スタートアップはM&Aを恐れるな。大企業は“外様扱い”を捨てよ
慶應義塾大学・芦澤美智子氏が示す「サステナビリティとM&Aの新ルール」
サステナビリティを実現するには「境界越え」が必須
芦澤氏は現在、ディープテックの中でも、特にサステナビリティ領域のイノベーションやスタートアップに注目しているという。サステナビリティは、日本に限らず世界中の企業・産業に共通する長期課題であるが、その扱い方はますます複雑化している。慶應義塾大学では、大学全体で横ぐしを刺し、分野横断でサステナビリティの研究と教育を進める「Keio STAR」というセンターを設置しており、芦澤氏は、メディアデザイン研究科の稲蔭正彦教授、政策・メディア研究科の蟹江憲史教授ともに、その活動をけん引している。
「サステナビリティのように多面的なテーマでは、学問や専門の境界を越えて議論することに大きな意味があります。大学という場で、未来を担う学生とともに取り組めていることが非常に重要です」
日本企業がサステナビリティに取り組む際には、社会・産業に根差した“取り組みやすい形”を打ち出し、それを世界に発信する視点が必要だと芦澤氏は言う。
「日本の社会で価値を生むサステナビリティの在り方が見えてきたら、それがグローバルで認められるよう、ロビイングや交渉を重ねて定着させる必要があります。そのプロセスを実現するためのチームを作ること、アジェンダを設定してグローバルに発信していくこと、そして、人材を育てることも、我々の大事な役割です」
そのためには、学問、産学官、国境といったあらゆる境界を越える姿勢が不可欠だ。
芦澤氏がバイブルとして読み込んできた『The CODE シリコンバレー全史』には、シリコンバレーが国の軍事需要を受ける形で生まれ、その後も一貫して産学官の連携が続けられ、その影響力が可視化されるまでに約30年を要したことが描かれている。
特に半導体分野では、1980年代に入り国家的な産業競争力の課題として注目されると、政策支援が急速に動き出したが、その“スピード感”は、長年積み重ねてきたロビイングの基盤があったからこそ起きた現象だ。
言い換えれば、表面上は一気に成果が現れたように見えても、裏側では30年かけて築いたネットワーク・議論の蓄積・関係構築が臨界点をつくっていたということになる。
こうした歴史を振り返ると、日本企業も自分たちの価値を世界に向けて発信し、ルールを作る議論にしっかり参加していくことが大切だと感じさせられる。
「内側の論理だけではサステナビリティの価値は生まれません。境界を越えていくことで初めて、新しい価値につながります。日本企業も自分たちの価値を世界へ発信し、交渉し、ルールとして定着させていく段階に来ています」
グローバル・ルールメイキングが、日本の「高さ」を決める
Keio STAR(Center for Sustainable and Transformative Actions for Regeneration)
https://www.kgri.keio.ac.jp/project/kgri/2025/I25-06.html
慶應義塾大学の「Keio STAR」イニシアチブでは、グローバル・ルールメイキングを教育・イノベーション支援と並ぶ主要領域として位置づけている。
背景には、SDGsが2030年に一区切りを迎え、次の地球規模目標の策定がすでに動き出しているという現実がある。
芦澤氏が強調するのは、今のSDGsは日本企業にとって必ずしも使いやすい枠組みではないという点だ。
「SDGsは重要な指標ですが、日本の企業が積み上げてきた強みや慣行、手法が反映されにくい側面があります。次の目標づくりでは、日本の文脈に根ざした価値づくりを、国際舞台でしっかり提示していく必要があります」
日本の企業が次の国際目標づくりにおいて存在感を発揮するためには、まず自国の強みを根拠あるデータとして示し、その価値を国際交渉の場で主張してルール形成に関与していく姿勢が欠かせない。そうした働きかけを通じて、日本発の価値が“世界基準”として受け入れられる状態をつくることこそ、次の時代の競争力につながっていく。
こうしたルールメイキングは、大学発スタートアップが多いディープテック領域では、その重要性がとりわけ大きい。世界標準ができた後で追随するのでは遅く、スタートアップの成長余地も狭まってしまう。
























