと実際の排ガスに含まれるCO₂を使ってギ酸が合成可能か実証することだ。まず、太陽光パネルから分離されたシリコンのサンプルを複数用意し、CO₂からギ酸を生成できるか調べた。すると、サンプルによっては全く生成されないものもあった。原因を調べるため、サンプルのX線光電子分光測定を行ったところ、反応性の低いサンプルは表面に不純物のアルミニウム(Al)が存在していることがわかった。

 そこで、塩酸(HCl)でアルミニウムを除去したところ、全てのサンプルでギ酸を生成できた(図4)。「太陽光パネルからシリコンを分離する方法は複数あり、分離したシリコンの形態も異なります。実際の太陽光パネルの分解工程や現場の様子を見学し、実物で検証することは必要だと実感しました」と研究室の実験との違いを語る。

 実験に使用する排ガスについては、共同で研究を進めている電源開発株式会社(J-POWER)磯子火力発電所(横浜市)の協力を得た(図5)。「高さ数十メートルの煙突に学生と登って排ガスを回収しました。作業場所でふと下を見た時にあまりの高さに足がすくんだのもいい思い出です」と、本倉さんは笑って当時を振り返る。

 ボンベに回収した排ガスを9気圧に加圧し、廃棄シリコンと反応させたところ、ギ酸の生成を確認できた。さらに、火力発電所の排ガスを直接、反応器に入れた場合もギ酸が得られた。いずれの場合も、CO₂の70パーセント以上がギ酸に変換されており、実用化に一歩近づいた成果といえるだろう。

図4 塩酸で処理をする前(青い丸)と、処理後(オレンジ色の四角)のギ酸生成量。Si-1、Si-2、Si-3、Si-4は廃棄シリコンの4種類のサンプルを示す。表面にアルミニウムが多いSi-2とSi-3は、塩酸処理によりギ酸生成量が増加した。

図5 廃棄シリコンと排ガスを使用した実証実験の結果。排ガスをボンベに回収した場合も、現場で直接反応器に入れた場合も、ギ酸が生成されることを確認した。

ニーズと環境性の両立へ
社会実装に向けた課題と展望

 実用化に向け、本倉さんは、技術が社会のニーズと合致するかという観点での検証が重要だと語る。その中でも経済性は重要な要素の1つであり、反応効率や生成されたギ酸の分離などにまだ改善の余地がある。性能と経済性を両立できる高性能な触媒の探求が今後の課題だ。

 さらに、もう1つの重要な観点であるCO₂排出の収支については、CO₂とシリコンからギ酸を生成するプロセスだけでなく、原料調達から製造、流通、使用、廃棄、リサイクルに至る全過程における環境負荷を評価する必要がある。例えば廃棄太陽光パネルからシリコンを回収したり、シリコンを運搬したりする際にもCO₂を排出しており、そういった1つ1つの工程も考慮しないといけない。これら全過程での環境負荷を定量的に評価する「ライフサイクルアセスメント(LCA)」については、LCAを専門にする研究者と共同で検証を進めたいとしている。 

「今後は、反応プロセスのスケールアップを図る必要があり、大学の研究室だけで取り組むには限界があります。廃棄物処理業者や廃棄シリコンを提供する企業など、多くの企業との連携を進めていきたいです」と本倉さん。こうした取り組みは、CO₂からギ酸やメタノールを生成する技術にとどまらない。従来、無機(金属)資源の循環と炭素資源の循環は、それぞれの研究者の専門性に閉じたサイクル内で実施されてきた。無機資源であるシリコンと炭素資源であるCO₂の反応を試みることは、資源循環の新たな経路を提案することになり、CO₂以外にもさまざまな炭素資源と廃棄シリコンとの反応が新たに着想される。

 例えば、バイオマスなど多様な炭素資源を廃棄シリコンで還元し、基礎化学品や燃料へと変換する「アップサイクル反応」の実現も志向しているという本倉さん。無機資源と炭素資源の循環を組み合わせることで、新たな価値を生み出す社会の実現に向け、取り組みは続く。

基礎研究をしっかりやるからこそ、応用を意識した時にアイデアが出るものです。基礎研究はすぐに芽が出ないことが多いですが、諦めずに自分の興味のあるテーマを大切にしてください。

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