箱ではエコシステムは育たない。「GATS」が問い直す、日本のディープテック支援
なぜ研究は事業にならないのか。分断された支援と人材の構造を読み解く
ディープテックスタートアップ支援において、日本は長年「拠点整備」を進めてきた。しかし、それだけでは産業は立ち上がらない——。内閣府の「グローバル・スタートアップ・キャンパス(GSC)」構想のもとで始まった「Go Abroad To Scale(GATS)」は、そうした反省から設計されたプログラムだ。
同プログラムのエグゼクティブ・ディレクターを担当する東大IPCの高岡淳二氏への取材から、日本のエコシステムが抱えてきた課題と、新たな支援のかたちを読み解く。
米欧エコシステムと接続するGATSプログラム
GATSは、東京大学協創プラットフォーム開発株式会社(東大IPC)と株式会社博報堂が運営するディープテック支援プログラムで、米国・欧州のトップエコシステムと接続しながら、研究成果の事業化を加速することを目的とする。2026年4月1日に公募が開始されたのは、米国のNPOと連携する「BRIDGE」と、英国・欧州のエコシステムに接続する「LAUNCH UK」の2つのプログラムだ。
「BRIDGE」公募サイト:https://gats-web.jp/program2/bridge
「LAUNCH UK」公募サイト:https://gats-web.jp/program2/launch_UK
研究段階から海外の投資家や企業、支援機関とつながり、事業仮説の検証やチーム形成、資金調達準備までを一体で支援する。ピッチやメンタリングにとどまらず、グローバル市場を前提にした事業構築を初期から行う点が特徴となる。
「箱」だけでは回らなかった日本のディープテック支援
日本のディープテック支援は、これまで研究拠点や施設整備といった「ハード」を中心の取り組みが多かった。象徴的なのが、海外トップ大学と連携した拠点構想だ。だが、拠点そのものは整備されても、そこに集積させるべき人材や資本、意思決定が集まる仕組みまでは設計されていなかった。
背景にあるのは、エコシステム(生態系)の不在だ。集中すべき研究テーマが幅広く曖昧で、事業化に向けた支援も散漫になり、人材育成の仕組みも十分ではない。さらに、国内に閉じた活動になりがちで、海外の評価や資本と接続できていない。
結果として、優れた技術があっても事業として立ち上がらない。いわゆる「デスバレー」を越えられない構造が続いてきた。日本のディープテックは、大学発の創出数や投資額は増えている一方で、グローバル市場で競争力を持つ企業の創出や大型M&Aは依然として限定的だ。
GATSは「人材と事業」を同時に動かす設計
こうした反省から設計されたのがGATSだ。その特徴は、事業と人材を切り離さない点にある。
GSC構想は、①国際共同研究(米DARPA型)、②事業化支援、③人材育成――の3事業で構成される。このうち②と③を担うのが、GATSプログラムである。研究で生まれた成果を事業へとつなぎ、さらにそれを担う人材を育てる。従来は分断されがちだった「研究」「起業」「成長」のプロセスを一体で動かす設計となっている。
具体的には、前述のBRIDGE・LAUNCH UKをはじめとする複数のプログラムを通じて、事業仮説の検証やチーム形成、人材育成までを一体で支援する。単なる短期アクセラではなく、初期段階から事業づくりそのものに踏み込む。さらに、研究段階から米欧の投資家や企業、政府機関とのネットワークに接続し、海外市場を前提に事業を組み立てる。
なぜ今、NPO型支援が注目されるのか
GATSの設計で重要な参照点となっているのが、BRIDGEのプログラム提供者である米国のNPO「Activate」だ。Activateは、ディープテック起業家に対して2年間の長期支援を行うプログラムで、これまでに230社以上を輩出している。特徴は、単なる資金提供ではなく、生活費の支給、専門家ネットワーク、起業家同士のコミュニティを組み合わせた「伴走型支援」にある。
選抜プロセスも厳しく、数百〜1000件規模の応募から約60名に絞り込む。そのうえで、研究者が資金や生活の不安を抱えずに事業に集中できる環境を整える。
高岡氏が強調するのは、「初期フェーズに特化した支援の厚み」だ。研究成果を事業に転換する最初の段階が最も難しく、ここで適切な支援がなければ、その後の投資にもつながらない。
並列するプログラムである「LAUNCH UK」におけるImperial College London(ICL)も同様に、研究者・企業・投資家を接続する実践的なプログラムを展開している。いずれも共通するのは、「拠点」ではなく「機能」としてエコシステムを設計している点だ。
「中立的支援」という求められる難しい役割
こうした海外モデルを踏まえたとき、日本で不足しているのが「中立的な支援機能」だという。
ディープテックでは、大学、VC、事業会社など複数のステークホルダーが関与する。しかしそれぞれが根底には利害を持つため、初期段階での意思決定が本来の形から歪んでしまうことがある。特に知財(IP)が絡む場合など、その影響は後年深刻なレベルとなってしまう。
ActivateのようなNPOは、この点で一定の距離を保つ。資金を提供しつつも、過度にコントロールせず、起業家の意思決定を支える役割に徹するようだ。
高岡氏は、この「事業化初期における中立的支援」が、日本には十分に存在していなかったと指摘する。単なるアクセラレーターやVCでは担いきれない領域だ。GATSが意識するのも、このポジションの確立だ。スタートアップの発掘・選定にとどまらず、起業前後の曖昧なフェーズに対して、戦略設計から伴走する。
エコシステムは「ソフト」でつながる
もう一つの論点が、海外ネットワークだ。これまで日本は、拠点や制度といった「ハード」でエコシステムを作ろうとしてきた。しかし実際に機能している海外エコシステムは、人的ネットワークや知見といった「ソフト」でつながっている。
起業家、研究者、VC、先輩ファウンダーが緩やかにつながり、意思決定や評価が循環する。この構造に入らなければ、グローバル市場での成長は難しい。GATSは、こうしたネットワークに直接接続することを重視する。単なる海外派遣ではなく、現地のエコシステムの内部に入り込む設計だ。
問われているのは「誰がつなぐか」
ディープテックの競争は、技術の優劣だけでは決まらない。研究を事業に変換し、資本と市場につなげるプロセス全体の設計が問われている。
これまで日本では、その「つなぐ役割」が曖昧だった。大学でも企業でもない、中立的なプレイヤーが不足していたとも言える。GATSは、その空白を埋めにいく試みだ。拠点ではなく、機能としてのエコシステムをどう実装するか。今回の取り組みは、その実験でもある。
2028年度までの実証期間の中で、このモデルがどこまで機能するのか。日本のディープテック支援は、いま設計の転換点に差し掛かっている。
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