「コードレッド」が示す競争環境とChatGPTの次の段階
GPT-5.2の発表直前、OpenAI内部で異例の事態が起きていた。12月上旬にサム・アルトマンCEOが社員向けに「コードレッド」(非常事態宣言)を発令したのだ。
Google Gemini 3という「衝撃」
きっかけは、11月に発表されたGoogle Gemini 3の好調ぶりだった。複数のベンチマークでChatGPTを上回るスコアを記録し、特に推論能力や効率性、エージェント型ワークフロー(AIが複数のツールを使って作業を遂行する仕組み)で高い評価を受けた。グーグルのユーザー数も、7月の4億5000万人から10月には6億5000万人へと、わずか3ヵ月で44%増という急成長を見せていた。
さらに、Salesforce CEOのマーク・ベニオフが「ChatGPTからGemini 3に乗り換えた。推論、速度、画像、動画……すべてがシャープで速い。もう戻らない」とXで公言するなど、企業ユーザーの乗り換えまで起き始めていた。OpenAIにとっては看過できない状況だった。
Gemini 3 Proは20項目のベンチマークのうち18項目でトップスコアを記録。特にMathArena Apex(23.4%)、ScreenSpot-Pro(72.7%)、ARC-AGI-2(31.1%)などで他モデルを大きく引き離した
内部での方針転換──「ChatGPT最優先」へ
アルトマンの社内メモは、OpenAIがこれまで進めてきた複数のプロジェクトを棚上げし、リソースをChatGPTの改善に集中させる内容だった。具体的には、広告機能の統合、ヘルスケアやショッピング向けAIエージェント、そして「Pulse」という先回り型アシスタント機能が延期された。
改善の重点は5つ。パーソナライゼーション(個別最適化)、応答速度、信頼性、幅広い質問への対応、そして「過度な拒否」の削減だ。「過度な拒否」とは、AIが安全性を重視するあまり、本来答えられる質問まで拒否してしまう問題を指す。実際、GPT-5(8月リリース)は「臨床的すぎる」「地理や数学が弱い」との不満が出ており、11月のGPT-5.1でようやく修正された経緯がある。
アルトマンは「次の推論モデルは、内部評価ではGemini 3を上回っている」とも述べており、その成果の一つが今回のGPT-5.2だ。OpenAI幹部は記者向けブリーフィングで「GPT-5.2はGemini 3への対抗ではなく、数ヵ月前から開発していた」と説明しているが、「コードレッド」がリリースタイミングやリソース配分に影響を与えた可能性は高い。
競争軸の変化──モデル性能だけでは勝てない
この「コードレッド」が示しているのは、AI競争の軸が変わりつつあることだ。
これまでの競争は、主にモデル性能(ベンチマークスコア、推論能力、精度)で勝負が決まっていた。しかし現在は、グーグルの巨大なユーザーベース(検索、Gmail、YouTube、Androidなど)への組み込み、Anthropicの企業向け安全性重視戦略、そしてOpenAIの機能拡張(グループチャット、ショッピング、Adobe連携など)といった「プラットフォーム競争」に移行している。
モデル性能が拮抗してきた今、ユーザーが「どこで、どう使うか」が勝敗を分ける。グーグルは既存サービスへの統合で、OpenAIは機能拡張で、Anthropicは安全性重視で差別化を図る──それぞれが違う土俵で戦い始めている。
興味深いのは、12月9日に発表された「Agentic AI Foundation(AAIF)」という業界横断組織だ。Linux Foundation(Linuxなど多数のオープンソースプロジェクトを中立的に管理する非営利団体)傘下に設立されたこの組織には、Anthropic、OpenAI、Block(Square、Cash Appなどを展開するフィンテック企業)が創設メンバーとして参加し、AWS、Bloomberg、Cloudflare、グーグル、Microsoftなどがプラチナメンバーとして名を連ねる。激しく競争している企業が同じテーブルに着いた形だ。
AAIFでは3つのプロジェクトが共通基盤として扱われる。Anthropicの「MCP(Model Context Protocol、AIとデータソースを接続する規格)」、Blockの「Goose(オープンソースのAIエージェントフレームワーク)」、そしてOpenAIの「AGENTS.md(AIコーディングツールにプロジェクトの構造や規約を伝えるマークダウン形式の仕様書)」だ。いずれも特定企業の管理下ではなく、Linux Foundationという中立組織の運営に移行する。AGENTS.mdはすでに6万以上のオープンソースプロジェクトで採用されているという。
さらに注目すべきは、グーグルがその翌日(12月10日)、MCPに対する公式サポートを発表したことだ。Google Maps、BigQuery、Compute Engine、Kubernetes Engineなど、グーグルのクラウドサービス向けにフルマネージドのMCPサーバーを提供開始した。競合のAnthropicが開発したプロトコルを、グーグルがわずか1日後に採用したわけだ。
このスピード感のある動きは他社にも広がっている。Ciscoも同日、ゴールドメンバーとして参加を表明し、「エージェント同士が協力するインターネットの構築には業界横断の協力が不可欠」と述べた。競争と協調の線引きが、急速に明確になりつつある。
GoogleはBigQueryやGoogle Mapsなど、自社サービス向けのフルマネージドMCPサーバーを提供開始。AIエージェントがMCPという標準プロトコルを介して、Googleのサービスに接続できる
MCPの共同開発者であるAnthropicのDavid Soria Parra氏は「主要プラットフォーム間での採用が進むことで、AIエージェントがユーザーが既に使っているツールやサービスとシームレスに連携できる世界に近づく」とコメントしている。
つまり、インフラ部分は協調し、アプリケーション層で競争するという線引きが明確になりつつある。Linux FoundationのJim Zemlin事務局長は「プロプライエタリな閉鎖的スタックの未来を避ける」ことが目標だと述べている。競争しつつも、業界全体の底上げには協力する──AI業界が「成熟期」に入りつつあることを示す動きだ。

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